目次

[1]苦しみを味わった高校ラストシーズン
[2]最終学年はチームの優勝を目指し、自分自身の可能性を広げたい
[3]今後の野球人生をかけて

 前編では龍 幸之介選手のこれまでの野球人生と二度の甲子園出場の経験を振り返った。
後編では最上級生になったことで味わった苦悩や、白鷗大に進学してからの3年間を振り返りつつ、ラストシーズンへ向けてのアツい意気込みを語ってもらった。

苦しみを味わった高校ラストシーズン

龍 幸之介選手(白鷗大学)

 高校最終学年になり、主将に就任した龍だったが、去年とチーム力が大きく違うことに気が付いた。平原 優太(白鷗大)、時吉 誠也(東京農業大)、花田 駿(九州国際大)、大江 遥と前チームから中心を担ってきた選手が多くいたが、「やはり三好さんと髙城さんの存在は大きかったですし、全体的にチーム力が足りないと思いました」

 秋は県大会で敗れ選抜を逃し、春季九州大会出場に目標を定めたが、龍自身も打撃不振にあえぐ。
「全く打球が飛ばないですし、安打も出ないですし、何でこんなにも打てないのか?と思っていました」

 前主将だった髙城 俊人(横浜DeNAベイスターズ)も、中心選手だった三好 匠(東北楽天ゴールデンイーグルス)もいない今、自分が打たなければならない。そんな重圧があった。
今まで大きなケガをしたことがない龍だったが、精神的な重圧により、胃潰瘍を患う。それぐらい追い込まれていた。

 だが龍だけではなく、部員全員が、やらなければならないという自覚が大きかった。
年が明けて春季大会では順調に勝ち進み、3位決定戦で、筑陽学園に3対2で勝利。九州大会出場を決め、チームとしての目標を果たす。

 しかし最後のでは準々決勝で九産大九産に6対8で敗退。この夏を振り返って、
「負けた試合は自分のエラーもありましたし、野球を怖く感じた瞬間でもありました。今、振り返ると、何でもない打球なんですけど。1年間、ちょっと構えていたところがあったと思います。九国のユニフォームを着ていて、傲慢になっていたかもしれません」

 良く悪くも、最上級生になった1年間も、龍にとっては貴重な経験を積むことができた1年間だった。
そして高校野球が終わって、龍は以前から誘いがあった白鷗大への進学を決意。白鷗大助監督の黒宮 寿幸氏からの誘いだった。
「俺と一緒に野球をやろうな、一緒に全国を行こうなと言われて、非常に熱い方でしたし、この方についていきたいと思いました」

 この人についていきたい。実はこれは、高校を九州国際大付に選んだ時と同じだった。

「あの若生監督の下でやりたい、ついていきたいというのも一つの理由でした。若生監督は野球ではかなり厳しい方です。しかしグラウンドを離れれば本当に優しい方でまるでお父さん。その人柄にもう一度、九国のグラウンドに行きたくなるんですよね。今では埼玉栄の監督になったので、だいぶ近くなったのでよく行きます」

 高校では若生監督を慕い九州国際大付へ。そして大学では黒宮氏を慕って白鷗大へ進学した龍であった。

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