目次

[1]PL学園で培った自信、入学前の2人の努力とは?
[2]身近な存在のスター選手たちから受けた刺激
[3]PL学園は強みだらけだった!

 高校球児から「漫画家・なきぼくろ」と「アナウンサー・上重聡」に転身したお2人に、PL学園や高校時代について大いに語っていただきました。対談の連載初回のトークテーマは、PL学園入学時の様子や「PL学園の強み」についてです。なきぼくろ先生がPL学園のファンになった意外なきっかけも…!?

PL学園で培った自信、入学前の2人の努力とは?


 

上重 俺も本を書く時にそうだったんだけど、PL学園のことを題材にして書くのって加減が難しいよね。この内容はあまり書かないようにしたとか、自粛した部分もありました。でもバトルスタディーズ結構ガンガン出しているよね。

なきぼくろ はい、最初は怖かったです。でも、PL学園の良さを分かってもらうには最初に出さなければということで、リアルに描きましたね。

上重 経験した者としては当時はキツかったこともあったけれど、あれを経験出来たらこの先人生で苦しいことが起こってもめげないなと思います。逆に正々堂々と描いたのはすごいなと思いますね。

編集担当 全く同じことを、清水 孝悦コーチが言ってましたね。PL学園での経験があったら、もうあれ以上のことはないって。

上重 そうなんです。あと、バトルスタディーズを読む時に「自分はどの人物に当てはまるかな」って思いながら見るんですけど、どちらかというと自分は期待されずに入学してのし上がっていったタイプなので。そういう選手も今後登場してくるのかなって楽しみにしてますね。

編集担当 やっぱり特待生と普通の選手っていうのは入ってから違うんですか?

上重 スタートは横一線だと思うんですけど、中学校の時全日本に入っていたであるとか、入学金免除であるとかそういった違いはあります。

なきぼくろ 自分は、一番下で入りました。

上重 俺も一番下だからね。高校に入る前までは全然ダメで。そのチームでも2番手ピッチャーだった。ところで、(なきぼくろ先生は)疲労骨折はあった?

編集担当 疲労骨折の話は確かに描いてあって、(なきぼくろ先生が)言ってました。全員怪我するって。

上重 そうなんですよ。自分の同級生は23人入って、疲労骨折になってないやつは3人だけだったんですよ。やっぱり走る量が半端じゃないので、すねが痛くなるんですよ。

なきぼくろ 僕もなりました。

編集担当 上重さんは何故(疲労骨折に)ならなかったんですか?

上重 中学時代とは比べものにならないくらい走るんです。ずっと先輩に聞いてたんですよ、まず走りすぎて疲労骨折になって、夏の間ずっと掃除やらされて野球ができない状況になると。
だから中学校3年で卒業してからジムに通って走りまくって、怪我をしない身体を作って(PL学園に)入ろうと思ったんです。じゃないと自分は最初のスタートで期待されていないのに、そこで練習できないとなると、置いてかれる一方なので。逆に他のやつが練習していない間に頑張れば、ちょっとは追いつけるかなっていう考えだったんです。

編集担当 戦略的に考えていたんですね!

上重 はい、そうじゃないと勝てないと思ったし、PL学園に行くことが目標ではなくて、PL学園に行って「1番」を着けることが目標だったので。そのためには、何をしたらいいかっていうのをずっと考えてましたね。

編集担当 すごいですね!(なきぼくろ先生は)どうなの?

なきぼくろ はい、僕は中学校3年生の時に一度PL学園の練習に参加させてもらった時があって、そこでやったことを家に持ち帰ってずっとやっていました。そしたら、入寮してからランニングはついていけるようになったんですけど、それでも上には上がいて…甘かったですね。

上重 でもあれだけの走る量をこなしていると体力的にはもちろんですが、精神的なもので「これだけ走った学校はないんじゃないか」っていう自信は常にありましたね。PL学園が土壇場や大舞台で強いっていうのは、やっぱり「走る」っていう単純な作業に集約されているのかなっていつも思うんです。

このページのトップへ

PHOTO GALLERY フォトギャラリー

写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。