目次

[1]高校時代、済美高校が全国の舞台で勝てるチームになった要因
[2]ライバルに刺激を受けて成長した大学時代
[3]プロ5年目に懸ける想い

 2004年の春のセンバツ甲子園では、初出場で初優勝を果たす。夏の大会でも準優勝。大学時代には、リーグ通算11勝3敗の成績を残す福井 優也投手。今回は、福井投手に高校、大学時代の取り組みや考え方、プロ5年目を迎えるシーズンに向けてのオフのトレーニングの内容を中心にお話をお聞きしました。

高校時代、済美高校が全国の舞台で勝てるチームになった要因

福井 優也投手(広島東洋カープ)

 華々しい活躍の裏には、厳しいトレーニングがあってこそだ。

「毎日、授業が終わってすぐにグラウンドに移動して、16時から21時まで練習でした。済美は何の練習をするのにも厳しかったですね。下肢のトレーニングでは、エルゴメーターとか、タイヤを引いてノックなども行っていました。特にキツかったのはノック。夏場でも2時間3時間やっていました」

 想像を絶するトレーニングが、済美高校の活躍を裏付けていた。この練習以外にも、ウエイトトレーニングも行っていた。オフシーズンだけでなく、シーズン中も本格的に取り組んでいたようだ。

 福井投手が甲子園で優勝した時、済美高校は創部3年目であった。そんな彼らが、全国の舞台で勝てるチームになれた要因を聞いてみた。

「(上甲)監督ですね。監督の手腕といいますか。練習では厳しいですけど、試合では選手を信じてくれるというか。監督は、選手をその気にさせるのが上手いんです」
済美高校を常勝チームにのしあげたのは、上甲監督と選手との信頼関係からだったようだ。

 春のセンバツ大会は優勝し、夏の大会では準優勝。世間は、済美高校の春夏連覇を期待していただろう。福井投手は、あの夏の大会の決勝戦をもう1度やり直したいと思うのか。

「あそこで勝って(甲子園春夏連覇して)いたら、今の僕が無かったかもしれないんで、負けて良かったのかなと思う。まあ、天狗になっていたと思いますよ(笑)」

 さらに甲子園での成績を振り返る。
「夏は防御率が良くなかった。センバツは(内容が)良かったですね。松坂(大輔)さん以来の2試合連続完封勝利をしたり。済美は打撃のチームだったので、それで優勝させてもたったと思います。僕も打ちましたけどね!」

 高校時代を振り返って、福井投手は高校野球をこう考える。
「高校時代には、無駄な練習が必要というか。何に必要なのかと思いながらやっていた練習も多かったですが、今はそれも何かに繋がっていたのかなと思います。高校生は理不尽な練習をやってこそだと思います。3年間と期間が短いんで、技術を教えるといっても教えられるものじゃない。気持ちだったり、精神力だったりが大事かなと思います」

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