目次

花巻東時代の女房役・佐々木隆貴選手が語る「アイツのこと」【前編】はこちらから!

[1]球場の雰囲気を一変させた一関学院戦の『160キロ』
[2]離れてみて気づくアイツのすごさ

 前編では、佐々木捕手と大谷選手との出会いから、3年春の選抜大会までを振り返っていただきました。後編では、大谷選手が「160キロ」をマークした歴史的瞬間から、現在に至るまでのお話を聞かせていただきました。

球場の雰囲気を一変させた一関学院戦の『160キロ』

大谷翔平(花巻東)投球シーン

 大谷はケガが治ったこともあり、徐々に実戦に即した練習が出来るようになっていた。例えば練習試合の登板では必ずテーマを設けていた。

「それは大谷と話しあって決めていました。甲子園では四球が多かったので、今日は1試合3四球までと決めて、あとはストレート中心の組み立てで抑えよう、変化球が切れているので、変化球中心といった具合で、無失点に抑えるとかではなく、投球の内容にこだわった話し合いが多かったと思います」

 大谷は本戦で結果を残すために、練習試合ではテーマ性を持って取り組むことが求められていた。なかなかバッテリーとして組む時間がなかった2人だが、3年生になってようやくバッテリーとして機能し始めたのだ。

 足が完治した大谷は走り込みの練習を増やした。制限をかけていた2年の頃とは違い、強度を上げて限界まで追い込むトレーニングへ。そのトレーニングの成果はストレートのスピードとなって現れる。

「練習試合ではあいつが投げることになれば、手狭な練習グラウンドのネット裏のスタンドはスカウトでいっぱいでしたね。調子が良い時は154キロ、155キロは出ていましたよ」

 大谷が入学前に掲げていた目標球速は『160キロ』。160キロという数字も現実的なものになっていた。

 そして最後の夏に突入する。佐々木曰く「しっかりと調整をしていましたし、調子は良かったですよ」と振り返るように、初戦からアクセル全開だった。

   初戦の宮古水産戦で3ランを放ち、続く水沢工戦では最速153キロを計測する。準々決勝の盛岡四戦も、リリーフで1.2回を投げて無失点し、好調を維持。そして迎えた準決勝一関学院戦。ついに大谷は大会初先発となる。大谷は初回からエンジン全開。常時150キロ台の直球、高速スライダー、カーブを披露。1点を取られるものの、味方の大量援護もあり、6回まで8対1と大きくリードする。この点差が大谷にとって大きかった。

「点差もあったので、開き直っていたのか、かなり腕が振れていました」

 6回表、二死一、三塁のピンチで、打者は5番の鈴木。鈴木に対しては、リミッターを外したかのような全力投球。157キロを3球、159キロを1球、154キロを1球で3ボール2ストライクのフルカウントに追い込んだ。球速表示は高校生の範疇(はんちゅう)をとっくに超えていた。そして6球目。歴史的瞬間は訪れた。

 インローに決まったストレートは『160キロ』を計測し、見逃し三振。この瞬間、大谷は雄叫びを上げながらマウンドを降りた。球を受けた佐々木に感想を聞いてみよう。
「最初はショートバウンドだと思いましたね。この速さでショートバウンドかよ!と突っ込みたくなりましたが、そこからグンと伸びてあっという間にキャッチャーミットに飛び込んできて。多分、打者も低いと感じたと思います。あの一球で球場の雰囲気が一気に変わりましたね。今まで受けた中で最高のボールだったと思います」

 佐々木は今でもあの場面を興奮気味に振り返る。大谷が160キロを出したニュースは全国各地に伝えられた。1人の高校生が160キロを投げたことに周囲は熱狂していたが、その球を受けた本人の喜びには計り知れないものがあるはずだ。

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