目次

[1]これまでやってきた全てのことが土台になっている
[2]野球に必要な筋肉は野球の動きに合った筋肉
[3]木製バットに対応するための取り組み方とは?

 代名詞の“フルスイング”を武器に、昨季も勝負強い打撃をみせた中日ドラゴンズの小笠原 道大選手。現役2位の通算打率をマークしつつ、通算本塁打も378本(いずれも14年シーズン終了時点)と、高い次元での確実性と長打力を併せ持つ。これまで首位打者2回、本塁打王1回、打点王1回など、数々のタイトルを獲得したほか、2011年には大打者の証しである通算2000本安打を達成した。

 ただ、そんな小笠原選手も、高校時代は非力で、1本もホームランを打てなかったという。では、どうやって現在の地位を築くまでに至ったのか?今回は、小笠原選手にトレーニングに関するお話しと、あの“フルスイング”の秘密など、打撃に関するお話しも伺いました!

これまでやってきた全てのことが土台になっている

――小笠原選手は暁星国際高時代、現在は木更津総合高で監督をされている五島 卓道監督のもとでプレーされていました。千葉西リトルシニアに在籍されていた中学時代同様、高校でも複数のポジションを経験されたとお聞きしていますが。

小笠原道大選手(中日ドラゴンズ)

小笠原 道大選手(以下「小笠原」) そうでしたね。中学では内野も外野もといくつかのポジションをやって、高校に入ってから二塁に落ち着いたのですが、2年夏の大会前にいきなり捕手にコンバートされまして。大会では背番号「2」を付けていました。

――その2年夏は千葉県大会で準優勝されましたね。

小笠原 ただ、守っていたのはセカンドだったんです。決勝戦の時、少しだけマスクを被りましたが、捕手として試合に出るようになったのは、この大会の後からです。

――高校時代はどんな選手を目指していたのですか?

小笠原 こうなりたい、というハッキリしたビジョンはなかったですね。ですが、上手くなりたいと思ってましたし、ホームランも打ちたかったし、率も残したかった。向上心を持って日々の練習に取り組んでいたのは確かだと思います。

――高校時代から筋力トレーニングはされていたのですか?

小笠原 自分の知識が少なかったので、ベンチプレスをしたり、スクワットをしたりと、初歩的なことしかやってなかったですね。それで目に見える筋肉だけを鍛えていたような気がします。

――当時はどんな体型をされていたのですか?(現在は178センチ84キロ)

小笠原 体重は70キロなかったと思います。身長も高校に入った時は165センチくらいしかなくて、在学中に10センチくらい伸びました。

――高校時代の経験で、現在の小笠原選手のベースになっているものはありますか?

小笠原 自分なりに考えてやっていたということでしょうか。守備のポジショニングも、監督のアドバイスもあって、自分なりに考え、バッターを見ながら、判断してました。それで失敗しても、五島監督から叱られることはなかったですね。

 あと、これも中学生の頃からの継続で、片手打ちや早打ちでのティー打撃もしてましたね。片手打ちは今のように右手・左手両方やるのではなく、右手だけだったのですが、こうしたことの積み重ねで、バットをしっかり振れるようになったのかもしれません。“これが現在のベースになっている”と言い切れるものはありませんが、継続してやってきたこと全てが、土台になっていると思います。

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