目次

[1]ずっと描いていたプロ野球選手の姿
[2]中田 翔が語る理想のホームラン
[3]中田 翔のこだわり

 大阪桐蔭高時代は、高校通算87本塁打をマーク。甲子園では、夏ベスト4入りに貢献。当時は、最速147キロの速球を武器に投手としても活躍。打者としても甲子園で歴代7位となる4本塁打を放つなど、大きな注目を集めた。08年に北海道日本ハムファイターズに入団後は、2軍で経験を積みながらも、今ではチームの主力としてその実力とともに人気を集めている。
今回はそんな中田 翔選手に、理想のホームランや、4番打者としての熱い思いなどを伺いました。

ずっと描いていたプロ野球選手の姿

――まずは、中田選手が野球選手になりたいと思ったきっかけを教えてください。

北海道日本ハムファイターズ 中田 翔選手

中田 野球を始めたのは小学校2年生からでしたが、どこの子供も思うように、親にラクをさせてあげたいとか食わしてあげたいというのが最初のきっかけです。
僕の家は裕福ではなかったですし、まして母親一人で育ててもらってきたので余計にそう感じていたのかもしれません。

――では、“野球”が自分に向いていると思ったのはいつごろからですか?

中田 やり始めた初日からです(笑)。もともとありがたいことに体も大きかったし、遠くに飛ばす力や速いボールを投げる力というのは、野球をやっていた子よりは群を抜いていたと思うので、野球をやり始めた時からそう思ってました。

――その当時は、ここまで活躍できるって思い描いていましたか?

中田 思い描いていましたね。野球を始めた当初は、上手くいかないことも多くありましたけど、でも、もともと体も大きかったし力も強かったので、自分では周りとはちょっと違うなと思ってました。

――プロで初めて打席に立った時の事って覚えていますか?

中田 はい、もちろん、今でも覚えています。プロに入って1年目は、ずっと2軍生活が続いていたんですけど、初めて1軍に行った時は足が震えていたのを覚えていますし、本当に緊張していたなというのはすごく覚えています。

――甲子園の時とはまた違う緊張感でしたか?

中田 ぼくは、甲子園というのは、プロに入るために色々なスカウトの人たちにアピールできる、そういう場だとも思っていたので、緊張は無かったです。本当に楽しめたなっていうような印象はあるんですけど、プロの世界に入ってからは楽しめるとかじゃなくて、緊張することの方が多かったですね。

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