東海大学 長友昭憲投手(東海大望洋高出身)
2010年春、東海大望洋のエースとして春の選抜に出場した長友昭憲投手。東海大に進学後は150キロを超える速球投手へ成長し、主に9回を抑えるクローザーを任されています。今回は長友投手から高校時代の取り組み、大学時代で学んだ技術的な理論。そして甲子園を夢見る中学生や高校の新入生にアドバイスをいただきました。
準備に対する意識、1球に対する意識が中学とは違った
東海大望洋時代の長友選手
――東海大望洋といえば、ハードなトレーニングをやるチームですよね。中学と比べて、キツさはどれくらい違いましたか?
長友 昭憲選手(以下「長友」) 元々、中学のチーム(千葉ジャガーズ)も一生懸命練習をするチームでした。雨が降った日も、走り込み、体幹トレーニングなど休みはなかったですね。
それもあって、高校に入ってもすぐ慣れました。慣れていない同級生はついていくのに必死でしたね。
――長友投手が所属していた千葉ジャガーズはポニーリーグですよね。ポニーリーグは塁間が普通の塁間に比べると若干狭いですが、高校に入って何か苦労したことはありますか?
長友 一番感じたことは、ポニーの距離で慣れていたので、変化球がどうしてもベースの1メートル手前で曲がってしまうです。自分はとにかく必死に投げ込みを繰り返していました。投げ込みを繰り返して、やっとベース手前で曲げられる感覚を掴んで、それで通常の距離でも変化球を投げられるようになりました。
――眞下貴之投手(現・横浜DeNA)を含め、先輩たちの何が凄いと感じましたか?
長友 試合前の調整に対しての意識の高さです。これは今の自分だけではなく、大学やプロなど高いレベルでプレーしている選手にとっては当たり前なことですが、眞下さんから教えてもらったことは、試合がない日は長距離、試合が近づくにつれて、体のキレを出すために短距離を走ったり、身体のケアをすることです。
でも高校生、大学生になるにつれて、練習量も変わりますし、高校の場合は試合の間隔が短いですので、勤続疲労も溜まります。ベストパフォーマンスを発揮するためにも身体のケアの大切さを実感しました。技術はもちろんですが、試合に向けての準備に対する姿勢がやはりすごいと感じました。
――高校に入って、一番大変だと感じたことは何ですか?
長友 環境面で苦労することは特になかったんですけど、自分が悩んだのは制球力ですね。中学校の時は投げるだけなんですけど、高校になると配球を考えながら投げます。配球通りに投げるには制球力が必要ですが、自分は配球通りに投げられる制球力が全くなかったですね。
――東海大望洋は甲子園を目指す強豪です。中学と比べると要求が厳しくなったと感じること。具体的なエピソードを教えていただければ幸いです。
長友 個人プレーをする選手に対しては結構厳しかったですね。投手としては四球を立て続けに出してしまうと叱られます。四球を出し続けると、ストライクを入れようと、視野が狭くなって、周りが全く見えなくなってしまうです。その姿は周りの野手からすると何やってんだと思いますよね。周りに気を配ることがチームプレーだと考えています。
――ここまでお話を聞いてきましたが、長友投手自身、中学と高校で、レベルの違いを一番感じた出来事はありますか?
長友 自分がプレーした経験ではなく、目の前で見た経験なのですが、2年夏の八千代東戦で、先輩の眞下さんが9回二死2ストライクから同点ホームランを打たれて、延長12回で負けたことです。中学はこういった劇的な試合が少ないのですが、高校は番狂わせが多くて、この試合で1球の大切さを思い知らされました。
[page_break:苦しみながらも自分の力を出した最後の夏]苦しみながらも自分の力を出した最後の夏
――長友投手は2年秋からエースになりました。2年夏が終わってから、エースを目指すためにどんなテーマをもって取り組んできましたか?
長友 まずはコントロールです。そのためにフォームは下半身主導で投げられるように意識をしてフォーム作りをすること。そして試合では自分の持てる力をすべて出すことを考えて取り組みました。そうやって取り組んできて、秋の大会では自分に余裕が持てて試合に入ることができました。
東海大学 長友昭憲投手(東海大望洋高出身)
――特に関東大会準々決勝の桐蔭学園戦は選抜出場がかかる試合で、4対1で辛勝。非常に緊張感のある試合でした。
長友 調子自体は良くなかったので、ヒットも結構打たれました。でも調子が悪いなりに制球の効いた投球が出来て、ランナーを出しながらも1失点に抑えて、勝つことが出来たのは自分にとって自信になりました。それにしっかりと守ってくれた野手にも助けられました。
―― 一冬を越えて迎えた選抜大会。大阪桐蔭と対戦(2010年03月27日)して、2対9で敗戦でした。初の甲子園はいかがでしたか?
長友 出場できただけで満足してしまった感じがありまして、マウンドに登ったとき、地に足がついていませんでした。速球も走らず、コントロールも出来ず、全く自分の力を出せずに終わってしまいました。あの時、もう少し冷静に投げられていればよかったと思います。
――直後の春の県大会でも専大松戸(2010年4月25日)に2対9でコールド負け。この頃、長友投手は昨秋に比べるとかなり不調のように感じたのですが、夏では140キロ後半を計測するようになって、素晴らしい投球を見せていました。春から夏までの短期間。どうやって調子を取り戻し、好投が出来たのでしょうか?
長友 あの時期は技術面でも、気持ちの面でもかなり悩んでいた時期でした。専大松戸にあのような負け方をして、本当にみんなに申し訳ないと思って。大会直後、チームのためにプレーするにはどうすればいいのか考えるようになりました。その時、短期間だけですが、主将をやることになりまして、練習試合が終わった後に良いところ、悪いところをみんなに指摘していきました。キャプテンをやって、だんだん視野が広がっていきました。
――投球面で修正したことはありますか?
長友 以前から意識している下半身主導で投げるフォームをしっかりと固めました。自分はどうしても上半身でガッと行ってしまう癖がありますので、夏までフォーム作りに専念しました。ようやく固まってきたのは、夏の大会の終盤です。
練習試合では出来ても、公式戦の投げる感覚はまた違うです。大会序盤はまだ感覚が掴めなかったですけど、準々決勝の浦安戦で自分の思い通りに投げられる感覚を掴んできました。スピードも140キロ台が出るようになりましたし、コントロールも良くなりました。
――最後の夏の千葉大会決勝の成田戦(2010年07月25日)では1失点の好投でしたが、惜敗でした。
長友 あの試合のストレートの勢いは相手の中川 諒投手(現 JX-ENEOS)に決して負けていなかったし、コントロールも選抜や春に比べれば断然、良かったです。ただ決め球の変化球が甘く入ってしまって…。今でも悔いの残る一球です。
――3年間の高校野球生活を終えて、高校野球はここが魅力だよなと感じたことをぜひ教えてください。
長友 やはり何が起こるか分からないことだと思います。そう感じたのは自分は出場していないですけど、2年夏の八千代東戦です。9回表の同点ホームランはベンチから見ていて、あそこで高校野球の怖さと思い知らされました。
[page_break:大学に入って細かい動作までこだわるようになった]大学に入って細かい動作までこだわるようになった
――大学へ進学するきっかけなどを教えてもらえますか?
長友 高卒からプロへ行きたいという気持ちはありましたが、でも高卒からプロに入っても、通用しないと思いましたし、大学へ行けば、もっと野球について色々なことを学べると思い、進学を決めました。
東海大学 長友昭憲投手(東海大望洋高出身)
――入学後、先輩投手から感じたことは何かありますか?
長友 先輩から教わったことはちょっとした指の角度、体の動きでも1センチでもずれると、だいぶボールの動きが変わるので、それを気を付けると、制球よく投げられると教えてもらいました。
また股関節の使い方が上手い先輩投手がいたので、先輩の練習を見て盗みながら股関節を練習に取り組んだら、だいぶ股関節の使い方が良くなりました。
――それは長友投手自身、試して実感しているのですね。
長友 自分の場合は踏み出し足の「粘り」ですね。高校の時は大まかなところしか見ていなくて、高校時代は、踏み出す時にお尻から落として投げる感覚で投げていました。
フォーム作りに対する意識を改めて、細かな動作までこだわりました。自分の良いフォームは、体重移動に入るときに股関節を乗せる感覚で体を沈み込ませて、そして軸足である右足の膝を本塁方向に向けて、左腕のグラブを本塁方向に向ける時に開きを遅くして、踏み出し足が上手いタイミングで着地して投げられると良いボールを投げられるので、自分はその流れを大事にしました。
――長友投手の武器である速球。高校時代から145キロ前後投げていましたが、大学では常時140キロ後半、ついに150キロを出すようになりました。先ほどフォーム面について伺いましたが、トレーニング面で工夫したことなど教えてください。
長友 メニューは股関節のメニュー、スクワット、クイックリフト、ベンチプレス、インナーマッスルなどを中心にやりますが、どのメニューを重点的にやるのかなどは専門のトレーナーさんがいますので、その方と相談しながらメニューを決めています。
トレーニングでスピードを速くすることはできますが、スピードを維持するにはインナーマッスルを鍛えるトレーニングは大事です。速い球を投げるには腕を結構振るので、痛みが出やすいリスクがあります。インナーは故障を防ぐためにも有効なトレーニングで、常に速い球を投げるためには欠かせません。
――今は、トレーニングや試合中に着用するアンダーシャツも、様々な性能のものが出ていますが、長友選手はこだわりはありますか?
長友 自分は着やすさと投げやすさを重視して、七分ぐらいの長さのピチピチのアンダーシャツをいつも着用しています。
汗っかきなので、緩いものですと、伸びてしまうんですよね。伸びたものを戻すのは面倒じゃないですか。そのため七分丈で、ピチピチしたアンダーシャツを着用すれば、それを気にならずにプレーができます。
上手くなるためには野球が好きであることと、結果に疑問を持つこと
――大学に入ってから主に中継ぎ、抑えとしての登板が中心ですが、任されるようになったのはやはり速球面を評価されているからでしょうか?
長友 そうですね。速球もちょうど常時140キロ後半~150キロが出るようになって、横井(人輝)監督から8、9回を任されるようになりました。
東海大学 長友昭憲投手(東海大望洋高出身)
――改めてその役割の醍醐味は何でしょうか?
長友 8回、9回は試合で大事なところで、結果によって次の試合につながります。出来れば、三振で締めて、気持ち良く明日の試合に入りたいと思っています。みんな抑えて当たり前だと思いで、送り出しますし、そのプレッシャーの中で投げるのは大変だと思いますが、締めくくったときは気持ち良いですね。
――長友投手の武器である150キロを超える速球を活かすためになにか磨いていることはありますか?
長友 緩いカーブですね。現在はいかにストライクゾーンへ投げ込む練習をしているかをやっています。カウントを取れると、その分、速く見えるので、打ち取りやすくなると思います。
あとはカットボールです。それも自分の真っ直ぐを活かすために、ストレートと同じ速さで少し曲がった変化球を投げることが出来れば、打者にとって嫌だと思いますので、カットボールも磨いています。
――最終学年、プロ入りを目指していると思いますが、今年はどんな投球を見せていきたいと考えていますか?
長友 自分たちは日本一を目指しています。大学選手権ではリーグ戦以上に注目されると思いますので、少しでも多く登板を与えてもらって、全国の舞台でベストピッチングをしたいと思います。
――最後の質問です。新入生へ向けて、自分の目標を叶えるために今から意識した方が良いこと。または将来、甲子園を目指す中学球児に今からでも準備した方が良いことを教えてください。
長友 やっぱり野球が好きになることが一番大事だと思います。好きになれば、執着心が沸いて、いろんなことに取り組めましたし、中学時代からキツイ練習に取り組むことができたのはうまくなりたいという気持ちがあったからと思います。
あとは出た結果に対して、疑問を解くことです。なぜ、ボールが変な方向に抜けたのだろうと考えれば、身体の動きがボールが抜けやすい投げ方になると気付きますし、自分自身、そのことを中学時代から考えていれば、もっと野球が上手くなったと思います。だから一つのプレーに対し、なぜそうなるのかについて考えてみてください。
――長友投手ありがとうございました。いろいろご参考になるお話ばかりでした! 今年も東海大のクローザーとして日本一を導く快投を見せてくれることを期待しています!
(インタビュー・河嶋 宗一)