埼玉西武ライオンズ 森友哉選手(大阪桐蔭出身)
第177回 埼玉西武ライオンズ 森 友哉選手(大阪桐蔭出身)2014年03月18日
2012年、2年生ながら大阪桐蔭の春夏連覇に貢献した森 友哉。
高校時代から、ここぞという場面で結果を残し続けてきた森。狙い球を見逃さず、チームの勝利に貢献してきた。そんな森の考えるバッティング論、また精神力の強さに迫る!
内角に構えることを恐れない攻撃的リード
埼玉西武ライオンズ 森友哉選手(大阪桐蔭出身)
今年、埼玉西武に入団した森 友哉は大阪桐蔭高2年生だった2012年の春、夏の甲子園大会を制覇したときのレギュラー捕手である。マウンドに立っていたのは昨年、ドラフト1位入団した阪神で10勝6敗、防御率2.75の好成績を残した藤浪晋太郎。小川 泰弘(東京ヤクルト)、菅野智之(巨人)と新人王を争った。
この1学年先輩の藤浪をリードするとき、森はこんなことを考えていたという。
「藤浪さんの真っ直ぐはシュート回転するので右打者のときは怖くてあまり内角に構えることができなかったんですが、左打者のときは指にかかったボールがくるので内角は使うようにしていました」
数少ない弱点、インステップにスリークォーターの腕の振りが重なって藤浪のストレートはシュート回転していたのだが、森が「右打者のときは怖かった」というほど外角一辺倒ではなかった。2012年選手権の準決勝、明徳義塾戦では、右打者への内角ストレートは。スピードガンの数字が一番高かった。ある日の取材で藤浪は内角球について次のように答えてくれた。
「1球(内角球を)見せてしまえば。2ストライク目にそれを投げてしまえばこっちのものなんで」
「1球(内角のイメージを)焼きつけてしまえばスライダーが生きてくるんで」
「投げる必要があれば(内角球は)投げるべきだと思います」
いずれも「ピッチャーの基本はアウトローだと思う」という信念を前提にした内角球だが、この攻撃的精神はさすが甲子園の春、夏を連覇する投手だと思った。そして同時に、内角に構えられる森の意識の高さにも感心した。
「自分も内ばっかり放られると嫌ですし、そういうのもあって内は苦手なバッターが多いので、内に放れるピッチャーというのは有利かなとは思います」
これは森の言葉である。
藤浪を取材しているとき大阪桐蔭のグラウンドではシートノックが行われており、ノッカー役だった当時の田中公隆コーチ(現・福井工大福井)は一言も怒声・叱声を張り上げていなかった。ノックを終えた田中コーチに「いつもこんなふうに叱ったり怒ったりしないんですか」と聞くと、
「藤浪の代はちゃんとしているので怒る必要がないんですよ」と言う。藤浪にも聞くと、「そういえばあんまり怒られていませんね」と涼しい顔で言う。
ダメなときには怒り、やることをきちんとやっていれば何も言わない、このメリハリのきいた監督・部長・コーチの選手たちに対する態度こそ、森の持ち味である、考えて投手をリードする自主性を生み出しているのかと思った。ちなみに、
「森くんのときは監督・コーチに怒られた?」と聞くと、「怒られっぱなしでした」と笑う。
森のプレーで印象的だったのは2年夏の選手権決勝、光星学院(現八戸学院光星)戦の走守である。ストップウォッチで走塁や送球のタイムを測ると、準々決勝の天理戦、準決勝の明徳義塾戦と、森は4.3秒未満の走塁や、2秒未満の二塁送球など、際立ったタイムを残していない。
森でなくても、甲子園大会の後半になるほどストップウォッチの各種タイムが遅くなるのは普通のことである。ところが春に続く決勝の光星学院戦ではイニング間の二塁送球で最速1.89秒、走塁では第1打席の三塁ゴロのときの一塁到達タイムが4.06秒と、生き返ったように森のプレーに溌剌さが戻った。
「ガーッと燃えるものが光星学院戦のときはあったんじゃない?」と聞くと、
「そうです。春も決勝で対戦していて、実力で勝てたとは思っていなかったですし、たまたま運があって勝てたぐらいの気持ちしかなかったので、夏こそは実力で勝ったと思ってもらいたかったので全力を尽くせたのかなと思います」。
[page_breakノックもフリーバッティングも常に試合を想定して取り組む / 森選手の勝負強さの秘密とは?中学時代の監督に聞く!]
ノックもフリーバッティングも常に試合を想定して取り組む
大阪桐蔭時代の森選手
「森の最大の持ち味は」と聞かれたら、答えに迷う。強肩、強打、俊足が高いレベルで揃っているからだ。強打については昨年取材した内田靖人(常総学院・東北楽天ドラフト2位 独占インタビュー 2013年10月21日)に「誰のバッティングが一番印象に残っている?」と聞くと、
「森です。飛ばす力が凄いと感じました。音も他の選手と全然違う。乾いた音というか、1人だけ強く叩いているというか、そういう音がしました」と即答が返ってきた。
私もバッティングは凄いと思うが、「一番」ということなら、走攻守すべてに全力で取り組む姿勢のよさに感心させられた。
2012年選手権初戦の木更津総合戦、第1打席で145キロのストレートを押し込んで右前に落とす単打性の打球を、まったく足を緩めることなく二塁打にし、このときの二塁到達タイムは俊足と評価できる8.29秒だった。第2打席も二塁打を放って、二塁到達タイムは8.20秒。第3打席は初球の137キロストレートを左中間方向にヒットを打って、一塁到達は4.36秒。次に挙げる「俊足の基準」と照らし合わせて、その全力疾走ぶりに思いを馳せてもらいたい。
4回出場した甲子園大会で記録したストップウォッチの各種ベストタイムは次の通りである。
◇一塁到達タイム……4.06秒(2012年選手権決勝、光星学院戦)
◇二塁到達タイム……8.20秒(2012年選手権2回戦、木更津総合戦)
◇二塁送球タイム・イニング間……1.86秒(2012年選手権2回戦、木更津総合戦)
◇二塁送球タイム・実戦……1.86秒(2013年選手権1回戦、日本文理戦)
私の俊足の基準は一塁到達4.3秒未満、二塁到達8.3秒未満、強肩の基準は二塁送球2秒未満なので、森の俊足・強肩がわかってもらえると思う。
手抜きしないプレーを自分で意識しているか聞くと、
「自分だけじゃないですけど、大阪桐蔭自体が『投げる、打つ』だけじゃなく、その他のところもしっかりしようというか、アウトになっても全力で帰ってきたりとか、外野フライでも二塁まで行くとか、そういうことを徹底しているので、そこは大阪桐蔭に入って自然と身につけられた部分なのかなと思います」と答えてくれた。
話は前後するが、「大阪桐蔭の自主性」という言葉を最も印象づけられたのは、藤浪を取材しているときに見た次の光景である。
グラウンドから帰ってきた選手たちはネット裏方向のホワイトボードに指示されたメニューを確認すると、それぞれが次の練習場所に向かって走って行くのである。ありがちな監督・コーチの怒声・叱声はやはりひと声もない。森は「あれはもう、ずっとそうです」と言うが、なかなか日常的に見られる光景ではない。ここまで紹介してきた森や藤浪の大人びたプレーや言動は、指導者が選手を大人扱いして初めて身につくものだと思わされた。
最後に、どんなことを心がけて日々の練習に取り組んできたのか聞いてみた。
「自分はキャプテンをやらせてもらっていて、日々伝えてきたのは、どんなメニューにしても常に試合を想定するということです。ノックだったら一、二塁とか一、三塁とかランナーを想定して、フリーバッティングでもただ打つんじゃなく、ランナーを想定してカウントもつけて、常にプレッシャーをかけて練習していれば甲子園の大舞台でも気楽にプレーできると思いますよ」
そう、語ってくれた森。
今シーズン、プロの舞台ではどんな活躍をみせてくれるのだろうか。高校生離れした高い力に、期待が高まる。
(文・インタビュー:小関順二)
森選手の勝負強さの秘密とは?中学時代の監督に聞く!
堺ビッグボーイズ・土井 清史監督
中学時代の森 友哉選手を指導した堺ビッグボーイズの土井 清史監督は、
「ほかのチームからのマークもあったけど、中学時代から、バッティングに関しては凡退する場面をあまり見なかった。チームの選手たちの中でも、森に回したら点数が入る、という意識があった」と振り返る。
その勝負強さの秘密はどこにあるのか。土井監督に尋ねると「いい球が来れば初球からでも打っていく選球眼の良さ」との答えが返ってきた。
加えて「チーム全体として、逆方向に強い打球を打つというのを徹底してやっており、彼もしっかりと取り組んでいた」ことも、高打率につながった、と見ている。
土井監督によると、「中学時代は野球をやっている時は一生懸命だったけど、やんちゃな面もあった」という森選手。ただ、土井監督は、
「高校時代、甲子園など、さまざまな場面で活躍することによって、落ち着きが出てきたように思う。精神的に大人になった。この成長が、試合でも生きているのでは」と語る。
さらに「彼ぐらいの選手なら、プロでも活躍してくれると思う。彼には、ケガなく、長く野球を続けていってほしい」とエールを送った。