Column

【総決算号】高校野球から学ぶ日本人の見えないチカラ

2012.01.11

人間力×高校野球

第17回 【総決算号】 高校野球から学ぶ日本人の見えないチカラ2012年01月11日

 09年の連載開始からこのコラムでは「人間力」にまつわるたくさんの物語を書いてきた。

 指導者からの話は、どれも心に残るものばかりだった。『自分が学生時代にこのことを知っていたらなぁ』という想いをこのコラムに込めて連載を続けてきた。読者の方がどの原稿に感銘したかは分からないが、高校野球を通じて人間が持つ力を発信する中で、何より筆者自身が多くのことを学ばせてもらったような気がしている

 これまで全16回あるが、今回は、これまでの先生方の素晴らしい話を総括したいと思う。


授業中に眠たいと思ってすぐに眠ってしまう弱さは、試合の大事な場面、心が逃げる。

 第1回「人間力とは」では市立尼崎・竹本修監督の言葉を紹介させてもらった。竹本監督は試合の時に出る精神性について、野球以外の心がけの大切さを教えてくれた。

「野球の時だけは、諦めない、我慢する、粘る、平常心を保つとか、そんなことはありえないと思う。日常生活にもそういうことができているから、野球でもできる。名誉とか、誇りとか、『これだけのことを練習でやってきたんだ』というようなものは練習の中だけじゃ培われない」

 “我慢のピッチング”、“粘り強いチーム”。

 野球の中で頻繁に語られるフレーズだが、それらは「野球」だけでは鍛えることができないということを、竹本監督の言葉は伝えている。読者の方も、日常の中で感じることが多いのではないだろうか。試合に出る精神性が、ただの偶然じゃないということがである。

逃げ道を作らず、前へ!彼らは進み続けた。 

 山口県の進学校・岩国高校の話も紹介した。岩国のエピソードは03年の甲子園の大会後の「ホームラン(廣済堂出版)」という雑誌でインサイドリポートを書かせていただいたときのものだ。実は、僕がこの仕事に就いて、大会のインサイドリポートを書いた初の原稿だったのだが、この時の岩国は僕にとって大きな衝撃を受けたチームの一つだ。

 03年の夏、岩国は2回戦でセンバツ優勝の広陵を撃破、初のベスト8に進出した。ピンチでこそ発揮される堅い守備力、1球で決められる正確無比の送りバント、監督からの指示を徹底できる芯の強さ。野球以外の部分に強さを見せたチームだった。当然、指揮を執る河口監督の言葉も心に響いた。

「進学校だから勉強があるとか、公立校だから設備がなくて時間が限られるとか、言い訳にしないこと。それが力になっている」

 広陵を破った試合では、相手のエース・西村健太朗(巨人)に対し、岩国ナインは、まったく怯んでいなかった。「相手が私学である」、「センバツ優勝校」など、戦う前から意識してしまいがちな要素を頭にいれずに戦っていたのだ。でも、それは「気合で乗り切る」などというような根性論はない、普段からの意識づけが彼らにはあった。


「気づきと行動力」。準優勝校にふさわしい、大会ベストチームだった。

 第2回「センバツ準優勝校・花巻東の取り組み」では第81回センバツ大会で準優勝した花巻東を取り上げた。当時の花巻東には菊池雄星という稀代の好投手がいた。

 確かに彼の球は凄かった。力を抜いて投げ込まれる最速150キロのストレートとキレのあるスライダーはここ数年でも指折りの投手だった。だが、花巻東を取り上げたのは、彼の能力のスゴさではない。花巻東ナインの野球以外の取り組みに、人間としての重要なものが詰まっていたからだ。

 甲子園大会中の試合前のできごとが、今も忘れられない。

 出場校には試合前に取材時間が義務付けられている。さほど広いスペースではない室内練習場を使用しての、20分程度の時間である。室内練習場はネットが張り巡らされていて、取材陣はそこをかき分けてお目当ての選手の取材に行くのだが、花巻東の控え部員はそのネットが邪魔にならないように支えていたのである。甲子園の取材には何度も行かせてもらったが、そんな配慮をしてくれたチームは今までになかった。しかも、彼らは、言われてやったのではなく、自分たちでやったのだ。

「文武両道ではなく、文武連動」

 「文武両道」については、第3回「文武両道とは」で取り上げた。

 筆者は高校野球で時に言われる「文武両道」の捉え方について、懐疑的な見方を抱いてきた。「文武両道」が進学校の特性として持ちあげられることに、違和感を覚えていたのだ。

 勉強の時間が多くを占め、練習時間が少ない中で勝って行くと言うのは難しいことだ。それを強いられる進学校は大変な作業をしているというのは理解している。しかし、同じ状況が学力底辺校にあったとしても、「文武両道」を実践していると呼ばない。それはおかしいことではないのか。

 学力が高かろうが、低かろうが、勉強と部活を両立させようという姿勢には変わりない。持っている能力に違いがあるだけだ。もし、学力が高くないと「文武両道」と呼ばないと言うのならば、文武両道の『武』だって、部活動の成績が良くないと評価されないはずだ。そんなところに、「文武両道」の言葉の意味はない。もっと深いところにあるのではないだろうか。

 奈良県下屈指の進学校で44年の指揮を執った森本達幸元監督の見解はこうだ。

「集中力だと思います。電車の中でも彼らは勉強しようとする。その集中力と、練習時間での集中力。郡山の子らはそれを知っている」。

 成績が良いとか、悪いとかの問題ではない。

 現監督の西岡も続ける。

「成功体験。漢字テストで満点を取るために彼らは努力する。どうしなければ点を取れないか知っているので、じゃ、『野球でヒットを打つためにはどうすればいいか』という発想になる。それが文武両道だと思います」

 郡山が進学校であるように、進学校の生徒が、この言葉の意味を感じやすいというのは確かにあるかもしれない。しかし、だからといって、学力底辺校が文武を関連付けて取り組んでいても、それは文武両道なのだ。

 先日、取材した膳所高校の上品監督が適切な言葉を教えてくれた。上品監督は前任校で、学力底辺校の八日市南で指揮を12年執り、今は進学校の膳所にいる。

「文武両道ではなく、文武連動」


それぞれの想いを持って、卒業後の人生を歩むのである。

 第4回「もう一つの甲子園」では、〝引退試合”について取り上げた。引退試合とは、夏の大会のベンチ入りメンバーから漏れた選手同士に用意された練習試合のことである。今となっては全国で大きな広がりを見せているが、3年間努力してきた選手たちに晴れ舞台を用意する機会となっている。

 チームによっては球場を使うところもあれば、応援団を使用し、大会さながらに催すチームもある。指導者らが生徒のために何かできないかと、今は多くの学校が実施している。

 この試合からは、3年間頑張ってきたのがレギュラーだけじゃないということを学ぶことができる。試合に出るのは9人、ベンチ入りは18人だが、それはあくまで高校3年の夏の大会という評価にすぎない。

 メンバーに入れないという悔しさはあるだろうが、人生は長い。大事なのはこれからの人生で、どんな余生を過ごすかが3年間で培ってきたものが生かされるのだ。

 指導者の中には、これを実施することで、「メンバー外のことを考えている」と自分の中でのバランスを取っている人がいると思うが、引退試合であれ、最後の輝きを見せようと全身全霊を注ぐ彼らのひた向きさには、心打たれるものがある。

 ある女子マネージャーの言葉が印象的である。

「肩が痛くて投げれない選手が、この試合が最後だからって必死に投げて、周りも必死に声をかけて、支えて、みんなで頑張っているんです。『引退試合』とか『球場でやる』とか、『練習試合である』とか関係なくて、あの試合での、選手の笑顔は忘れられないです」


ガッツポーズをしない、相手の好プレーに拍手を送る、という野球。

 第5回「自分と向き合える人間力」のコラムからは新展開を迎えた。それまでの「人間力」にまつわるエピソードをさらに深めたチームが出てきたからだ。

 奈良県立桜井高校は、ガッツポーズをしない、相手の好プレーに拍手を送る、という野球を実践。新たな「人間力」の概念を全国に発信した。ガッツポーズをしないという点においては、第10回「アスリートが目指すべき本質」の興南高校や、第16回「野球選手の姿勢~相手のミスに喜ばない~」というコラムでも取り上げているが、それらも全てつながっている。

 
桜井高の森島監督は、こう話している。

「何事でも続けることで分かってくることがある。何をやったから、どんな効果があるというよりも、やり続けてみてみえてくることがある」。

 
桜井高校では、こうした試み以外に普段の日常生活を重んじている。あいさつはもちろんのこと、日常生活やトイレ掃除やゴミ拾いなど、このコラムでも取り上げてきたことばかりだが、それらは全て継続してこそ、生まれることがある、というのである。

 苦痛なトイレ掃除をなぜするのか、相手がヒットを打ったのを悔しい気持ちで拍手をなぜ送らなければならないのか。ヒットを打って、相手の気持ちを考えて、ガッツポーズを抑える必要性はあるのか。
どの行動にも、心があり、それをコントロールすることで、人間力を高めることができる。

 「誰でも最初は、いい気持ちはしない。ヒットを打ったら、羨ましいな、いいなぁって言う妬みのような心がどこかに存在する。その中で、そういう自分と向き合う。野球の中で、ねたんだりする自分と向き合うことで、心を掃除する」と森島監督は言う。

 もともと、森島監督がこの思考に至ったのは、第16回に出てくる小林敬一良氏の影響だ。浪速で2度の甲子出場、現在は成美大で指揮を執っている小林監督は野球選手としての姿勢を16回のコラムでこう説いている。

「高校野球は教育の一貫っていいますけども、礼儀作法を教えるだけじゃなくて、生き方として、人の失敗を期待するような生き方をしないように、子供たちに教えていただけたらと思います。子供たちが世の中に出た時に、人の失敗を期待するよりも、地力をつけようと強くなってくれると、考えています。これからの若者を育てる立場におられる先生方は、一人ひとりが自分の生き方を高校野球の中で学ぶということで、育てていってほしい」


終わりに

 この他の回でも、興味深い話を取り上げた。

 第6回「決めごとを実践する強さ」では、「決めごとを実践する」ことの意味を書いた。選手個々が「決めた」ことを実践し続けることで、生まれるものがあると言うことだ。京都両洋・高木英臣監督は、野球以外に取り組むことで見えたものがあると力説してくれた。

「約束事を決めて、それを実行する。弁当箱は洗ってお母さんに返すとか、ユニフォームは自分で洗えないまでも、洗濯場までは自分で運ぶとか。それをやっているかどうかは、僕にはわからないんですけど、選手たちが上手くなってきた時期と保護者の方から、『ウチの子が弁当箱を洗うようになった』という声が入ってきた時期が重なっているんです」

 選手の技術向上を目指すと、ついつい練習時間を長くしたり、厳しくすることに主眼を置いてしまいがちだが、高木監督の言葉は、それだけではないということを伝えている。人間力の向上が技術力を上げるのだ。
 また、決めごとを実践するという意味においての精神性は、相手を意識しないという人間性にもつながる。城東工科・見戸健一元監督が以前に、話してくれた言葉がある。

「野球部の子には、3つの顔がある。野球部での顔、家での顔、クラスでの顔。でも、根本は一つ。三重人格の人間やったら、ココというときに力は発揮できない」

 大会などを見ていると、強豪校と当たった時に限って力を発揮できないチームや大会の舞台が上がっただけで持ち味が出ないチームを多く見てきた。意識が変わってしまうのだ。ただそれらは、相手に問題があるのではなく、日常生活から培われた「内なる力」なのである。見戸先生がいう「3つの顔」を持ってしまうから行けない。どの場所、どの相手であっても、常に同じ態度で出来るかで人としての生き方が問われているのだ。

 監督の前では靴を揃えるのに、家では揃えない。つまり、場所や人が変わって自分の態度が変わる。だから、自校のグラウンドではできていたことが、球場ではできなくなったり、ややもすると、相手のユニフォームと試合をしてしまうのである。
 どんな場面でも、決めごとを実践できるかどうかは、人間力を高めているかどうかとつながっているのだ。

 第14回「調子の波を作らないために」では、「調子の波」ついて、書いた。なぜ、調子の波はやってくるのか、日ハムの榊原諒は「その人の性格」だと教えてくれた。

「調子に波が出るのは日ごろの生活で、やったり、やらなかったりの波があるからだと思う。スリッパをそろえたり、そろえなかったり。授業に出たり、出なかったり。10本のダッシュをすべて一生懸命やるのか、どこかで手を抜いてしまうのか。人間に波があるから、調子に波が出てくるのだと思います」

 榊原が学生時代に話した言葉だが、関西国際大時代、榊原は調子に波がなかった。事実、プロに入ってからも、彼は、その人間性をいかんなく発揮した。2年目のシーズン、全てが途中登板で10勝。なかには、先発投手のアクシデントで緊急登板と言うこともあったのだが、彼はそれでも、試合を作ったのだ。その年の新人王を獲得、学生時代に取り組んでいた成果がプロに入って生かされていた。

 全16回を振り返れば、それを総合した形に一番近いか物を全国の舞台で見せてくれたのが第13回「興南が優勝した意味」で取り上げた興南かもしれない。興南高校は野球だけでなく、日常生活に力を入れ、春・夏連覇を果たした。
 彼らはガッツポーズをしなかったし、日常生活のきっちりした活動も徹底されていた。日頃のゴミ拾いも徹底して続けた。我喜屋優監督の言葉も、印象に残っている。

「ゴミを拾うのでも、拾うことをも目的とするのではなく、自然とできるのが一番いい。見て見ぬふりをすること、これはプレーの中でも出てくることですから」。

 人間力向上への取り組みは、多くが「やらされる」ことが始まる。これは紛れもない事実だろう。それがやがて自然と出来た時に、人として成長したことの証になるのではなかろうか。

 人間力は形にはない。答えもない。日々、変化していくものだ。

 野球の技術が社会で役立つかと言えば、ほぼあり得ないだろう。150キロを投げることができても、ホームランを量産したところで、社会貢献に直接つながるわけではないからだ。ただ、高校球児は野球が好きで本気で取り組んでいる。好きだからこそ、出来ることもあるのではないだろうか。野球をやる中で、気が付いたら人間として大きくなっていた。将来の社会で役立つ人間になっていた。

 高校野球がそういうものであったら、素晴らしいことだ

「人間力×高校野球」のコラムではそれを伝えたかった。

(文=氏原 英明

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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