Column

「野球選手としての姿勢」~相手のミスに喜ばない~

2011.02.24

人間力×高校野球

第16回 「野球選手としての姿勢」~相手のミスに喜ばない~2011年02月23日

 果たして、その「1勝」にどれだけの価値があるのだろう――。

 大会などを見ていると、そう思ってしまうときがある。興南が昨夏の甲子園決勝(2010年8月21日)で東海大相模を破った1勝は非常に価値のあるものだった。それは、興南の1勝というより、沖縄に深紅の大優勝旗が渡るという意味合いでも、沖縄の高校野球界にとって、非常に価値のある1勝だった。
 しかし、かといって、各地方大会や地区大会、そんな価値があるものばかりではない。もちろん、「勝つことに価値がない」と言っているわけではない。「1勝」にこだわり過ぎるあまり大事なものを見失ってはいないかと問うているのだ。

勝つことができるのであれば――「相手のミスを期待する」

勝つことができるのであれば――「相手のミスに喜ぶ」

 「勝つ」ということの価値は、ただ、その試合にだけに存在するものではない。逆に言えば、勝てば、すべてが満たされるのかというと、決してそうではないはずだ。特に、昨今の高校野球を見ていると「勝つ」ということに対する異常なまでの執着が、野球選手としての基本姿勢を乱しかねない、そんな気がしてならないのだ。

 プレーしている選手だけではなく、指導者、ひいては保護者たちにも、もう一度、考え直してもらいたい。その「1勝」にどれだけの価値があるのだろうか、と。相手のミスを期待してまで、勝つことで、何が得られるのだろうか。ある高校の練習試合を見ていて、愕然としたことがあった。

 センターの後方、応援に来ていた保護者の集団近くで試合を見ていると、そのセンターに打球が飛んできた。守っていた中堅手は必死にボールをつかもうとするが、グラブに一端は入ったと思われたボールがこぼれ落ちた。すると、そのシーンを見ていた保護者たちが手をたたいて大喜びし始めたのである。中堅手がはじいたボールが保護者のいたあたりに転がり、ボールをこぼした選手が取りに来ても、保護者の狂喜乱舞する様子は変わらなかった。

 ボールが捕れなくて必死になっている少年がいる前で、手を叩いて喜ぶ大人の姿。あれほど、無残な光景を見たのは、今まで野球観戦歴で初めての衝撃だった。これが「1勝」のための、異常な執着である。勝ちたいがために、基本姿勢を失っている。


 そのことに気づき、高校野球を実践しているチームは多くある。相手のミスには喜ばないことを主眼に置き、人間力を高めた高校野球である。以前にも、ここのコラムで紹介した、奈良桜井や城東工科法隆寺国際などだが、その提唱者であるのは、元浪速高校で監督を27年間務め、現在は成美大で指揮を執る小林敬一良氏である。小林氏が発信するメッセージからは、そのことが多く描かれている。

 先日のコラムでリポートした、小林氏による実技演習会で、氏は指導者たちに、こんな話をしている。

 「私は浪速高校の最後7、8年から、今の学校にくるようになって、選手たちに心がけていることがあります。それは、試合の中で、“相手が失敗した時に喜ぶな”、ということです。味方が内野ゴロを打って、相手が捕ろうとする時に、「やるぞ、やるぞ」とか「やった!」とか、ベンチで喜ぶシーンがあるじゃないですか。そう言うのをやめよう。生徒たちに言うんです。“お前ら相手のミスを期待したり、喜んだりするのは自分が弱いということやぞ”、と。“自信がないから、相手が失敗してくれっていうんやろ、それは絶対するなよ”と」。
「指導者も考えてほしいんです。例えば、日頃、ノックをしていて、選手がエラーしたら、見たくない光景ですよね。野球選手、野球の指導者というのは、ボールを落球するところは見たくない光景のはずです。そうであるのに、自チームの選手がボールをはじいたら落胆して、相手の選手がボールをはじいたら喜んで……、同じ光景をみて、片一方で喜んで、片一方で落ち込んで…、同じ現象を見ても、これだけ心が変わるのは、自分の感覚がおかしくなると思う」。

 野球選手としてあるべき姿の一つの例を、小林氏は訴えている。

 勝つためには、目の前の相手のエラーは必要“悪”だが、しかし、それは自分たちの力ではない相対的な力で得たものと理解しなければいけないのだ。全力疾走も小林氏が取り組んでいる、野球選手としての姿勢を学ぶ一つである。以前に、小林氏はこんな話をしている。

 「ヒットでも、凡打でも、後ろから見ていて、同じ走り方で走れといいます。相手のミスを期待して全力疾走するのではなくて、後ろから見ていて、(凡打かどうか)わからないように走れるようになりなさい、と。失敗した時にどんな態度でいられるかが、その子が人間として、伸びるか伸びないかだと思う」


 全力疾走には、いろんな捉え方がある。

 一つには、相手のミスを呼び込むために走るべきだという。それは「失敗のスポーツ」といわれる野球の特性の一つだと感が見てみれば、決して間違いではない。

 しかし、そこに付け込んだり、ましてや、喜んだりというのは、別問題なのではないだろうか。

 小林氏はこうも言っている。

 「高校野球は教育の一貫っていいますけども、礼儀作法を教えるだけじゃなくて、生き方として、人の失敗を期待するような生き方をしないように、子供たちに教えていただけたらと思います。子供たちが世の中に出た時に、人の失敗を期待するよりも、地力をつけようと強くなってくれると、考えています。これからの若者を育てる立場におられる先生方は、一人ひとりが自分の生き方を高校野球の中で学ぶということで、育てていってほしい」

 だれしも、「勝とう」と思って試合に臨んでいる。それは悪いことではない。ただ、「甲子園」というバックボーンが大きいばかりに、だれしもが野球選手としての、いや、大げさに言うと、人としての生き方さえも、乱す方へと向かってしまっている。高校野球という、クラブ活動が、野球選手として、人としての基本姿勢を崩さないためにも、小林氏が実践、提唱している野球が広まっていけばと願うばかりである。

 そうなれば、今ある高校野球も、さらなる進化を遂げる、そんな気がしている。

(文=氏原 英明)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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