誰も書かなかったイチロー
誰も書かなかったイチロー2012年05月21日
『(ダルビッシュが)帽子を取ったりしたら大したことないと思ったけど、“この内容では”というプライドが見えた』
ダルビッシュ有(テキサス・レンジャーズ)のメジャー初登板に対するイチロー(シアトル・マリナーズ)のコメントである。
4月9日メジャーリーグに挑戦した日本を代表する投手であるダルビッシュが初登板を迎えた。ダルビッシュがメジャーリーグで通用するか否かの点において、異論をはさむ評論家はいなかった。
しかしながら、この初登板、ダルビッシュ投手にとっては、ほろ苦い思い出となってしまった。結果は6回途中、5失点での降板である。
この結果に対して、様々なコメントが発せられた。ここで印象に残ったのは、ダントツでイチローのコメントであった。
イチロー(シアトル・マリナーズ)
コメントは、注目してみると面白いもので、その人がいつも関心を持っていることが自然と表れる。つまりコメントから、その選手や監督がどういう思考をしているか、何を基準に判断しているかなどを推測することができる。
今回のイチローの視線は、ダルビッシュが降板する際に、ファン総立ちの拍手にもかかわらず、手を振ることも帽子を取ることもしなかったことをとらえている。
ダルビッシュが帽子をとらなかったのが、良かったかどうかはともかくとして、イチローは普段からこういう点、つまり“姿勢”という心の中のコアな点に注目しているのだ。
解説者の多くは、『まだメジャーリーグのボールになれていない。』『マウンドの傾斜や土が違う。』『メジャー流の調整が・・・』という点に触れていた。確かにそれもあったであろう。
しかし、イチローの視点は違った。
[page_break:イチローの本当の強さの秘密]イチローの本当の強さの秘密
スポーツ心理コンサルタント 布施努氏
例えば、前回のWBC(2009年ワールドベースボールクラシック)終了後にもイチローは次のようにコメントしている。
『日本が勝って最後にいいところで結果が出たということによる自信ではありません。(自分も調子悪かったが)そこに至るまでの自分の在り方に自信を持ったので、これより怖いものはなかなか出てこないでしょう。』
このコメントには、イチローの本当の強さの秘密が隠れている。
結果は思うようになかなかいかない。つまりコントロールできない。しかし、そこに至る姿勢は自分で何とかなるとイチローは考えている。
プレッシャーのかかる緊迫した場面になればなるほど、結果ばかり考えてしまう。結果に心が支配されてしまうのだ。そんな中で、その姿勢であり続ける事は、大変だということはイチロー自身が一番知っている。しかし、意識を姿勢に向けることで結果へのとらわれから解放されるのだ。
イチローは、その場面におかれた自分を、苦しい事も含め一生懸命に楽しんでしまう姿勢をただひたすら貫こうとしている。
それが、イチローの心がけた“自分の在り方”だ。そうであればこそ、最後には自分らしい結果がやってきて、それを素直に受け入れられる。
イチローは、この野球に対峙する-結果がでる-受け入れる-野球に対峙する・・・というサイクルを確立して、まだまだ進化し成長している。
イチローのバッティングなど、トップアスリートの技術を真似るのはなかなか難しい。しかし、かれらの心のあり方を知り、それに近づくことは誰でもトレーニング次第で可能だ。
これから、このコラムでスポーツ心理の視点を身につけることによって、ワンランクアップした選手へと成長して行こう。
(文・布施努)