Column

青山学院大学野球部 『自主練習は一朝一夕にならず』

2014.03.24

早大の走塁

 「戦国東都」と呼ばれる東都大学野球にあって、一部常連として名門であり続けている青山学院大学。その特色は自主性を重んじるということだ。練習時間の多くを自主練習に割き、選手個々が自ら考えライバルチームと伍する実力を維持し続ける。理想的であり、多難でもあるこのスタイルをどうやって作ってきたのかを探る。

指示された時点で自主練習ではない

 選手たちの自主性を尊重し、東都大学野球一部で結果を残し続けている青山学院大学硬式野球部。この名門を率いるは、1987年より指揮を執り続けている河原井正雄監督である。しかし、その指導方法は最初から自主性を重んじるものではなかった。

「僕は監督になる前、29歳からコーチを3年間やりました。その間に、当時の監督に許可をもらって練習を変えました」

青山学院大学野球部 河原井正雄 監督

 その練習とは、自身が本田技研(現Honda)で培った社会人野球のノウハウを組み込んだもの。今とは全く違うスタイルだったという。

「卓上で自分が作った練習メニューをグラウンドに持っていってやらせると、どうしても練習時間が長くなるんです。当時はその様子をずっと見てて、僕があがる前に練習をあがったら許さんぞ、という姿勢でした。今でも怖いと言われますが、当時はもっと硬派でしたね」

 選手たちは監督の顔色をうかがいながら、長時間必死に練習をする。当然疲労する。練習が終わった後、自主的に練習できるほど余力を残している選手はいなかった。

「そのような形を続けていた時、ある人に言われたんです。『言いづらいけれど、みんな監督の顔色ばかりみて練習しているよ。それで自主練をやらせていても、それは自主練とは言わないよ』と。その言葉で考え方が変わったんです。監督がいる時はキビキビ動いても、いなくなるとダラッとしてしまうチームが強くなるわけがないって」

 そこで思い切って練習を全部見ずに帰ることにしたところ、もの足りないのか、いない間も練習するようになった。さらに選手たちからも、「もう少し練習時間を短くできませんか。我々は意識高いですよ」という言葉を受け、信用して練習時間を短縮したところ、本当に自主練習をするようになった。

「指導者に自主練を指示された時点で、それは自主練ではありません。“やらされている”か“やろう”としているか。この差ですね」

[page_break:選手の意識は代々継承される]

選手の意識は代々継承される

 大前提として、誰に言われるでもなく自分から動く「自発性」。自分が野球における走攻守で、何が欠点で何が必要かを見分ける「分析力」。そして己をどれだけ追い込めるかの「意志」。この3つが自主練習には求められる。だが、これだけの要求を選手に実行させるのは容易なことではない。河原井監督いわく、
「あるハイレベルな選手がいるとハイレベルな自主練をする。すると、下の代の選手がそれをマネするようになる」
 という。自主練習を個別に意識して動くものと思うなかれ。一見矛盾するようだが、自主練習に対する意識はチーム内で“継承”されるものだという。青山学院大にとっての好例が、現野球日本代表監督・小久保 裕紀氏の存在だった。

ブルペンでは打者を立たせて、腕を磨く。

「彼は学生時代、プロになりたいという明確な目標があった。本人から聞いた話だと、1日1000スイングしていたという。その1本1本を真剣に振り込むと3時間ぐらいかかったといいます。彼ほど自主練をできる選手は今見渡しても見当たりません。まずそれだけの練習量をこなすだけの丈夫な体と体力がないでしょうから。

 そんな壮絶な自主練を当時の下級生、井口 資仁(現ロッテ)が見ていた。彼は入学当時、小久保がベンチプレスを120kg上げている横で、65kgしか上がりませんでした。それが卒業する時には130kgまで上げるようになっていた。元々すごく素質のある選手でしたが、小久保の影響を受けたからこそ今でも現役で続けられるような選手になったんだと思います。

 さらに井口の1学年下には高須 洋介(元近鉄、楽天。現アルビレックス新潟ベースボールクラブ)がいて。最初セカンドに入ったときはショートの井口とゲッツーを完成させることができなかった。それが3ヵ月後には見事克服したんです。彼も井口に引っ張られてプロに行ったといえるでしょう」

 お手本となる意識の高い選手が一人いれば、下級生がそれをマネる。

 野球に対する技術面でよくいわれることだが、それは姿勢面、ひいては自主練への取り組み方にも通ずる。逆にいえば、お手本となる選手がいても、どこかの代が誰もそれを継承しなければ、流れは断ち切られる。

指導者に求められる勇気

 青山学院大といえども、小久保選手が生んだような流れがその後もずっと継承されてきたわけではない、と河原井監督は言う。しかし、選手たちは必死に取り組んでいる。それは大学の事情に寄るところも大きい。
 青山学院大野球部の練習場がある相模原キャンパスは、昨年理工学部と社会情報学部のみになったという。他の学部は全て渋谷の青山キャンパスに集約された。当然多くの選手たちは渋谷へ授業を受けに行くことになる。両キャンパス間は移動に約1時間半かかる。授業の合間に戻ってきて練習することは難しい。野球部だからといって特例措置も許されない。必然的に自分たちで考えて時間を効果的に使わないと、ハイレベルな東都大学野球で勝っていくことは難しくなる。では、指導陣は自分たちが見ていないところで選手たちが自主練をしているかどうか、どのように把握するのだろうか。

青山学院大グラウンド

「普段の練習では一生懸命やっているかどうかを確認します。たとえばダッシュをしていたとして、速い遅いは関係ない。ただその姿勢を確かめる。ですが、それで自主練をしているかどうかまではわからない。その点は方々から入ってくる“情報”でわかるんです。
 不思議なもので、24時間選手たちを見ているわけではないのに『彼は必死に練習している』とか『彼は素質あるのに練習しない』といった話がいろんな人からもたらされるんですね」

 火のないところに煙は立たない、ということか。

「自分から意図的に情報を得ようとする時もあります。

 たとえば3月にキャンプをする際、どうしてもバッティングさせる選手を絞ることになる。そこでキャプテンと学生コーチを呼んで、誰を打たせるか相談するんです。すると、私が選んだ選手以外の名前が出てくる。レギュラークラスでなくても、です。そこで名が挙がった選手は自主的に練習を積んでいるんですね」

 自主練のファーストステップは、選手たち自身が「やろう」という自発的な気持ちを持つようになること。
 次に質を上げていくには、チームで取り組む姿勢を「継承」させていくこと。
 そして最も大事なのは、指導者が選手たちを信じる「勇気」をもつこと。

 多感な年代である高校生は、管理することも時として重要であることを考えると、真の意味での自主練を課すことは、指導者にとってとても難しいことであるといえる。

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[page_break:指導者に求められる勇気]

選手たちの証言

 では次に、青山学院大で自主練に励んでいる選手たちの話を聞いてみよう。登場する3選手は皆甲子園に出場している。

青山学院大学野球部 安田紘規選手(キャプテン)

 まず今年のキャプテンである安田 紘規選手(4年)。2009~2010年にかけて天理高校(奈良)で4度の甲子園出場経験がある内野手だ。

「自分は高校2年生あたりから、自分で自主練のメニューを作って取り組んでいました。長いスパンで予定を立てて。行き当たりばったりで、目の前のことしかやらないで一喜一憂するより、計画性を持った方がやりがいを感じたので」

 しかし、高校時代はチームでの全体練習がほとんどだった。自主性を重んじる青山学院大に入り、戸惑いはなかったのか。

「今は全体練習を6とすると、自主練習が4ぐらいの割合です。求められるのは“自分に勝つこと”。自分で自分を追い込まなければいけませんから。大学に進んだ時、先輩方はそれができていたのでスゴいと思わされました」

青山学院大学野球部 加藤 匠馬選手(副キャプテン)

 続いての登場は副キャプテンの加藤 匠馬選手(4年)。三重三重高校(三重)で2度の甲子園経験を持つ。

「高校時代も自主練の時間はありましたけど、何も考えずにバットを振っていました。大学進学後は、自分からやるようになりました。高校では自主練といっても与えられることが多く、全体練習で疲れているし自主練時間も短かったんです。大学は高校よりも授業が少なくて休みも多い。寮生活でもあるので時間に余裕があるぶん、自発的に取り組むようになりました」

 大学からいきなり自主性を求められて対応に苦労しなかったのだろうか。

「最初は慣れない部分もありましたけど、先輩から『自分からやらないといけない』と言われ、いっしょに練習を続けていくうちに覚えていきました」

青山学院大学野球部 田中一也選手

 安田選手も加藤選手も、先輩から自主練とはなんたるかを学んでいた。ちなみに2選手とも高校時代は「練習がキツかった」と口をそろえる。最後に登場する投手の田中 一也選手(4年)だけ、少し話が違うようだ。仙台育英(宮城)では3年夏に甲子園に出場している。

「高校時代は楽しかったです。仙台育英青山学院大と似ていて自主性を重んじるスタイルなんです。全体練習も早めに終わる。手を抜いているわけではないんですが、やることはやって、あとは個々が目標を持って自主練に励むんです」

 高校生で自主性を持った練習をすることは、並大抵のことではない。

「高校の監督の教えは『自主練を多くしているからこそ、どこまでも上を目指せる』ということでした。自分でやらなければ、自己責任として落ちていく一方で、やればどこまでも可能性は広がっていく、ということです」

 他の強豪校に比べれば練習量は少なかったはず、という。しかし、個々が自発的に練習に取り組み実力を伸ばしていけたのは「甲子園を狙える高校なので、意識が高かった」という。これは3選手に共通することなのだが、高校時代は「甲子園」という明確なひとつの目標があったからキツい練習にも耐えられたし、自主練にも励めた。しかし、大学生になった今、彼らは何を目標に自主練に励んでいるのだろう。これも答えは共通していた。「上で野球を続ける」ということだ。プロか社会人か――。どちらにせよ野球をこれからも続けていくためには現状に甘んずることはできない。この危機感にも似た気持ちが強い意志を生み、自分を律している。

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自主練習の賜物とは

投手を見守る河原井監督

 3選手に話を聞いていると、自主練を続けてきたからこそ得られた視点があるのではないかと思わされる。例えば加藤選手は、

「寮生活をしていると、誰が自主練に行ったか、とかわかるんです。人によってはそこで競争心を持って自分も……と思う人もいるでしょう。でも僕は触発されることはありません。
 自分は人に合わせるより、自分で考えたことをきっちりとやれば結果は出ると思っています。だから自分が必要と判断すれば休みもとるし、他人に流されることはないですね」

 という。これは本当に自分の頭で考えているからできる「判断」だ。毎日欠かさないことはウエイトと素振り。素振りも日によって時間で区切ったり本数を決めたりする。疲労が溜まっていると感じれば、ダッシュでキレを取り戻す。すべて自己判断だ。

 安田選手は「自己分析」ができていた。
「自分は太りやすい体質で、1日の間でどこか長いランニングをしないといけないんです。2日走らないともう思ったように体が動かなくなる。すると守備の1歩目が遅くなったり、バットスイングのキレが鈍るんです。普通体のキレを出すには短い距離のダッシュが有効といわれますが、自分の場合は長距離を走らないとキレが出ないんですよね」
 だから毎日のランニングを欠かさない。

 田中選手の自主練は、体作りに大半が割かれているのだとか。
「ランニングにウエイト、体幹トレやシャドーピッチングなど……。ピッチャーだということもありますが、プロや社会人でも野球を続けることを考えた時、1年間野球ができる身体を作っておくことが必要だと思うんです」
 先の目標を見据え、そこから逆算して今日できることをやる。こういった「大局観」も自主練習を本当に自分で考えているからこそ持てるのだろう。

シーズンに入ってもトレーニングに励む投手陣

 取材させていただいた日も練習は午前で終了。午後は空き時間となった。だが、グラウンドに行ってみれば、ゲージで打撃練習をしている選手がいたり、ノックを受けている選手がいたり。野球部の予定はなくても、当たり前のように練習をしている選手たちの姿があった。

「自分の見つけた課題を克服するまで、いやむしろ克服しても継続して、とにかく地道にコツコツと鍛錬を積んでいくことが大事なんだと思います。ある課題を克服したとしても、その頃にはまた新たな課題が見つかっているはずですから」

 田中選手のアドバイスは、自主練習の本質を突いているのかもしれない。

「自主練習は一朝一夕にならず」

効果だけでなく、取り組む姿勢も意識に対してもいえることだ。

(文=伊藤 亮

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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