メジャー挑戦物語 ~高野 一哉~
2010年12月21日
ドジャースの日本担当スカウトである小島圭市氏は、熊本に面白い選手がいるという情報を耳にし、高野投手が1年生の冬頃に初めて視察したという。その小島スカウトは、高野投手のピッチャーとしての素質についてこう語っている。
「初めてみた時は、ピッチングをみたということではないのですが、手足が長くて、肩関節も柔らかくて、ピッチャーズスタイル(ピッチャーとしての体型)をしている」という印象だったという。
その後、定期的に追い続けていく中で特に注目したのが“ボールを投げるセンス” 。実は小島スカウトは、高野投手について入団会見でこう語っている。
「150キロのボールが投げられるとか、カーブやフォークが凄いとかではありません。今はすべてにおいて(高いレベルの中で)アベレージよりも下ですが、体が強くなっていくとともにアベレージを越えていって、メジャーリーグのマウンドで活躍できるレベルに到達するだろう」
さらに高野投手本人もこう話す。
「今は、全然自分のアピールできるところがないので、これからさらに頑張って(アピールポイントが言えるような)いいピッチャーになりたいです」
自己分析する中で、角度ある最速144キロのストレート、自慢の縦スライダーにも慢心することがない。そのコメントからも彼がいかに高いところを目指しているかが、うかがえる。
さらに小島スカウトも、
「本人(高野)も今はアピールポイントがないと言いましたが、焦ることなく、一つ一つ体作りをやっていけば、その中で必ず(アピールポイントが)生まれてきます。彼は“ボールを投げるセンス”という教えられないもの(天性の素質)を持っています。強く、大きくなるために、時間を懸けて育ってほしい」と評価していた。
ボールを投げるセンス(天性の素質)。手足の長さや柔軟性を含めたピッチャーズスタイル。それは、大いなる可能性を秘めた未完の大器ということを指している。ドジャースが高野投手を獲得した理由がここにあった。
メジャーへ挑戦の決意
全国的にもメジャーリーグに挑戦したいという夢を持った高校生がかなりいるようだが、現実は「厳しいところにあえて行く必要はない」と踏みきることができない。渡米を決断できないというケースがみられるようだ。過去にも日南学園の寺原隼人(オリックス)や花巻東の菊池雄星(西武)などの獲得に乗り出したが、契約に至らなかったという。
プロ志望届を提出していた高野投手だが、実はドラフト会議前の9月下旬に、メジャーへの挑戦を決断していた。
「最初は迷いや不安もあったけれど、最高峰のアメリカで野球がしたいと決断しました」(高野投手)
同校野球部の森崎秀樹監督は「いきなりメジャーに挑戦するということで、正直少しビックリしましたが、勇気ある決断だと思います」と強い意志を持った教え子にエールを送る。
また小島スカウトもこう言っている。
「学校関係者、家族などの理解はもとより、(高野投手)本人の勇気ある決断を称えたい」それは、今後、日本の高校生がメジャーに挑戦するということに関しても、大きな一石を投じたことになった。
日本球界からメジャーリーグに挑戦をしたパイオニア的存在である“野茂英雄”が、最初にマイナー契約したのがドジャースということも何か縁を感じさせてくれるのではないか。
早ければ来年2月下旬に渡米し、3月から始まるキャンプに参加する予定。まずは、ルーキーリーグに所属し、「いろはの“い”から始める」(小島スカウト)という基本的なトレーニングや練習を中心に少しずつ実戦経験を重ねていくという。
小島スカウトは「彼は、非常に高い山を目指して決断してくれたので、時間はかかりますが、しっかりと体を作って、30才後半も40才過ぎても野球ができるようにドジャースのファームのシステムでしっかり土台を作って、羽ばたいていってほしい」と若き右腕に期待を寄せている。
ここで高野投手にちょっと質問を投げかけてみた。
「アメリカでの不安は?」の問いに、
「言葉に関する不安などもありますが、アメリカで野球ができるという期待の方が大きいです」
ちなみ、高野投手が「得意ではない」という英語については「英会話教室に通っています」と照れ笑いするが、森崎監督によると学校内でも英語の先生に積極的に話に行くなど意欲的だという。
「対戦したい選手は?」
「自分の夢なのですが、早くメジャーのマウンドへ上がってイチロー選手と対戦してみたいです」(高野投手)
そんな高野にさらに「目標とする選手は?」と尋ねると、
「特に目標としている選手はいませんが、将来、自分が目標とされる選手になりたい」と答えた。
「負けず嫌い」で、自分を持っており、さらに逆境にも立ち向かう気持ちも持っている高野投手。3年春以降、故障をするなど不調に陥った時期もあったが、自分が投げない時にはサポート役に徹するなどチームを支えてきた。その傍ら、逆境を乗り越えようと地道に努力を重ねてきた。それを間近で見ていた元主将の馬場勇斗ら野球部のチームメイトは会見事前に学校側にこう言った。「みんなで高野を胴上げさせてください」。会見後は、歓喜の胴上げとなり、本当に微笑ましいシーンであったが、それは同時に高野一哉の壮大なドラマのプロローグに過ぎない。
最後に「今まで支えてくださった方々に恩返しできるように精一杯頑張りたい」と高野投手は気を引き締め直した。
“見出しはサプライズでも、その裏には理由があった”
それは、大いなる可能性を秘めた未完の大器と、勇気ある決断に尽きる。
このチャンスを生かし、メジャーのマウンドで“TAKANO”が躍動する日が来ることを願って止まない。
文・インタビュー:PN アストロ