Column

「日本一、心をもった日誌」 都立小山台高校 (1) 野球ノートに書いた甲子園に掲載中!

2016.05.03


今回は、野球ノートに書いた甲子園6の発売を記念して、「野球ノートに書いた甲子園」第一弾に登場する“都立小山台”のお話を特別に公開します!

都立小山台は、これまでに、21世紀枠で選抜大会に初出場、さらには2018年から2年連続で東東京大会決勝進出を果たしています。「野球ノートに書いた甲子園6」でも、都立小山台が再び登場しますが、実は、シリーズ第一弾でも、都立小山台の野球日誌のお話が登場しました。強さの秘密がたっぷりと詰まった話題の一作を本日より3回連載でお届けします。

日本一練習が短いからこそノートを書く

都立小山台・福嶋正信監督

 選手が選手を育てる野球日誌が、東京小山台高校にある。
それは、監督の福嶋 正信も意図していたわけではない。

 福嶋監督といえば、過去に都立足立工業高校、都立葛飾野高校、都立江戸川高校と赴任した先々の野球部をすべて、ベスト16以上に導いてきた敏腕監督だ。

 軟式野球部しかなかった足立工業高校では、硬式野球部をゼロから作り、指導に携わった8年間で、夏の東東京大会ベスト16入り3回。江戸川高校では、2001年に東東京大会ベスト4にまで導いた。

 そんな福嶋監督が野球部の指導に、日誌を取り入れたのは、2校目に赴任した葛飾野高校からだ。
福嶋監督自身、中学生の頃からずっと日誌をつけてきた。
大学では、陸上部に所属したが、そこでも日誌を書き続けた。あるとき、スキー実習に日誌を持参したところ、知らない間に、クラスの仲間たちがカバンから日誌を見つけ出して、みんなで読んでしまったということがあった。個人でつけていた日誌のため、他人に読まれたら、思わず赤面するような記述もたくさんあった。
それから、日誌をつけることに気が引けるようになったと、福嶋監督は笑う。

 大学卒業後、高校の教員になって、しばらく日誌から遠ざかっていたが、葛飾野高校に就任した際に、もう一度、日誌を書くことの重要性を見直す。
「これまで都立ながらも、なんとか結果を残し、自分の中でやり方に満足している部分があったんです。でも、都立葛飾野高校に赴任してからは、いい選手が集まった年があっても、すぐに負けてしまうことも多かった。そのときに考え方を改めて、もう一度、きちんと野球を勉強してみようって考えたんです」

 勉強会に参加するなど、野球に関係するあらゆる知識を深めていくなかで、日誌をつけることがメンタルトレーニングにもなることを知った。

「都立校というのは、練習時間も短く、グラウンドも満足に使えないことが多いんです。どんな限られた環境であっても、日常生活のなかに野球があるということを意識してほしかった。一生懸命、練習や勉強をすることで集中力がつきますし、努力する力が養える。日誌を書くこともひとつの練習です。日誌を書くためには、自分と真剣に向き合い、自分と戦わなくてはいけませんから」

 福嶋監督がいう日誌とは、出来事を記す『日記』ではなく、心を書く『日誌』だ。そんなところにも、福嶋監督のこだわりがある。
「試合に勝ったという一言を書くのではなく、どうして勝ったのか。悪かったところ、良かったところ。そしてそのなかにどういう気持ちがあったのかを書いてほしい。要は日誌を書くことによって心を育てているのです」

 次の赴任先の江戸川高校でも野球日誌の取り組みは続き、2001年には東東京でついにベスト4という結果を収めた。2005年に現在の小山台高校野球班(小山台高校では部活のことを班と呼ぶ)の監督に就任してからは、江戸川高校の選手たちが書いた日誌を見せながら、その書き方を伝えていった。

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[page_break:日本一心をもった日誌に]

日本一心をもった日誌に

都立小山台の校庭。普段は半面のみの使用

 この小山台高校もまた、葛飾野高校や江戸川高校のように、練習環境は厳しかった。
午後5時には完全下校となってしまうため、15時20分から始まる練習時間はわずか90分だ。それは夏の大会前でも変わらない。また、60m×90mの校庭もラグビー部やサッカー部などと共有しているため、平日5日間のうちの2日は校庭を使うことができない。そのほかの曜日も、土日も含め、全面ではなく、半面だけの使用となる。そのスペースのなかで、3学年いる時は80名の大所帯が野球をしているのだ。

 それほどの条件下でも、小山台高校は2009年、2012年の夏に、東東京大会準々決勝までのぼりつめた。
なぜ、これほどまでに、夏に勝てるチームが出来上がるのだろうか。

なにも、全国のどの高校がいままで一度も取り入れたことがないような、上達速度がアップする夢のような特殊な練習をしているわけではない。
もちろん、限られた時間と場所のなかで、80名が効率的に練習できるよう、福嶋監督の工夫が散りばめられている。しかし高校野球において勝つためには、与えたことをやり切
るだけでは足りないのも事実だ。

 わずか90分間の練習であっても、または練習時間の多くが駐輪場の空きスペースであっても、そこに、部員たちの心がなければ、選手として上達することはできない。
また、加えて、16時50分に練習が終わり、17時には“完全下校”という状況では、部員同士のコミュニケーションをとる時間が全くないため、お互いに考えていることを共有したり、意見を伝えあったりする場がなければ、チームとしても成長していかない。

 その足りない部分を小山台高校は野球日誌で補った。
『日本一の良いチーム』になることをチーム目標に置く小山台高校では、日誌にもテーマがつけられた。

『日本一、心をもった日誌』

 福嶋監督がこれまでの赴任校で、部員たちが書いていた日誌とは、その存在意義が少し異なるところもある。
「17時に練習が終わって遊んだりしていては、ほかの長い時間練習している高校に申し訳ないでしょ。練習が終わったあとに、それぞれがどう行動するのか、日常生活をどのように送るのかが大切になってくるんです。そのために、野球日誌を書く時間を大切するように伝えていきました」

 毎日、部員たちが帰宅後に日誌と向き合う時間は1時間。1ページきっちりと書き上げる。
この1時間が、90分の練習時間にプラスされる。また、日誌は翌朝8時15分までの提出となるが、福嶋監督は1日4名ずつ返事を書くため、福嶋監督への提出がない日の部員は、チーム内の“日誌部”が割り振ったメンバーと“日誌交換”をして、お互いにコメントを書くシステムになっている。メンバー同士で日誌を読み、読んだコメントを相手の日誌に記載するのだが、それが1ページに及ぶことも少なくない。
日誌を通して、言葉を交わし合うことが選手間のコミュニケーションにも生きている。

 この日誌交換のペアというのは、日誌部が決めるのだが、学年関係なく組まれていく。そのため、普段は直接聞けない悩みを後輩は先輩に日誌を通じて聞くことができたり、先輩も直接は言いづらいことを後輩に伝えることができたりするのだ。

 例えば2013年夏の大会が終わったとき、3年生の引退式で班長を務めた大石 悠介はこんなことを話した。
「僕がまだ1年生だった秋の東京都大会の初戦で、0対10のコールドで負けました。そのとき、単に自分が負けてしまったという思いだけだったのですが、当時のキャプテンの方と日誌交換をすると、そこには、その先輩の悔しい思いが綴られていました。僕はそれを読んで、気づかされました。自分は、もっとチームのためにも頑張らなきゃいけないって。そのときの先輩の日誌がきっかけで、僕は変われました」

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[page_break:きっかけは、キャプテンからのコメント]

きっかけは、キャプテンからのコメント

小西宏典選手の2013年2月19日の日誌

 今度はその大石が日誌に書いたコメントで、「大事なことに気づけた」というメンバーがいる。この夏、エースナンバーを背負った2年生の伊藤 優輔だ。

「僕は、1年生のときからAチームで投げていて、同級生と一緒にいる時間が少なかったんです。そんなとき、日誌交換をしていた大石さんが、『同級生との関わりも忘れないように』というコメントを書いてくれました。確かにいままでは先輩たちと行動することが多かったけど、それを読んで、同級生とご飯を食べに行くようになったりと一緒に過ごすことが多くなりました。みんなとコミュニケーションを取ることの大切さに気づきました」

 この交換日誌の制度は、すでに小山台高校の伝統となって受け継がれてきているが、日誌部に就任したメンバーたちは、日々、小山台高校の野球日誌を『日本一、心をもった日誌』にするためにさまざまな工夫を凝らしている。
今年の夏まで、日誌部を務めた小西 宏典は、2013年2月19日の日誌に、こう書き込んでいる。

<日誌とは>
この日誌で自分の日誌は6冊目になる。他の2年生と比べるとペースが遅いかもしれないが、それでいい。自分のペースでつくられた日誌こそ自分の日誌なのだ。
さて、今日は日誌交換を朝やってみるという新しい方針をつくってみたのだが、なかなかうまくいったと思う。野球班の全員の日誌を読むのはなかなか機会がなく大変である。
それでも日誌部としてできるだけ多くの人と皆が日誌交換をしてもらいたいと思う。
そういえば、自分はこれまでどれくらい日誌交換をやったのだろうか。少し思い出してみよう。
(歴代の交換者の名前が記入されている)
見てのとおり、意外といろんな人と日誌交換をやっている(累計30回!)。しかし、2年生では32人中13人。1年生では21人中6人しかできていない。

 先輩方がつくり上げてきた伝統である日誌交換は自分達をもっと高いレベルへ導いてくれる。これからももっとやっていきたい!

 この文章から、小西の野球日誌に対する熱い思いが伝わってくるが、それは、チームを強くしたいという小西の情熱でもある。

 以前、福嶋監督はいい日誌についてこう語っていた。
「いい日誌というのは個人のことより、チームのことが多めに書かれています。どうしたらチームが一つになるかとか、どうやったら日本一のいいチームになるかとか。そうなるために自分はどうすればいいかということが自然と書かれている日誌が、『日本一、心をもった日誌』ですね」

 また、野球班顧問の田久保裕之先生はこんなことを教えてくれた。
「不思議なんですよ。いい野球日誌を書く選手って、3年生になると必ず活躍するんです。
秋や春はメンバーに入っていなくても、最後の夏が近づくといきなり打ち始める。なんででしょうかね、不思議ですよね」

(第2回に続く)

『野球ノートに書いた甲子園6』2019年8月9日発売!都立小山台の進化した野球日誌も掲載!】

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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