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女子マネージャーが歩んだ3年間

2011.08.05

女子マネージャーが歩んだ3年間 | 高校野球ドットコム

第8回 女子マネージャーが歩んだ3年間2011年08月05日

須合監督との出会い

 野球が好きだったわけではない。縁の下の力持ちとなって、誰かのために動くことが得意だったわけでもない。

 本当は学校帰りに友達と遊んだり、周りの子のように制服をかわいく着たり、もっと高校生活を楽しむはずだったのだ。

 ところが、彼女たちが想像していた野球部の女子マネージャー像は、すぐに一変した。岩槻商業高に入学した年、野球部の監督が代わった。

「僕がここに来た当初は、野球を教えるどころではなかったですね。まずグラウンドに行くと、土にカビが生えているんです。部員たちはユニフォームを着ていなくて、野球部なのにサッカーをやっている。岩槻商業は教師になって2校目の赴任校でしたが、まさにゼロからのスタートとなりましたね」監督・須合啓は、2年前の春をそう振り返る。

 過去5年間の夏の埼玉大会をさかのぼっても、岩槻商は全て初戦で敗退していた。当時の野球部はさほど練習もせず、当然ながらマネージャーも決まった仕事があるわけではなかった。この年、マネージャーとなった彼女たちも、本音を言えばそんな野球部だったからこそ入部を決めたのだ。 

「早く帰れるし、先輩からも楽だって聞いたから入部しました」
「サッカー部のマネージャーは大変そうだったので…」

 しかし、この春から就任した須合の指導方針によって、彼女たちの思い描いていた“高校生活”は大きく変わり始める。


日本一の気遣いマネに

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 岩槻商野球部の選手たちは、3学年合わせても20名に満たない年もあった。そのため、野球部が成長するためには、女子マネージャーの全面的なサポートが必要になってくると須合は感じていた。

 「理想は1人の選手に1マネージャー。そのほうが練習の効率も上がりますし、メンタ―(心の支え)にもなることができる」

 須合は、部員たち同様にマネージャーにも多くの役割を与え、彼女たちの成長を期待していた。
 マネージャーの仕事量は見る見る間に、増えていき、朝から夜遅くまでグラウンドを駆けまわり、選手たちの練習をサポートし続けた。

 まず平日の夕方であれば、16時から部員たちがアップを開始している間に、ライン引きや道具の準備。 練習が始まれば、マシンやノック時の球出しから、「うちのマネージャーの球上げは、日本一を狙えます!」(須合)というティーバッティング時の球出し。ケースノックでは、アウトカウントやランナーの位置を大きな声で伝えるのもマネージャーの仕事となった。

 その間に、練習後に選手たちが食べるご飯とスープを作る担当もいる。翌日の献立を考えたり、練習が終わった夜に買い出しに行くことが彼女たちの日常となった。
さらに手が空いたマネージャーは、グラウンドの脇に立ち、選手たちに喝を入れる。

 「ファースト、サード声出せよ!」「ファースト、声がないぞ!」

 キャプテンよりも監督よりも、厳しい声が飛んでくる。

 練習試合でも、彼女たちの一日は忙しい。部員が朝7時集合であれば、朝6時にマネージャー陣は集合する。試合前のグラウンドやベンチの掃除、道具の準備。相手チームに出す「手作り昼食」の準備。また、試合中は、公式戦でスタンドやベンチから的確な声掛けが出来るように、部員に協力してもらって、バックネット裏から球種も覚え、野球を学んだ。
 実際の公式戦では、「バッジ3番、カウント2―1からライトに飛んでるよ!」こんな情報を細かく伝えるのも彼女たちの仕事となったのだ。


もう、マネージャーを辞めたい

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 しかし、入部当初の彼女たちの言葉を振り返ると、前向きにマネージャー業に、すぐに取り組み始めたとは想像し難い。まして、他のチームのマネージャーの仕事以上のものを須合は求めてきた。

 今年3年生となった3名の女子マネージャーは、それぞれが、これまでに本気で退部を考えていた時期があったという。

「イメージしていたマネージャーの仕事と全然違ったので、最初はすごく戸惑いました。こんなことまで、やるんだってダルい時もあった。周りの友達のようにスカートも短くもできなし、夜も帰りは遅くなるし。もう嫌だって思ったことは何度もありました。

それで、一度『辞める』って周りに話したときに、先輩から止められたんです。『自分でやるって決めて入部したのに、それはおかしいだろ?お前はいつもそうやって逃げるのかよ』って」

 その一言が、金子美雪の心を動かした。

 「家族といるよりも、この頃はすでに部員といる時間の方が長くなっていた。嫌だなって思っていても、やりがいを感じた時もある。先輩の言葉を聞いて、最後まで続けようって、思うことが出来ました」

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平井愛美も一度、監督に退部の相談を持ちかけたことがあった。

「去年の冬、休みもなくてもう限界だって思ってました。それで先生に、『辞めたい』と言いに行ったら怒られたんです。その後、先生から『これを観ろ』ってDVDを手渡されました。それは、てんつくマン(NGO「MAKE THE HEAVEN」設立し、カンボジアで海外支援活動を行っている)という方の作品でした。私はそれを観て、頑張っている人の生き様を学びました。人のために頑張るということ。その心に感動して、もう一度、私もマネージャーの仕事を頑張ろうって決意して、復帰することができました」

 3人目のマネージャー、佐藤未奈恵もまた、須合と出会い大きく変わっていった一人である。

「もともと、野球部のマネージャーをやりたい!って強い気持ちで入ってきたわけではなかった。私が辞めようって思ったのは、1年生の冬でした。この日、グラウンドに来てくださったお客さんに、私は挨拶をせずに帰ってしまって、先生からすごく怒られたんです。その時に、もう辞めようって本気で考えました。そしたら、当時のキャプテンから『周りのことを考えてみろ。みんな、佐藤のことを育てようと思って言ってるんだぞ』って声を掛けてくれて、先生の“思い”に気付くことができました」

 その後、佐藤はすぐに須合のもとへ行き、謝った。しかし、3日間グラウンドにも入ることさえ許されなかったという。

 「まだ、『目がダメだ』って言われて、練習に参加させてもらえませんでした。だけど、ここまで、私にストレートに叱ってくれることがありがたくて、先生のもとで最後まで頑張ろうって思うことができました」。

 新チームになると、佐藤は「自分の考えとマッチした行動が出来る」と須合からチーフマネージャーに任命された。しかし佐藤はこれまで、誰かをサポートする仕事に、自分が向いているとは全く思ってもいなかった。


人と人との間に生きる

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 新チーム以降チーフマネージャーを務めた佐藤未奈恵は言う。

「高校に入るまでの私は、思いやりもない。心配りもできない。家の中でも、末っ子で甘やかされて育ってきたんです。だけど、野球と出会って人を支える精神を学びました。そして、先生の人脈の広さから、これまで色んな人に巡り合わせていただいたことで、野球以外でもより多くのことを学ぶことができました」

 須合は野球の練習時間を割いてでも、「部員たちに会わせたい!」と感じる人物がいれば、すぐに部員全員を引き連れてその人物のもとへ会いに行くような男だ。

 また、グラウンドに練習を見に来てくれた人がいれば、初めて足を運んだ人であっても練習後に、部員たちにアドバイスをもらう。それは、「岩槻商野球部に関わってくれた人と共に、成長していきたい」という須合の思いからだった。
 さらに、須合が読んで感動した本があれば、1人1冊ずつプレゼントをする。野球部だけでなくても、周囲にいる人々に対してもそうだ。その人に読んでほしい本があれば、須合は直接その人に本を贈ってきた。

「僕の特技は、人と人とのつながりを広げること。人の間に生きると書いて人間。だからこそ生徒たちには人の役に立つために、必要とされる人間になってほしいんです」

 3年生の女子マネージャーの一人が、振り返る。

「もし先生と出会う前の昔の自分が、先生の話しを聞いたら、『キレイごとだけ言ってるなんてバカじゃないの?』ってきっと思っていたと思うんです。大人を信じることなんてできなかった。だけど、先生と出会ってから、今の私は変わりました。先生の生き方はかっこいいと思うし、キラキラしている。そして、先生の周りにはそんな憧れることができる大人の人たちがたくさんいるんです」

 色んな大人の生き方や、熱い思い。その行動や本物の言葉と出会う機会をつくることで、須合は選手だけでなく、マネージャーたちの心も変えてきたのだ。

 須合が就任1年目の夏。野球部は久しぶりに初戦を突破した。少しずつではあるが、選手やマネージャーたちの心の成長とともに、岩槻商野球部は力を付け始めてきていた。

 そんな中、今年3月、東日本大震災が起こる。岩槻商野球部は、被災地から埼玉県内に避難してきた人々に対して、111個の手作りの枕をプレゼントした。
これは、部員たちが避難所で炊き出しのボランティアに行った際、避難者の人々から「今、欲しいもの」を聞いて回り、一番多かった意見をもとに立ち上げたプロジェクトだった。この取り組みに賛同した全国各地の人々や地元住民の方からも、枕を製作する材料や募金が多く集まったという。

「最初はすぐに枕を作れるわけがないと思っていたんですけど、私たちの想像以上に多くの方が協力してくれました。日本人の心ってあったかいなって、感じることが出来ました」(金子美雪)


他喜力を学んで

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 今年4月に行われた春季大会地区予選では、これまでのボランティア活動を通して、関わりあった人々から、岩槻商野球部は多くの声援を受けた。
初戦を11対1のコールドで突破。自分たちを応援してくれる人々の思いを力に変えた。2回戦では、立教新座に敗れたが、部員たちは、誰かを喜ばせようという思いで動くことが最大の力に変わるんだということを実感した。

 この夏は、岩槻商は初戦で寄居城北に3対4で惜敗した。1回裏に4点を取られ、その後、1点差まで追い上げるも最後は力及ばなかった。

「4点取られても選手たちは諦めなかった。ピンチの場面も、攻撃でも気迫を全面に出して戦えました」(須合)

 春の立教新座戦では、一度崩れたリズムを取り戻すことができないまま敗れたが、この夏は最後まで勝利への執念を彼らはみせた。この日、スタンドには被災地からも応援に駆け付けてくれた人もいた。例え、野球の技量が高くなくても、「誰かのために」という思いで挑んでいけば、チームや自分の心を強くすることはできるのだと、選手やマネージャーたちはこの岩槻商野球部で学んだ。

 試合中、ベンチではチーフマネージャーの佐藤未奈恵が立ち上がって、大きな声でメンバーたちを鼓舞し続けていた。

 「周りの人が喜んでくれることを自分たちから率先してやっていこうという『他喜力』を岩槻商野球部で学びました。今回、震災のボランティア活動をしたことで、それをより感じました。そして、今日もこれまで出会った被災地の人たちも応援に来てくれて嬉しかったですし、感謝したい気持ちでいっぱいです」

 スタンドでは、3年生マネージャーが中心となって、グラウンドにいる仲間に向かって声を掛け続けた。金子美雪は試合後、笑顔をみせた。

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「私たちは3年間、本当に充実していました。選手とぶつかったこともありましたけど、よく団結して、ここまでこれたと思います」

 平井愛美にとっても、この3年間は宝物となった。

「今までを振り返ってみて、私にとって岩槻商の野球部に入ることは運命だったのかもしれないと感じるほどでした。本当にいい人たちに恵まれて、素晴らしい3年間でした」

彼女たちは今、「野球が好きです」と胸を張る。3年前、目的もなく入部を決め、その辛さから逃げて野球部を辞めようとした頃の“私”の姿が今では歯がゆく感じる。

 マネージャーという役割に対して、自信のなかった彼女たちが、この夏、自分たちで掲げた目標『日本一の気遣いマネ』へと確かに成長を遂げた。「仲間が仲間を育てる」という信念を持った須合との出会いが、彼女たちをここまで変えていったことは事実だ。

(文=安田未由/予選大会取材協力=手束仁

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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