巨人の岡本 和真が特大弾を放った。2日のヤクルト戦。内角低めをすくい上げた打球が、京セラドーム大阪の左翼ポール際へ飛ぶ。振り切ったバットを持ったまま打球を見上げたスラッガーは、何かを確信したように一塁へ歩き出す。打球が5階席で弾んだことを見届けると、歩みを早めた。驚愕の一発に、打たれたヤクルト石川も啞然とするしかなかった。

 シーズン自己最多に並ぶ33号ソロ。プロ4年目の18年に「3割、30本、100打点」を達成した男は、それから4年連続して30本塁打以上をマークしている。そして、今年。自己最多をマークすることは、ほぼ間違いない。

 怪力だけでない、技術も兼ね備えた岡本の打撃を初めて見たのは甲子園だった。

 岡本が3年春のセンバツに出場した時だった。私が甲子園で取材していたとき、まるでバットが鞭のようにしなる打撃をする逸材だと感心した覚えがある。初戦の三重戦で1試合2発をマークしたが、1本目のバックスクリーンへ飛び込むアーチは、詰まったようにも見えて、バットのヘッドが恐ろしいスピードで振り抜けると、白球が一気にセンター方向へ飛び出した感じだった。

 京セラドームの特大弾で、あのバックスクリーン弾をあらためて思い出した。あの時の映像を今、振り返って見ても、はやりバットが鞭に思える。三重戦の2本目の左翼席への当たりも「詰まったように」引っ張っている。金属バットではあるが、まるで木製バットで打っているかのようだ。天性なのだろう。プロで大きく開花しているのに納得がいく。

 それでも岡本は智辯学園時代、チームとしては甲子園で3年春のセンバツで1勝しかできなかった。岡本卒業した後、16年にセンバツで悲願の優勝を果たしたが、その時に4番に座っていたのが、当時2年生の右の大砲、福元 悠真外野手(大商大4年)だった。初戦で本塁打を放って長打力の素質を全国に知らしめた。大学進学後も、打撃力を磨き、ドラフト候補生として名を挙げた。最終学年の今年、プロ志望届を提出した。

 今夏甲子園が終わり、2人の母校、智辯学園から1人の左のスラッガーも、プロ志望を口にした。主砲の前川 右京外野手(3年)。決勝で智辯和歌山に敗れ、準優勝に終わったが、大会では2試合連発を放つなど、存在感をアピールした。

 岡本の活躍は、智辯学園に脈々と受け継がれているスラッガーの伝統のようなものに、大きな刺激を与え続ける。「先輩のように活躍したい」。福元も前川も、そう思っているに違いない。10月のドラフト会議。智辯学園出身者の左右スラッガーが、岡本先輩に追いつけ追い越せとばかりに、プロへの世界へ飛び込むことだろう。

(記事:編集部)