あとは「神のみぞ知る」好勝負が生んだ劇的ドラマ
横浜・村田浩明監督
快音とともに舞い上がった打球の行方を確認した瞬間、胸が焼けるような思いをしたに違いない。
横浜の1年生、緒方 漣内野手が、0対2で迎えた9回に起死回生の逆転サヨナラ3ラン。漫画でもなさそうな劇的な展開で、横浜が広島新庄に勝利した。まさに最後の最後に「うっちゃり」で決着がついた。三塁側ベンチから飛び出して歓喜する横浜ナインと、グラウンドでうなだれる広島新庄ナイン。あまりにも対照的だった。
「胸が焼けるような思いをした」のは、一塁側、三塁側ベンチで、ともにマスクをしていた両チームの指揮官のことを指す。
横浜の村田 浩明監督と、広島新庄の宇多村 聡監督。ともに1986年度生まれの「同期生」だ。今夏の甲子園の初戦で対決が決まった時から、注目されていた。30代半ばの「青年監督」がどんな戦いを演じるのか、と見つめていたが、結末は「全力采配」の末のドラマだったとしか言いようがない。勝った方も負けた方も、勝負事の恐ろしさを痛感しただろう。
広島新庄・宇多村監督の采配は、9回表まで天を味方にしていた。3回までは完全に抑えられたが、5回無死一塁から盗塁。相手捕手は完全に読んでウエストしたが、チャンスと思って焦ったのか球が手につかず盗塁は成功する。その後二死となったが河野 優輝内野手が詰まりながらも中前に落として先制点を挙げた。
9回は打ち取られた打球だったが、一塁手から投手へのトスがうまくいかず、投手のグラブからボールがこぼれた(記録はエラー)。次打者のときにまたも盗塁に成功し、連打で1点を追加した。少ないチャンスをベンチワークで広げ、選手がしっかりものにした。
守っても万全だった。先発の花田 侑樹投手(3年)はピンチを迎えながら無失点を続ける。5回、6回と少し疲れが見えたと判断すると、7回先頭打者に初四球を与えたところで、迷いなく西井 拓大投手(3年)にスイッチ。8回まで無失点を続けた。9回にダメ押しの1点を加えた裏でも、先頭打者に安打を許したところで、3人目の秋山恭平投手(3年)に交代させた。
「石橋をたたいてわたる」継投で、横浜打線を抑える、はずだった。6回と8回にピンチの場面で伝令を送り出すと、ともにピンチを切り抜けていた。投手陣についてもベンチワークは「いい流れ」だったのだ。
横浜の村田監督は、対照的に追い詰められていたに違いない。チャンスはつくれど得点は奪えない。1点を追う6回無死一、二塁で4番立花 祥希捕手(3年)にバントのサインを出したがファウルなどで2ストライクとなると、強硬策に切り替えた。快音が響き、打球は中前へ抜けると思われたが、二塁手の攻守に阻まれ、まさかの併殺。ことごとくツイてなかった。
両軍監督ともに、やるべきことはやった。結果は紙一重の状態で広島新庄側がほんの少し勝っていただけで、9回裏二死一、三塁の場面を迎えていたのだと思う。
ともに自分の眼力と選手を信じる力を貫いた。2人はともに夏甲子園の初采配となる。そのメンバーに、ともに1年生を抜擢した。1年生ながら才能を見抜き、地方予選を通して起用。結果も残した1年生を信じ、甲子園でもスタメン起用した。
広島新庄の先制点をたたきだした河野は1年生。宇多村監督の狙いは当たった。
横浜・村田監督が、もう1点もやれない状態で9回のマウンドに送り出したのは背番号1の1年生、杉山 遙希投手だった。1点を失ったが、2点目を与えなかった。その粘りは9回裏の打席に立った同じ1年生の緒方に通じ、奇跡につながった。村田監督も、この1年生緒方が倒れれば夏が終わる場面でも代打を出さなかった。その決断の裏にある覚悟は計り知れない。
劇的な幕切れではあったが、ベンチワークの差はわずかだったと思う。だからこそ、劇的な幕切れが生まれる。選手を信じたベンチと、期待に応えようとする選手。ともに「全力采配」が呼んだストーリーだった。
あの打球がスタンドで弾んだシーンは、両チームの選手にとっても、青年監督にとっても、そして我々「観客」にとっても、忘れることができない1ショットになった。
(記事:浦田 由紀夫)