目次

[1]世界一の男の右腕を守りたい一心で始まった
[2]選手だからこそのユニークなアイディアが唯一無二のグラブの原型となった

 まるで自分の身体の一部のように使い、大切に手入れも行い、そしてともに厳しい練習も試合も乗り越える。まさに相棒とも呼べるような存在・グラブ。誰もが使う道具を岡山県の和気閑谷の球児が障害者専用グラブのデザインをしたことが話題となった。

 普段使っているグラブのデザインに携わった背景には何があったのか。そのバックグラウンドを知るべく、和気閑谷の部長である柴谷祐人先生をはじめとした方々にZoomでお話を聞かせてもらった。

世界一の男の右腕を守りたい一心で始まった


 和気閑谷は岡山県和気郡に学校を構え、創立350年という長い歴史を持つ日本最古の公立校としても有名である。そんな和気閑谷は、2019年の10月から地元の身体障害者野球チーム・岡山桃太郎へ支援の一環で交流を持ち始めた。

 「教員同士のつながりもあり、向こうの方からも『是非やりましょう』ということで始まりました。現在は新型コロナウイルスの影響で計画倒れになっていることもありますが、ここまで交流試合を2回、地元の野球教室を1回開催させてもらいました」

 こうした活動を通じて「想像以上に選手たちは配慮して行動をしてくれて、有意義な時間を過ごさせてもらっている」と普段の練習では気づくことのできない新たな発見が数多くあった。実際に交流に参加している選手たちはどのように感じているのか。グラブ作りにも携わった、濱本涼一、河野純大の2人にも話を聞いた。

 「最初は岡山桃太郎さんとの間に壁を感じていました。ですが、岡山桃太郎さんのスタッフの方の話を聞いているうちに壁が無くなり、今は世間話などですが積極的に話しかけられるようになりましたし、野球を楽しむことを再確認できました」(濱本)

 「障害者野球を知らなかったので、どうやって接すればいいのか不安はありました。ですがプレーを見て、少し違うだけで同じ野球をしていることに気づくことができました。そして常に全力でやることの楽しさを改めて学ぶことができました」(河野)

 そして、実際に和気閑谷の選手たちと対戦した早嶋健太さんは、「何かを伝えるというよりも、とにかく一生懸命やること」に集中して右腕を振っていた。こうした交流と同時に始まったことが冒頭で紹介をしたグラブ作りだった。

 その相手が早嶋だったのだ。早嶋さんはエースとして日本一を2度経験し、日本代表にも選出。世界一、さらにはMVPも獲得した経験を持っている。実際に交流試合をした時も、「凄いスピードボールを投げますし、スライダーの切れも凄い。そのボールにウチの選手も三振をしてしまいまして」と柴谷先生も当時を思い出し苦笑いを浮かべる。

 同じ投手として濱本、河野両選手も「ボールの質が凄い」と感じさせるピッチングをする早嶋さんだが、2019年に右ひじを手術している。その手術が終わってから交流試合を和気閑谷は行ったが、2度目の交流試合で柴谷先生も早嶋さんの深刻な状態に気づかされた。

 「2度目の交流試合の時にトレーナーがいたので筋膜リリースの施術をしたんです。そうすると、普通はピンクくらいに肌の色が変わるはずが、あざのような感じになってしまいまして。トレーナーも『こんな反応は初めてだ』と言っていたくらいですね」

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