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世界一の男のため。そして地域活性化のため。和気閑谷(岡山)が唯一無二のグラブに携わったワケ【前編】

2020.05.31

 まるで自分の身体の一部のように使い、大切に手入れも行い、そしてともに厳しい練習も試合も乗り越える。まさに相棒とも呼べるような存在・グラブ。誰もが使う道具を岡山県の和気閑谷の球児が障害者専用グラブのデザインをしたことが話題となった。

 普段使っているグラブのデザインに携わった背景には何があったのか。そのバックグラウンドを知るべく、和気閑谷の部長である柴谷祐人先生をはじめとした方々にZoomでお話を聞かせてもらった。

世界一の男の右腕を守りたい一心で始まった

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世界一を知る、早嶋健太さん ※写真提供=和気閑谷柴谷先生

 和気閑谷は岡山県和気郡に学校を構え、創立350年という長い歴史を持つ日本最古の公立校としても有名である。そんな和気閑谷は、2019年の10月から地元の身体障害者野球チーム・岡山桃太郎へ支援の一環で交流を持ち始めた。

 「教員同士のつながりもあり、向こうの方からも『是非やりましょう』ということで始まりました。現在は新型コロナウイルスの影響で計画倒れになっていることもありますが、ここまで交流試合を2回、地元の野球教室を1回開催させてもらいました」

 こうした活動を通じて「想像以上に選手たちは配慮して行動をしてくれて、有意義な時間を過ごさせてもらっている」と普段の練習では気づくことのできない新たな発見が数多くあった。実際に交流に参加している選手たちはどのように感じているのか。グラブ作りにも携わった、濱本涼一河野純大の2人にも話を聞いた。

 「最初は岡山桃太郎さんとの間に壁を感じていました。ですが、岡山桃太郎さんのスタッフの方の話を聞いているうちに壁が無くなり、今は世間話などですが積極的に話しかけられるようになりましたし、野球を楽しむことを再確認できました」(濱本)

 「障害者野球を知らなかったので、どうやって接すればいいのか不安はありました。ですがプレーを見て、少し違うだけで同じ野球をしていることに気づくことができました。そして常に全力でやることの楽しさを改めて学ぶことができました」(河野)

 そして、実際に和気閑谷の選手たちと対戦した早嶋健太さんは、「何かを伝えるというよりも、とにかく一生懸命やること」に集中して右腕を振っていた。こうした交流と同時に始まったことが冒頭で紹介をしたグラブ作りだった。

 その相手が早嶋だったのだ。早嶋さんはエースとして日本一を2度経験し、日本代表にも選出。世界一、さらにはMVPも獲得した経験を持っている。実際に交流試合をした時も、「凄いスピードボールを投げますし、スライダーの切れも凄い。そのボールにウチの選手も三振をしてしまいまして」と柴谷先生も当時を思い出し苦笑いを浮かべる。

 同じ投手として濱本、河野両選手も「ボールの質が凄い」と感じさせるピッチングをする早嶋さんだが、2019年に右ひじを手術している。その手術が終わってから交流試合を和気閑谷は行ったが、2度目の交流試合で柴谷先生も早嶋さんの深刻な状態に気づかされた。

 「2度目の交流試合の時にトレーナーがいたので筋膜リリースの施術をしたんです。そうすると、普通はピンクくらいに肌の色が変わるはずが、あざのような感じになってしまいまして。トレーナーも『こんな反応は初めてだ』と言っていたくらいですね」

[page_break:選手だからこそのユニークなアイディアが唯一無二のグラブの原型となった]

選手だからこそのユニークなアイディアが唯一無二のグラブの原型となった

世界一の男のため。そして地域活性化のため。和気閑谷(岡山)が唯一無二のグラブに携わったワケ【前編】 | 高校野球ドットコム
今回のグラブづくりに携わった河野純大と濱本涼一選手 ※写真提供=和気閑谷柴谷先生

 早嶋さんは、「負担とは付き合っていく覚悟を持っていましたが、改めて肘の状態を知ることができたのは勉強になった」とのことだが、原因を調べると投球フォームにあった。

 左腕に抱えているグラブが飛ばないようにするために、左腕をほとんど使わずに右腕に頼った投球フォームになっていたのだ。加えて日常生活からの酷使が肘へのダメージを与えていた。これを知った柴谷先生が「世界一にもなる早嶋さんの右腕をどうにかして守りたい」と思い、立ち上がったのだ。

 選手たちとミーティングを開き、どうすれば早嶋さんの右腕は守れるのか。どんなグラブがあれば、上手く左腕も使って投げられるようになるのか。早嶋さんが肘の痛みから解放され、純粋に野球を楽しめるようにするために必要なオンリーワンのグラブを作るために、選手1人1人にアイディアを出させた。

 「柴谷先生からプリントをもらって、そこに早嶋さんのグラブの写真がありまして、説明として早嶋さんがいつもウエブに引っ掛けて投げていることが書かれていました。それを見て、自由に考えて欲しいということで30分くらいの短い時間ですが、考えさせてもらいました」(濱本)

 選手1人が1つのアイディアを考えてプリントに書いていく。「僕らでは気づけない、『こんなものがあったら』という感覚」に近い、夢のようなアイディアがあったが、2学年で18人の和気閑谷全員のデザインを、柴谷先生は日ごろからお世話になっていたというグラブ職人の森川徹也さんと、早嶋さんにすべて提出した。

 提出した柴谷先生もどのような回答が来るのか、少し不安もありながら待ったが、森川さんから「難しいけど、面白い!」と意外な返答。普段からオーダーメイドでお客様の求める理想のグラブを作り続けてきた森川さんの職人魂に、高校生のアイディアが火をつけたのだ。

 一方で早嶋さんは「自分専用のグラブを作ってくれることは考えていなかったのですが、高校生の柔らかい発想には驚きました。考えたことがなかったので新鮮でしたし、実現したら左腕が使えそうで楽になるかな」と思い、選ばれたのが濱本と河野のアイディアだった。

 今回はここまで。次回はグラブが完成した時の様子に迫っていきます。お楽しみに!

(記事=田中 裕毅)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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