第970回 ヤクルト・村上兄が激白 「野球は大学4年春でやめるつもりでした」。友幸を思い留まらせた安藤監督の一言2019年11月22日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】
[1]準決勝でついに訪れた神宮のマウンド
[2]弟と比べられるのはしんどかった時期が。野球は辞めさせなかった安藤監督の一言

準決勝でついに訪れた神宮のマウンド



左:兄の友幸 右:弟の宗隆

 諦めなかったこそ訪れた神宮のマウンドだった。

 11月19日、明治神宮大会大学の部準決勝、関西大vs東海大の一戦。東海大の先発マウンドに登ったのは村上 友幸(4年・東海大星翔)だった。

 この秋に浮上し、横浜市長杯の決勝戦までチャンスを与えられ、神宮大会のベンチ入りをつかんだ。

 しかし思うような結果を残せなかった。初回に3点を取られてしまい、2回は無失点で抑えたものの、この回で降板となった。安藤強監督からチャンスを与えてもらった村上にとっては痛恨の思いだった。

 「安藤監督を胴上げしたい思いでマウンドに登りましたから。負けたくない試合でしたし、悔しかったです」
 うなだれる村上。この1試合は村上の4年間だけではなく、投手人生の集大成をかけた試合でもあった。

 東海大星翔時代から193センチの長身から最速148キロの速球を投げる速球派右腕として注目された。だからこそ自分の速球でアピールしてプロに行きたい思いがあった。
 「真っすぐに対するこだわりが非常に強くて、四球を出しても150キロ近い速球を投げれればいい。今、考えれば、自己中心的で、チームのことを考えていない投手でした」

 そんな村上の考えを変えた試合が最後の夏の多良木戦だった。先発した村上は1回を投げることができず、降板した。
 「スピードだけ狙っていて、自滅して夏を終わらせてしまったんです」

 そして東海大に入学して、チームを勝たせたい。切れの良いストレートをテンポよく投げて、野手のリズムを作る考えに変わっていった。
ただ、大学ではケガもあり、思うようなピッチングもできない。4年春までリーグ戦の登板がなく、シーズンを終えた。

【次のページ】 弟と比べられるのはしんどかった時期が。野球は辞めさせなかった安藤監督の一言

この記事についてTwitterでつぶやく この記事についてFacebbokに投稿する
【関連記事】
第971回 森、会沢に続く次世代「強打の捕手」は九鬼隆平に期待!【高校野球コラム】
第12回 村上宗隆並みに本塁打を積み重ねる韓国の怪童・カン・ベッコに注目だ【世界の高校野球】
第938回 3大大会の優勝校はすべて変わる混戦模様の熊本を制するのは?【大会展望・総括コラム】
第42回 「四国発」的、NPB一軍公式戦レポートから見えた野球の深みと野球観を養う場の必要性【四国発】
第197回 球界を席巻しつつある若手スターは1994年世代から始まった【後編】【ドラフト特集コラム】
大垣日大vs東海大星翔【第100回全国高等学校野球選手権記念大会】
東海大星翔vs菊池農【熊本県 2015年夏の大会 第97回選手権熊本大会】
多良木vs矢部・蘇陽【熊本県 2011年春の大会 第128回九州地区高校野球熊本大会】
秀岳館vs多良木【熊本県 2010年秋の大会 第127回九州地区高校野球熊本大会】
村上 宗隆(九州学院) 【選手名鑑】
村上 友幸(東海大星翔) 【選手名鑑】
多良木 【高校別データ】
東海大星翔 【高校別データ】

コメントを投稿する

プロフィール

河嶋宗一
副編集長 河嶋 宗一
  • 出身地:千葉県
  • ■ 現場第一主義。球児に届けたい情報とあれば日本だけでなく海外まで飛び回る。
  • ■ 副編集長、またドットコムのスカウト部長と呼ばれ、日本全国の隠れた名選手を探索。
  • ■ 幅広いアンテナと鋭い観察力でダイヤの原石を見つけだす。
  • ■ 編集部の理論派として、今日も球場に足を運ぶ。
コラムトップに戻る サイトトップに戻る

コラム