野球肘のリスクを理解しよう
こんにちは、アスレティックトレーナーの西村典子です。
いよいよ春のシーズンが間近に迫ってきました。皆さんはそれぞれの環境で制約のある中、部活動に取り組んできたことと思います。体力づくりから技術練習、実践練習と積み重ねていく中で、気をつけたいのが投球動作の繰り返しによる肘痛(いわゆる野球肘)です。野球肘と呼ばれる状態をなるべく避けるために、日頃からどのようなことに注意して取り組んでいけばいいのでしょうか。今回は「リスク回避」という点から考えてみましょう。
年齢(成長期)によるリスク
下肢の柔軟性を維持・向上させることは野球肘の予防につながる
体が大きくなる時期を成長期と言いますが、身長が急激に伸びる時期は男子で10~12歳頃、女子で9~11歳頃に多く見られます。ただし体の成長には個人差があり、高校生になっても身長が伸びる選手は少なくありません(大学生になってからも身長が伸びる選手もいます)。成長期の体は大人と違ってその時期にみられる特徴があり、その中には野球肘を起こしやすい要因となるものも含まれます。成長期の特徴として代表的なものを挙げます。
【骨が柔らかい(未発達)】
成長期の骨は大人に比べると未発達で柔らかいため、大きな外力によって骨折をしやすいと言えるでしょう。また硬いものが心臓付近に当たったり、大きな外力を受けたりした時に心臓震盪(しんとう)を起こしやすいのも、胸郭部分が成人に比べて柔らかく、衝撃が心臓に伝わりやすいためとも言われています。
【成長軟骨がある】
成長期の骨は、骨の中心部にあたる骨幹(こっかん)部と、骨の端にある骨端(こったん)部の間に骨端線(こったんせん:いわゆる成長線)が存在します。骨端部には成長軟骨があり、骨を長軸方向へ成長させるように働いています。成長段階の骨端部は力学的負荷に弱く、ケガをしやすい部分と言えるでしょう。
【筋肉がつねに牽引ストレスを受けている】
骨が急激に伸びる時期に比べると、筋肉が発達する時期はやや遅くなる傾向にあります。骨の成長スピードに筋肉が追いつかなくなると、骨に付着している筋肉は骨に引っ張られて牽引ストレスがかかるようになります。体が硬くなったように感じるのは、そもそも筋肉が伸ばされた状態であり、それ以上伸びないという物理的な制限によるものです。
肘痛は肘そのものにストレスがかかって痛くなってしまうものと、下肢の柔軟性不良などによって間接的に肘にストレスがかかるものとが考えられますが、成長期の体はそのどちらのリスクも持ち合わせた状態であるということを理解しておきましょう。
個人的な要因がもたらすリスク
ピッチ・スマートによる年齢別の推奨投球数と休養日数(参考ページより筆者作成)
成長期の体が持つリスクだけではなく、他にも野球肘につながるリスクは考えられます。その一つが姿勢不良とそこからもたらされる投球フォームです。最近はスマートフォン(以下スマホ)や小型のゲーム機を使用する機会が増え、その結果として首が前方に傾き、背中が丸まってしまう(骨盤が後傾してしまう)姿勢になっている選手も少なくありません。また体を正面から見て左右の肩の高さに違いが見られることもあります。ときどき体を横から、そして正面からチェックして、偏った体の使い方をしていないかを確認してみましょう。スマホのセルフタイマー機能で撮影することも手軽にできる方法の一つです。スマホのアプリでも簡単に姿勢をチェックできるものがありますので、そういったものを使ってみることも良いですね。
骨盤が後傾した姿勢(お尻が落ちた状態)で投球動作を繰り返すと、片足で体のバランスを維持することがむずかしく、体の開きが早くなって肘に過度なストレスをかけることも考えられます。投球フォームが崩れる原因には姿勢が少なからず関係しますので、まずは骨盤がニュートラルな位置で安定した姿勢を保つように心がけましょう。
投球数と投球制限
コントロールできるリスクとして練習量と練習強度が挙げられます。日本高校野球連盟は2020年~2022年までの3年間の試行期間として、主な公式戦(都道府県大会、地区大会、全国大会等)に投手の投球制限を取り入れています(1人の投手が投球できる総数は500球以内/週)。これは日本臨床スポーツ医学会が1995年に提唱した「青少年の野球障害に対する提言」に基づいたものであり、ここでは高校生の投球数を全力投球で100球/日、500球/週以内に抑えることを提言しています※1。
また2014年にはアメリカ大リーグ(MLB)と米国野球連盟にて18歳以下のアマチュア投手を対象とした投球障害予防のためのガイドライン「ピッチ・スマート」を提示しています(現在は19~22歳の大学生カテゴリーもある)。日本は小学校・中学校・高校に分けて投球数を提示していますが、アメリカのものはより細かく2歳ごとに年齢を区切り、1日の投球数と投球数によって必要な休養日数を定めています。
今のところ、投球数と投球障害との強い相関関係を示すエビデンス(科学的根拠)は明確に提示されていませんが、投球数をコントロールすることで障害の発生率は減少するという報告もあり、今後の研究が待たれるところです。また投球の技術向上には「投げること」だけではなく、そのパフォーマンスを支える体力レベルの向上などもあわせて行うことが大切であり、一人の選手に過度な体力的負担をかけないようチーム編成(複数投手の育成など)を考慮することも、野球肘のリスクを減らす一因となることを覚えておきましょう。
※1)青少年の野球障害に対する提言(日本臨床スポーツ医学会)
※2)Pitch Smart | Guidelines | MLB.com (英語)
【野球肘のリスクを理解しよう】
●成長期は骨が未発達で柔らかく、成長軟骨などを傷めやすい特徴がある
●骨の成長スピードに比べると筋肉はやや遅れて成長するため、筋肉は牽引ストレスを受けやすい
●体の硬さは骨と筋肉の成長スピードにズレがあるために起こる
●姿勢不良(骨盤の後傾)は投球フォームの崩れを招きやすい
●投球フォームが崩れていると肩や肘への負担が大きくなりやすい
●投球制限に強いエビデンスはないものの、その範囲内で調整することは投球障害のリスク低減が期待できる
(文=西村 典子)