第1回 ピンチはチャンス 智弁和歌山vs興南 第82回センバツ2010年05月08日
無死満塁――。
攻撃側にとってはビッグイニングが期待できる大チャンス。守備側にとっては大ピンチ。攻撃側のファンは大量点を期待し、守備側のファンにとっては最低でも1点を覚悟する。見ている誰もが「点は入るだろう」と予想する状況だ。
ところが、これが意外と点が入らない。『甲子園戦法 セオリーのウソとホント』(朝日新聞社)によれば、もっとも点が入るのは無死三塁(81,4%)、次いで無死一、三塁(77,3%)で、無死満塁(76,0%)は三番目にすぎない。アウトはゼロ、走者は3人。それなのに、なぜ点が入りにくいのか。無死満塁では、たいていの監督は一人目の打者にはヒィッティングを指示する。そこで安打が出れば大量点が見えてくるが、アウトになると1死満塁となるため、併殺が怖くなる。だからといってスクイズを敢行したくとも、フォースプレーのために失敗しやすい。「では、どうすれば……」と息づまってしまうのだ。
無死満塁でゼロに終わると、攻撃側にはダメージが大きい。流れは守備側に傾く。逆にいえば、守備側はピンチだが、流れを引き寄せる大チャンスともいえる。無死満塁で監督はどんな采配をふるうのか。はたまた、プレーしている選手の心境は。実際の試合から、それぞれの無死満塁を検証してみたい。
智弁和歌山vs興南 第82回センバツ2回戦

(写真:佐藤 純一)
「最悪です。間に合うと思って投げたんですけど……。自分が悪かった」(藤井)
ただのピンチではない。ミスが絡んでのピンチ。ここはタイムを取ってひと呼吸入れたいところだ。だが、智弁和歌山ナインはタイムを取らなかった
さらに、捕手・道端俊輔が選択した守備位置は「1点もやらない」という前進守備。ヒットゾーンは広がり、走者に大きなリードを許すことになる。単打で2点というリスクのある守備隊形だった。
自らのミス。1点もやらないという守備位置。藤井は初戦のような投球ができない。5番・銘苅圭介に対し、1球もストライクが入らずストレートの四球で同点。ようやく伝令が来たタイムでは「まだ同点や」と励まされたが、続く山川大輔には、1ボール2ストライクと追い込みながら、センターへ犠牲フライを許した。打たれたのは初戦で面白いように落ちたフォークボール。「硬くなっていました。自分の弱さが出てしまいました」(藤井)と言うように、焦りからか腕が振れず、本来の落差がなかった。さらに7番の伊禮伸也には1ストライクからスクイズを決められ3失点。主導権を完全に興南に渡してしまった。
流れを失った智弁は6回以降、2併殺と攻撃でもペースをつかめず。8回にも致命的な3点を許し、2対7で敗れた。
「バスターエンドランもスクイズも意識していれば防げました。考える余裕がなかった」
道端はそう言って悔やんだが、それよりももっと悔いを残した点が2つある。
ひとつは、タイムを取らなかったこと。実は、これには理由がある。先発の吉元が不安定で毎回走者を許す苦しい投球。このため、道端は初回だけで2度もタイムを取りマウンドに行っている。2、4回にもタイムを取ってマウンドに行ったが、その際に球審の橘からこんなことを言われた。
「タイムは両チーム公平にあるんだから、あんまりタイムを取りすぎるな」

高校野球では、ベンチからの伝令は9イニングで3度までと定められている。だが、捕手や内野手などがタイムを取り、1人でマウンドに行く回数に制限はない。はっきりいって、球審がそんなことを言う権利はない。ただ単に、タイムによって試合時間が長引くことを避けたかっただけだろう。
それでも、高校生にとって審判の言葉は重い。もっともタイムを取りたいとき、取るべきときに、道端はタイムを要求することをためらってしまった。
「そこで(気持ち的に)引いてしまった僕が悪いんです……」
もうひとつは、前進守備を選択したこと。5回まで2得点ながら、智弁打線は好投手・島袋 洋奨から6安打。2番・岩佐戸龍、6番・宮川祐輝が二塁打を放つなど、島袋に力負けしていなかった。1点リード、強打が自慢の自チームのカラーを考えれば、同点OK、最悪でも1点差程度にとどめるため、併殺狙いの中間守備でよかった。後半勝負に持ち込めば、どう転ぶかわからない試合展開だったからだ。
「前進守備は僕の指示です。『1点もやったらアカン』と思ってしまった。何ででしょうね……。相手が島袋さんだったし、守りに入ってしまったのかもしれません」
そう話す道端は、昨秋の近畿大会でも同じ失敗をしている。立命館宇治との準々決勝。3対2とリードして迎えた7回裏のピンチで前進守備を選択。「1点を守りにいって5点取られたんです」。苦い経験を生かすはずが、そのときと同じ心境になってしまっていた。
無死満塁に加え、ミスが絡んだこと、バスターエンドランを読みきれなかった悔いがあったこと、相手が大会屈指の左腕・島袋だったこと……。さまざまな要素が重なり合って、道端は冷静さを失い、周りが見えなくなっていた。
「僕のミスで乗り切れなかった。それがみんなにうつっていましたね……」(道端)
無死満塁――。
切羽詰った状況が視野を狭くし、思考回路を制限する。1点リードしているのに、リードされているかのような余裕のなさ。これを演出するのが無死満塁という響きなのだ。
大ピンチだからこそ間を取り、冷静さを取り戻す時間が必要。現在の状況を確認、把握し、次にするべきプレーをイメージすることが必要。大量失点の怖れがある反面、守れば流れを呼ぶことができる。いかに「ピンチはチャンス」と考えられるか。
結果的に優勝したのは興南。智弁和歌山バッテリーには、悔やんでも悔やみきれない無死満塁になった。


- 田尻 賢誉
- 生年月日:1975年12月31日
- 出身地:神戸市
- ■ 埼玉県立熊谷高校→学習院大学。ラジオ局勤務後、スポーツライターに
- ■ 著書
木内語録 子供の力はこうして伸ばす(二見書房)
大旗は海峡を越えた 駒大苫小牧野球部の軌跡(日刊スポーツ出版社)
甲子園球児になるための9つの方法(集英社)
あきらめない限り、夢は続く 愛工大名電・柴田章吾の挑戦(講談社)
公立魂 高校野球の心を求めて 鷲宮高校野球部の挑戦(日刊スポーツ出版社)
沖縄力 高校野球の心を求めて(日刊スポーツ出版社)
高校野球 弱者の戦法~強豪校に勝つために(日刊スポーツ出版社) NEW - ■ 『高校野球ドットコム』で観戦コラムを配信。甲子園大会中はスポーツサイト『スポーツナビ』に“タジケンの甲子園リポート”を06年夏より連載中。
- ■ メディア出演
【テレビ】
テレビ朝日『スーパーJチャンネル』
テレビ北海道『駒大苫小牧 勝利への遺伝子』
【ラジオ】
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ニッポン放送『ショウアップナイターネクスト』
ニッポン放送『早大×東大』(斎藤佑樹デビュー戦中継)
山梨放送『甲子園への鼓動』他 - ■ 北海道・虻田、埼玉・栄東、群馬・渋川にてコーチを経験。文章を通してだけではなく、実際に高校生へ「野球の技術以外に大切なもの」「野球を通じて何を学ぶか」を伝えている。
※グランド訪問、コーチ依頼は随時受付中! - ■ 講演依頼はこちら
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