第19回 第92回大会総評  2010年08月28日

【お断り】

8月22日、当サイトの特設コーナー『検証甲子園』にて公開した田尻賢誉氏のコラムに、一部誤解を招く表現がありました。編集部では、田尻氏了承のもと、一時原稿の公開を見合わせることにしたうえで、より田尻氏の意図が伝わるよう、再度原稿を依頼しました。今回、改めて第92回全国高等学校野球選手権についての「総評」として掲載させて頂きます。

第92回大会総評

甲子園球場

 なぜ、走らないのだろう。
なぜ、勝手に決めつけてしまうのだろう。
今大会は、しばしばそういう場面を目にした。安打性の当たりを打ち、安打と決めつけて一塁ベースまで膨らんで走ったためにファインプレーをされてアウトになった選手、内野フライを打ち上げ、アウトと決めつけて走ったために落球しても一塁止まりに終わった選手……。どのケースも、一人ではなかった。
 そして、最も目立ったのが、一塁への全力疾走をしない選手が多かったことだ。一塁ベースまで到達せずベンチに帰ってしまう“不走”が13人。通常4秒5程度で到達する一塁ベースまで6秒以上もかかる選手が3人。5秒台を挙げれば、40人以上にものぼる。今春のセンバツでは、不走は3人だったから、かなり増えたことになる。

 高校野球には失策がつきものだ。何でもない打球を捕球し損なったり、悪送球したりする。事実、今大会の無失策試合(両チーム無失策の試合)は48試合中4試合しかなかった。負の連鎖に陥り、鳴門能代商のように、1試合に6失策以上するチームもあった。それなのに、なぜ走らないのか。全力で走れば、相手の野手も焦ったり、慌てたりする可能性が出てくる。ゆっくりと走っていれば、悠々と処理されてしまうし、失策があった場合、本来ならもうひとつ先の塁に進めるのに、それもできなくなってしまう。全力で走ることの意味は大きい。

 センバツでは不走は3人で4回あったが、そのうち一人で2度記録したのが、興南の四番・眞榮平 大輝だった。眞榮平とはセンバツ後にそのことについて話をした。大会前に沖縄在住の高校野球関係者からも「言われたことを気にかけている」と聞いていたため、夏はしっかり走ってくれると期待していた。ところが、鳴門との1回戦の第1打席でショートゴロに倒れると、またも不走。それも、スリーフィートラインの始まりの位置までしか走らず、ベンチに戻ったのだ。これには、がっかりした。

 試合後、眞榮平になぜ走らなかったのかを聞くと、こんな答えだった。
「理由はありません。完全にアウトだと思ったので……」
 四番として、満足のいかない打撃で悔しかったのは理解できる。だが、走らなかったのはいただけない。眞榮平には、センバツ優勝校の四番としての立場がある。沖縄の小中学生のあこがれの存在なのだ。しかも、この試合では、エースの島袋 洋奨は内野ゴロ3本を全て4秒51以内で走っている。もっとも体力を使う投手が走っていて、ファーストの眞榮平が走らないのでは島袋に対しても申し訳ないだろう。その旨を眞榮平に伝えると、こう返してくれた。
「自分もそう思います。ありがとうございます」
 この試合以降、眞榮平はしっかり走った。4秒71というのが一度あったが、あとは全て4秒60以内。決して足が速くない眞榮平としては十分な数字だった。この大会、眞榮平は不調に苦しんだ。準決勝の報徳学園戦では2併殺打を記録するなど、大会を通じてレギュラーでワーストの25打数5安打の打率2割。だが、報徳学園戦の7回に勝ち越しの適時打。決勝の東海大相模戦でも7点を奪った4回にフェンス直撃の三塁打。最後にいい場面で打てたのは、どんなに打てなくても全力疾走を怠らなかったことに対する、野球の神様からのプレゼントのように思えた。



関東一ナイン

 もうひとつ、全力疾走で印象に残った試合がある。
それは、関東一早稲田実業の試合。この試合で、早稲田実業は2人が不走を記録した。それ以外にも3番の安田 権守が5秒台を二度記録。あまりにもゆっくり走るので、故障しているのかと思ったが、8回の併殺崩れのセカンドゴロの際のタイムは4秒25とむしろ好タイム。故障ではなかった。
 一方、関東一は9人中バッテリー以外の7人が胸の「関東一」のマークが見えなくなるほどユニホームを泥だらけにして走っていた。8番の斉藤豊はヘッドスライディングの際にユニホームの首の部分が破れてしまったほど。それだけ「セーフになりたい」という気持ちがプレーから溢れていた。7番の小山晃平は言う。
「塁に出てかき回すのがウチのチームのモットー。言わなくてもみんなああいうプレーをします。持ち味が“泥臭く”なんで」

“下町の暴れん坊”といわれる関東一とスマートさが売り物の早稲田実業ではプレースタイルが違うのは事実。だが、ヘッドスライディングをしてでもセーフになろうとする関東一ナインと、凡打した時点であきらめる早稲田実業ナインとでは、確実に気持ちの面で差があった。それが10対6というスコアになった気がする。
全力疾走をしなかったことについて「特に理由はないです」と言った安田に、関東一の印象を問うとこう答えた。
「最後まで粘り強かった。精神面でも学ぶべきところはあると思います」

 全力疾走をしたからといって勝てるわけではない。だが、全力疾走をすることは、確実にチームの力になる。その意味で、全力疾走の力を見せつけてくれたのが香田誉士史監督が率いていた当時の駒大苫小牧だった。香田監督は安打や凡打はもちろん、攻守交替や練習中のグランド内でも全力疾走を徹底させていた。
「(監督に就任した当時は)強くないんだから、『すぐできることはすぐやれ』とよく言ってました。ヒットを打てとか、きちっと投げろというのは100パーセントできるものじゃないですけど、全力疾走や元気を出すというのは、すぐに、絶対100パーセントできることですから。チームの一員として、100回やったら100回同じことができなきゃダメ。やらなきゃ交代だと言っていました」
 練習試合では、内野フライ、外野フライにかかわらず、どんなフライでも二塁まで全力疾走して滑り込むことを義務づけた。
「平凡なフライでも、一万回に一回落ちるかもしれない。そのために走るんです。どんな打球でも全力疾走する。そのクセをつけるためでもあります。もちろん、フライで全力疾走を怠ったら即交代。少しでも『あぁ、アウトだ』という態度が見えたら交代ですね。これは、チームの徹底事項。抜くということはチームプレーに徹せられないということですから、そういう選手には『個人競技をやれ』と言っていました」
 全国優勝してからもこの姿勢は変わらなかった。だからこそ、駒大苫小牧は3年連続甲子園で決勝進出というとてつもない偉業をなしえたのだ。最後まであきらめない、常に全力で取り組む姿勢の第一歩が全力疾走なのだ。

 全力疾走の意味はもうひとつある。試合に出ている選手は、チームを代表してグランドに立っている。甲子園出場校は、都道府県を代表して甲子園の土を踏んでいる。代表としての責任があるのだ。昨年、投手ながら最後まで全力疾走を続けた菊池雄星(花巻東―西武)は常々こう言っていた。
「100人部員がいる中で、18人しかベンチに入れません。全力疾走すらできない、(グランドで)声を出すことすらできない選手がたくさんいます。そう考えると、できる権利があるのに放棄する選手は納得がいかない。走ることすらできない選手に申し訳ないです」
 全国の高校球児で、甲子園の土を踏めるのはたった882人。だからこそ、全力で駆け抜けてもらいたい。

 全力でやるからこそ何かが起きる。観客を感動させることもできる。その意味で、今大会、印象に残った3人の選手を紹介したい。
一人目は聖光学院の背番号17・中村将太。履正社戦の6回1死一塁、伝令がマウンドに行くと、中村はブルペンへと走った。投球練習をしていた芳賀 智哉に何事か伝えに行ったのかと思いきや、そうではなかった。
「あのときは浜風が強く吹いていたのに、ライトが定位置にいたんです。風で前に落とされるのが嫌だった。ベンチから叫んでいたんですけど、聞こえなかったので近くまで行って伝えました」
 ベンチから飛び出したのは自分の判断。それも理由があってのことだった。
「甲子園は(ベンチから出ると)注意されるじゃないですか。だから、ブルペンに行く感じにしたんです」
 大きな声、ジェスチャーでも指示が伝わらない。かといってベンチから出るわけにもいかない。考えた結果の行動だった。4年連続出場の常連校らしい好判断。中村の指示の後、ライトに打球は飛ばなかったが、素晴らしい気づき力だった。

 二人目は天理のライト・井上昇亮。チームとしてはカバーリングの意識が低い天理だが、井上だけはバックアップをくりかえしていた。レフト前安打でレフトが二塁に返球する際にも、レフトとセカンドの延長戦上に入る。ファーストのすぐ後ろまで来ていたこともあった。
「2年生の秋にレフトを守っていたとき、ライト前ヒットの後のセカンドへの返球がそれたことがあったんです。そのときはカバーに行っていなくて、バッターランナーを二塁まで行かせてしまった。それ以来、どんな打球でも進ませないためにやっています」
 センバツでは背番号16だった井上。背番号9で戻ってきた甲子園で1打数1安打1四球2犠打の活躍ができたのは、こういう小さなことを積み重ねてきたからに他ならない。「試合に出させていただくことがありがたいんです。だから、たとえ打てなくても、ミスをしてもひたむきにやっていこうと思っていました」
 奈良大会ではライトの守備位置に落ちている枯葉などを拾っていたという井上。他人がやらないから自分もやらなくていいということはない。周りに流されず、やるべきことをしっかりやることが大事。野球の神様は、どんな小さなことでも見ていてくれている。

 そして、三人目は関東一宮下 明大。3回戦の早稲田実業戦のこと。8回無死一塁で捕手へのファールフライに終わるが、アウトになり、ベンチに戻る前に捕手のマスクを拾い、そっと手渡したのだ。打席途中にはしばしば見かける光景だが、アウトになった後に拾うのは珍しい。しかも、この日の宮下は死球が2つ。内角をたびたび要求する捕手に怒りを覚えてもおかしくない状況だった。
「いがみ合ってもしかたがないじゃないですか。相手だからって、冷たい態度をとることはないです。死球で怒り? 全然ないです」
 四番に座り、1、2回戦で2試合連続本塁打を放った宮下。打力はもちろん、態度や行動も主砲にふさわしいものだった。

 ちょっとした行動、ちょっとした気遣いが見えるだけでも心が動かされるのが人間。それがスタンドからわかれば、見ていて幸せな気持ちになれる。野球だけうまければいいのではない。野球がうまくて、人としても気づける人間――。そんな球児が増えれば、必ず野球のプレーや内容も変わってくるはず。小さなことの積み重ねが、大きなプレーを生む。来年は、一人でも多くの“気づける”高校球児に出会えることを期待しています。