コロナに東京五輪。2021年は、今後も語り継がれる特別な年になった。そんな2021年の東京の高校野球を3大ニュースで振り返る。

夏の大会の抽選会の後に春季大会の決勝戦


 残念ながら、今年もコロナの影響をもろに受けた。新年早々に緊急事態宣言が発出されたのをはじめ、この1年の大半の期間は、何らかの制限が出されていた。

 春季大会の1次予選は、会場の準備もしていたが、緊急事態宣言の延長により昨年に続き中止になり、都大会は、秋季都大会に出場した64校のみで行われた。

 さらに春季都大会の決勝戦の日から再度緊急事態宣言が発出されたために、決勝戦は延期。準決勝に勝利した関東一日大三が、関東大会に出場した。関東大会の後、行われる予定であった都大会の決勝は、今度は日大三に感染者が出て再度延期。結局決勝戦が行われたのは、夏の大会の組み合わせ抽選会の2日後の6月21日という、異例づくめの展開になった。

 春先や夏場の練習が思うようにできず、練習試合を行おうとしても、自分のチームや相手チームに感染者や濃厚接触者が出て中止になることも多かったという。練習や実戦経験の不足から、走塁や打球判断のミスも例年以上に目立ち、悔しい思いをした球児も多かった。ただそういう状況でも、各大会は行われ、歴史を引き継いでいった意味は大きい。

史上初 東京ドームで準決勝・決勝



本田(東海大菅生)、秋山(二松学舎大附)

 夏の東西東京大会の準々決勝以降は神宮球場で行うことになっているが、今年は東京五輪と時期が重なったため、ほとんど使用できなかった。準々決勝は各球場で分散開催するにしても、準決勝、決勝は相応のキャパが必要だ。その条件を満たすのは東京ドームしかなく、東京都高校野球連盟はかなり前から準備を進めており、東京五輪の1年延期を経て実現に至った。

 ただ緊急事態宣言が発出中で、東京五輪も無観客で行われており、観客の上限は5000人に制限された。それでも用意したチケットは完売で、球場には熱気があった。

 東京ドームで高校野球が行われるのは史上初。記念すべき最初の試合は、國學院久我山日大三に4対3で競り勝つという、好ゲームになった。ドームの白い天井に野手が戸惑う場面もあったが、二松学舎大附秋山 正雲投手や関東一市川 祐投手の力投も、涼しいドーム球場が引き出した可能性は十分ある。

 選手も観客も快適な環境で野球を楽しめたのは確かだ。選手の健康を考えれば、これからもドーム球場での開催を望む声が出るのは当然だ。しかし東京ドームは経費がかかり過ぎるため、今回が最後になるだろう。入場料が4000円、3500円、3000円、2000円であったのは、地方大会としては高価であるが、支出を考えれば仕方ない。

 まさに特別な夏の特別な試合であり、点差に関係なく、それに相応しい内容のある試合だった。ただせっかくの東京ドームでの試合。もっと多くの観客を入れて試合をすることができなかったのは残念であった。

帝京・前田監督の勇退



帝京の前田 三夫監督

 8月29日、帝京の前田 三夫監督勇退のニュースが、驚きを持って瞬く間に広がった。前田監督には、春1回、夏2回と3度の全国優勝。甲子園通算51勝という数字だけでは表すことができない、特別な存在感があった。指導者生活50年。日大三の小倉 全由監督も、早稲田実業の和泉 実監督も、現役の高校球児の時に既に監督であり、東京の強豪校の指導者で、前田監督の影響を受けていない人はいないだろう。

 高校野球を巡る状況も、高校生気質も変わっていく中で、半世紀にわたり高いレベルで競い続けることは、並大抵のことでない。確かにここ10年は甲子園から遠ざかっている。それでも、今年ホールドのプロ野球新記録を樹立し、ヤクルトの優勝に貢献した清水 昇投手など、多くの逸材を輩出しており、その情熱は変わらない。

 前田監督勇退の一方で、若い指導者も育っている。この秋、決勝戦の9回二死からの逆転で劇的な優勝を成し遂げた國學院久我山の尾崎 直輝監督は31歳。2年前の夏、東京では平成生まれの監督として初めて甲子園に行った尾崎監督は、来年、平成生まれの監督として初めてセンバツに出場するのが確実になった。

 秋季都大会のベスト4は、30代の國學院久我山・尾崎監督、40代の関東一・米澤 貴光監督、50代の二松学舎大附・市原 勝人監督、60代の日大三・小倉監督と、各世代の監督が揃った。これからも、各世代の監督が競い合い、影響し合って東京の高校野球のレベルを高めてほしい。

(記事:大島 裕史)