厳戒態勢の中でもグラウンドでは変わらぬ真剣勝負の世界


 コロナ禍による試練の年。
 当たり前に野球があるありがたさを実感。

 毎年、年末になるとこの1年を振り返って総括するのが年中行事である。3月に春の県大会の開幕で「球春到来」を感じてから、晩秋に1年生大会が終わるまで、駆け足で過ぎていった出来事を丹念に振り返ると、その年ならではの特徴が見えてきて、新しい年に向けての「指標」が見つかる。

 しかし、今年は振り返るのが憚られるほど、「コロナ禍」で想定外、予想外のことが続いた。センバツ、春の県大会、NHK旗、夏の選手権予選、選手権…3月から6月までの間に、あらゆる大会がことごとく中止となった。

 どこが勝ったか、負けたか、どんな選手が活躍したのか…当たり前に一喜一憂していた出来事がことごとく「無」のままで日々が過ぎていく。高校生、特に3年生にとっては誰もが経験したことのない、先の見えない不安を抱えながら日々を過ごしたことだろう。

 6月、甲子園のない夏の代替大会として鹿児島県高野連の主催する「2020鹿児島県夏季高校野球大会」の開催が発表された。

 県の監督会や3年生部員のアンケートでは「甲子園がないのなら鴨池で最後の夏を締めくくりたい」と通常通り平和リース、鴨池市民球場を使用しての県大会開催を望む声が多かった。

 だが離島を抱え、移動や長期滞在による感染症リスクや練習不足、準備不足による熱中症などを考えると高野連としては通常通りの方式の県大会開催は断念せざるを得なかった。6月下旬から7月にかけて、県下7地区ごとに予選、7月に予選を勝ち抜いた16チームによる決勝トーナメントという2段階方式での開催が決まった。鴨池で試合ができないことを残念がる声もあったが、3年生にとって真剣勝負での締めくくりの舞台を作ってもらったことに対して「感謝したい」と大会期間中の取材で多くの選手たちが話していたのが印象に残った。

 「応援してくれる同級生や学校の先生方のためにも半端な野球はできない!」と鶴丸の前田秀太朗は話していた。野球以外の運動部活動生にとっての集大成である高校総体も中止となった。集大成としての真剣勝負ができないまま部活動を引退する同級生も多かった。甲子園はなくとも野球は真剣勝負の舞台があることに感謝し、真剣勝負ができなかった自分たちの分まで頑張って欲しいという同級生の想いも背負って大会に臨む3年生が多かった。

 球場に入る際は検温と手の消毒、マスクの着用。観客席に入れるのは事前に申請した該当試合チームの保護者のみ。試合後はベンチなどの消毒を徹底。試合後のインタビューは監督と主将のみの共同会見…徹底した感染症対策の中で実施された夏季大会だった。

 球場周辺は「コロナ禍による厳戒態勢」を感じさせる雰囲気だったが、グラウンドで繰り広げられたのは今までの何ら変わることのない真剣勝負の世界だった。鹿児島商は左腕・山本 直樹(3年)の投打にわたる活躍で8強入り。このところ勝てていなかった古豪の意地を見た。