目次

[1]酷暑の大会で輝いた日大鶴ケ丘・勝又
[2]成長曲線の二松学舎大附、底力の日大三
[3]ベテラン監督による都立勢旋風
[4]埋もれていた人材の活躍

酷暑の大会で輝いた日大鶴ケ丘・勝又

 第100回全国高校野球選手権大会の東西東京大会は、東東京大会(以下、東大会)が132チーム、西東京大会(以下、西大会)が130チームと、参加チーム数が全国1位と、2位という激戦区になった。とりわけ、東大会は、大田スタジアムと都営駒沢球場が使用できないため、かなりタイトなスケジュールになった。

 それでも、決勝戦は台風の影響で1日延びたほかは、局地的な雨で1試合が中止になっただけで、日程は順調に消化された。

 その代わり連日、異常な暑さの中で、大会が進行した。私自身、最寄り駅から球場まで歩く道が、今年ほどきつく感じた年はなかった。もちろん、選手、監督、審判、応援団、観客など、関わった全ての人にとって、今年の暑さは、相当つらかっただろう。

 試合中、足を吊る選手が続出した。挟殺プレーで、走者を追い詰めた野手が、足を吊ってその場に倒れるシーンなど、長年野球を観ているが、初めて観た。

 東大会の準々決勝、都立小山台安田学園の試合では、足を吊った走者に臨時代走が認められた。通常臨時代走は、死球の場合に認められるが、酷暑ゆえの特別処置であった。

 酷暑の東京で光を放ったのが、日大鶴ヶ丘勝又 温史であった。勝又は西大会3回戦の都立永山戦では、熱中症の影響もあり打ち込まれたが、両チーム合わせて四死球41、試合時間4時間4分という記録的な試合になった5回戦の明大中野八王子戦では、投打に活躍し、勝利に貢献した。

 日大鶴ヶ丘は、この勝利で勢いに乗り、創価国士舘を相次いで下し、決勝戦に勝ち進んだ。決勝戦では日大三大塚 晃平にサヨナラ本塁打を喫し敗れたが、閉会式後、熱中症で倒れ、救急搬送された。まさに酷暑に燃え尽きた敗戦であった。