Column

伝統校の勝負強さ、健在なり

2018.08.11

重圧を力に

伝統校の勝負強さ、健在なり | 高校野球ドットコム
白山の選手たち

 鹿児島実は今年で創部100周年を迎え、2月には盛大な記念式典が開催された。久保克之名誉監督が「宮下監督を男にしてください」と現役部員に檄を飛ばしていた。20年前、杉内俊哉(現巨人)を擁して横浜松坂大輔(現中日)と投げ合った第80回大会、10年前の第90回大会、更には学校創立100周年だった3年前…「節目」と呼ばれる年で鹿児島実は必ず結果を残している。「プレッシャーでしかないんですけどね…」と宮下正一監督は優勝インタビューで苦笑した。記念式典で久保名誉監督の言葉を聞いたとき、今年の夏は、その重圧を力に変えて圧倒的な強さを発揮するか、重圧に負けて力を発揮できずに終わるか、どちらかになる予感がしたが、「前者」だったということになる。

 準々決勝までの戦いぶりは、勝ち上がってはいても本来の力は出し切れていなかった印象だ。エース吉村陸矩(3年)を軸に、先制点を挙げて堅実に勝ち上がってはいたが、チーム打率は2割9分8厘と3割を切っており、準々決勝の指宿商戦は再三チャンスを作りながら1点しか取れなかった。それが準決勝・鹿屋農戦16安打13得点、決勝・鹿屋中央戦18安打9得点と爆発。「大会序盤は相手の好投手を攻略することを意識しすぎて打撃が小さくなっていた。準決勝からは練習通り思い切った打撃を意識させた」(宮下監督)。

 エース吉村は春の大会準々決勝の樟南戦で打ち込まれてから自分の投球を見失っていたが、NHK旗で自信を取り戻し、今大会は期待通りの働きだった。左腕・立本颯(3年)も計算できる投手であり、2本柱の存在は安定した試合運びができた要因だった。長丁場、とりわけ今年は酷暑と言われるほどの暑さの中で、大会がヤマ場を迎える準決勝、決勝で本来の力を発揮するところに伝統校らしい勝負強さを感じる。節目の重圧も加わった中でも勝ち切れた要因は「朝練習から始まって県内のどこよりも練習してきた」ことに尽きると宮下監督は言い切る。一つの重圧から解放されれば、大舞台で伸び伸びと力を発揮できるようになるのも鹿児島実の伝統。[stadium]甲子園[/stadium]での戦いぶりに注目したい。

予想を覆す健闘

 戦前の予想では鹿児島実れいめい樟南神村学園の上位4シードがやや抜けている印象だったが、実際に4強に残ったのは鹿児島実のみ。鹿屋中央鹿屋農鹿児島南は大会を通じて成長し、予想を覆す健闘ぶりをみせた。

 第6シードの鹿屋中央は、これまで打線が強力だった反面、投手力と守備力が課題に挙げられていた。準々決勝では県ナンバーワン左腕・松本晴主将(3年)を擁する樟南を相手に1対0の完封勝ち。エース向井翔太郎主将(3年)が松本との投げ合いを制した一戦は今大会のベストゲームに挙げたい。続く準決勝では福地玲夢(2年)、向井の継投で2試合連続の完封勝ちで初の甲子園に出場した14年以来の決勝に勝ち進んだ。1年生ながらショートのレギュラーで定着していた山本聖が好守を連発するなど、守備の安定感も光った。決勝では鹿児島実の強力打線に勝負所で踏ん張れず、4年ぶりの大器は逃したが、この夏を主力で経験した1、2年生が残っており秋以降も楽しみなチームである。

 

 鹿屋農鹿児島南の4強入りは賞賛に値する。鹿屋農はこれまで県大会8強以上の実績がなかったが、4回戦でシード川内に競り勝って初の8強入り。準々決勝では昨夏準優勝メンバーを豊富に残す鹿児島を相手に、雨による再試合を制して準決勝に勝ち進んだ。飛び抜けたスター選手はいないが、大会をほぼ1人で投げ抜いた右腕・髙﨑大生(3年)を中心に「当たり前にやれることを当たり前にやる」(今熊浩輔監督)ひたむきさが光った。ソフトボール出身の今熊監督だが野球への情熱が熱く「公立校の中では一番練習している」と胸を張る。こういうチームが出てきたことは同じような地方校、公立校の励みになったことだろう。

 8年ぶりに4強入りした鹿児島南は、春から夏にかけて大きく成長したチームだ。核になるエースがいなくて伸び悩んでいたが、右腕・岩下倖大(3年)が粘り強く試合を作れるようになったことが夏の好成績につながった。リードオフマンの小齊平拓也主将(3年)、頼れる4番・嶽川世廉(3年)と打線も強力で、強豪私学とそん色ない力強さを感じた。

野球人口減少に向き合う

 準々決勝の4試合のうち3試合が1点差、残る1試合も2点差と4試合全てどこが勝ってもおかしくない接戦だった。4回戦の指宿商武岡台が延長12回まで両者無得点で初のタイブレークにもつれるなど、大会を通しても試合を作れる好投手を中心に僅少差を争う接戦が多かった。

 1回戦の鹿児島工川辺薩南工鹿児島中央、2回戦の出水商種子島中央枕崎国分中央、3回戦の武岡台国分中央徳之島薩南工など、打高投低の傾向が著しい近年、投手を中心に僅少差を争い、1点の重みを感じさせるような好ゲームが多かったのも今年の夏の特徴だった。樟南の左腕・松本は3回戦の鹿児島水産戦で20奪三振と大会記録にあと1つと迫る三振を奪った。

 一方で合同チームや9人ギリギリの少人数チームなども増え、野球人口の減少という厳しい現実が高校野球界にも押し寄せてきたことを痛感した。05年に史上最多となる93校91チームだった出場校数は徐々に減少し、今年は77校70チーム。少子化のスピードを上回る野球人口の減少傾向を目の当たりにし、今後の野球界の在り方について真剣に考える時期に来ていることを痛感させられた大会でもあった。

文=手束仁

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.17

仙台育英に”強気の”完投勝利したサウスポーに強力ライバル現る! 「心の緩みがあった」秋の悔しさでチーム内競争激化!【野球部訪問・東陵編②】

2024.04.17

昨秋は仙台育英に勝利も県4強止まり「サイン以上のことをやる野球」を極め甲子園目指す【野球部訪問・東陵編①】

2024.04.17

「慶應のやり方がいいとかじゃなく、野球界の今までの常識を疑ってかかってほしい」——元慶應高監督・上田誠さん【新連載『新しい高校野球のかたち』を考えるvol.1】

2024.04.17

根尾 昂、一軍昇格へ準備着々! 盤石・中日投手陣に割って入れるか?

2024.04.17

【茨城】土浦日大と明秀日立が同ブロックに!選抜出場の常総学院は勝田工と対戦!<春季県大会組み合わせ>

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!

2024.04.15

四国IL・愛媛の羽野紀希が157キロを記録! 昨年は指名漏れを味わった右腕が急成長!

2024.04.12

【九州】エナジックは明豊と、春日は佐賀北と対戦<春季地区大会組み合わせ>

2024.04.12

【東京】ベスト8をかけ激突!関東一、帝京、早稲田実業などが登場<春季都大会>

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.03.23

【春季東京大会】予選突破48校が出そろう! 都大会初戦で國學院久我山と共栄学園など好カード