山本秀明監督の捕手論
第7回 山本秀明監督の捕手論2011年10月28日
現役時代、三菱自動車川崎(現三菱ふそう川崎)の捕手として日本選手権優勝を経験。指導者としても横浜隼人のコーチとして小宮山慎二(阪神)、日大藤沢の監督就任直後に黒羽根利規(横浜)と2人のプロ選手を輩出。その他にも川辺健司(明大)、島仲貴寛(三菱自動車岡崎)と毎年のように好捕手を育てる山本秀明監督。自らの経験に基づく独自の捕手指導論を聞いた。
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【目次】
ショートというポジション
中継プレーへのこだわり
盗塁、走塁へのこだわり
帝京で野球をすることについて
目指す選手像は? ライバルは?
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捕手に求める条件
日大藤沢ナイン
技術論に入る前に、まず、どのような選手が捕手に向いているのだろうか。
「視野が広いというのが大事でしょうね。例えば、バッターがレフトにファールを打って、捕りに行ったレフトが定位置に戻るまでに座ってしまうようではダメです。これがないと配球の話まで持っていけませんね。
あとは、言われたことを実践する能力があるかどうか。感じる能力ですね。これは、育ってきた環境や性格もあるので難しいんですけど……。例えば、ウチでは『ワンバウンドしたボールは手でふきなさい』と要求しますが、ユニホームでふく子もいる。それを1回言っても、2回言ってもできないようなヤツはいらないということです。
性格的には、自分がサインを出してゲームを作るのに、ピッチャーを強く叱責するようなタイプは好きではないですね。自分を殺して、ピッチャーを立てていく。川辺にしても、島仲にしても、ウチのキャッチャーは『キャッチャーは何が大事か?』と聞かれたら、『愛情』と答えます。視野が広くて、ピッチャーに気配りができる。ピッチャーの面倒をみるぐらいの気持ちが必要でしょうね」
能力的には、やはり肩の強さが求められる。
「遠投90~95メートルぐらい投げられれば、何とかつくっていけますね」
近年は打力重視型や投手をぐいぐい引っ張る強気なタイプも増えているが、山本監督はあくまで“女房役”を理想と考える。肩の強さと視野の広さ。そして、自分を殺せる献身的な姿勢が捕手としての最低条件になる。
日大藤沢の捕手には、他校の捕手と異なる点がいくつかある。キャッチング、スローイング、外野からの返球の受け方……。ここに山本監督のこだわりが表れている。
キャッチング・握り替え
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※詳しい解説イメージはPCからご覧ください。
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◎良い例 捕球近く |
×悪い例 捕球遠く |
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写真を見て明らかなように、とにかく山本監督は近くで捕球させるように練習する。
「必ず徹底させるのは、体の近くで捕ることですね。これをやれば、かなり二塁送球タイムも縮まります。キャッチボールから、これだけを練習しておけばいい。これだけやっておけば、あとは足が勝手についてきます。
捕球したら、ボールを下に落とせと言います。(右手はミットの下に置き)キャッチして、手をミットの中に入れない。手を持っていってしまうと時間がかかりますから。それと、下に落とすのではなく、横に飛ばす子がいるんですが、ミットを引くと肩が入ってしまいます。入れば開くので、送球も抜けてしまうんです。引く動作より、ボールの方が圧倒的に速いですから、送球タイムも速くなります。ボールの勢いを吸収しながら、最低限の力でトップに持ってくる。これを意識させますね」
捕ってから握り替えの練習は年間通じてかなりの数をこなす。ここで独特なのは、正面からではなく、真横からトスを投げてもらい、それを握り替える練習をすること。まずは最も早く、投げやすいかたちから練習して、徐々に角度をつけ、最後に正面から来る球で練習する。慣れてきたら、捕る前に体を横に向け、その状態から捕球、送球も練習する。だが、これはかなりの高等技術。山本監督が指導した中でも、完璧にできたのは島仲ぐらいだ。まずは基本をマスターしたい。
スローイング
◎良い例:正面を向いている ×悪い例:左肩が入っている
ここでも山本監督が独特なのは、「正面を向いたまま投げろ」と言うこと。写真で比べてわかるように、なるべく左肩を入れず、正対に近いかたちで投げる。
「(左肩を入れて、しっかりとしたトップを)作ってから投げるのでは遅いので。あくまでもトップを通っていけばいいという考えですね。野球選手なら投げるときに必ず左肩は入りますし、(二塁までの)約40メートルを投げるのに、正面を向いて届くほど甘くないんです。『正面を向いて投げろ』と言っても、自然と肩は入ってきます。それを『作れ』と言うと入りすぎるんです」
正面を向いたままスローイングをする際の意識は「歩いて投げる」。捕球前に右足を一歩前に出しその流れで投げる。
送球ステップ
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最初の位置 |
◎良い例:右足が印の上から動かない |
×悪い例:右足が印から大きくずれる |
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また、座った状態から二塁送球する際は右足の位置に注意して練習する。左足の後ろに右足を持っていきすぎないように。その場で足踏みぐらいのイメージで、右足が動いていいのはせいぜい1歩半の距離まで。2歩半までいってしまうと行きすぎだ(写真参照)。
この他、握り替え練習のときの真横からのトスの他に、近くからのトスをボールが来たら座って投げるスクワットをしながらのスローイング練習も行う。これをくり返すことによって、リズムを作るためだ。
「どれもこれも握り替えができないとどうしようもなりません。だから、握り替えの練習は多くやるんです」
また、これは試合中の話だが、イニング間の投球練習後の二塁送球はきっちり投げることも忘れてはいけない。
「ここが乱れていると相手にスキを与えてしまいますからね」
この捕手からは簡単に走れない。そんな印象を与えるだけでも違ってくるのだ。
外野手からの返球の捕球
他校と比べ、日大藤沢の捕手が抜群にうまいのがこれだろう。試合前でも練習中でも、多くの学校のシートノックを見ていて、ここにこだわりを持つ指導者は多くないと感じる。山本監督が口酸っぱく言うのは捕球する際に前に出ないことだ。
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※詳しい解説イメージはPCからご覧ください。
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◎良い例:ホームベースの前で構える |
×悪い例:ホームベースより前に出てしまう |
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「中学から入ってきた子を見ていると、打球が外野を抜けていくと、指示している間にだんだん前に行ってしまったり、横に寄ってしまったりということがあるんですが、それは絶対にさせません。(返球の)ボールは逸れますよね。右に逸れることも、後ろに逸れることもある。そのときに、いつも同じ位置にいれば、1、2、3で(右に3歩)捕りに行ったとすれば、1、2、3で(左に3歩)戻ればベースなんです。捕りに行った後に、ベースを見てブロックに行っているようでは遅い。ランナーは必ずベースに来ますから、(ベースとの距離感を頭に入れ)ベースに戻ればいいんです」
ベースの前に立って待っていて、手前でバウンドが跳ねたとする。その場合は、右足は動かさず、左足を一歩引いて捕れば、そのままタッチに入れるというわけだ。
特に注意したいのが、レフトからの返球が逸れた場合。多くの捕手は斜め前に捕りに行くが、これだとホームまでの距離は遠くなるし、走者も見えない。その上、戻る際にはホームの位置を確認しなければいけない。だが、斜め前ではなく、右横に動けば、距離は近く、走者を見ながらプレーができる。格段にアウトにする確率も高まるのだ(写真参照)。
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◎良い例:返球横に移動して捕球 |
×悪い例:返球斜めに移動して捕球 |
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もちろん、ノックでは最後の捕手の捕球にこだわる。野手がどれだけいいプレーをしても、ストライクの送球が返ってきても、捕手がポロッとこぼしてしまえば全て水の泡。1点を与えることになるからだ。
「当たり前のことですが、最後がピシっと決まらないと一本としません。やりなおしですね」
文字通り、ホームを死守するのが捕手の仕事。何としても点を与えないという強い気持ちが勝敗を分ける。最後のタッチプレーまで、おろそかにすることはない。
オフシーズンを向けて、捕手の球児へメッセージ
山本秀明監督(日大藤沢)
最後に、これから迎えるオフシーズンへ向け、山本監督から捕手へのメッセージをもらった。
「オフだけではありませんが、やっぱりピッチャーとコミュニケーションをとることが重要ですね。お互いにゲームを作っていくという感覚が大事。これは配球にもつながってきます。ピッチャーは旦那といわれないのに、なぜキャッチャーは女房といわれるのか? それは、やっぱりピッチャーに対しての献身的な部分が求められるからだと思います。
キャッチングがうまいというのもピッチャーを乗せていく要素です。それに、黒光りするボールでいい球が投げられるわけありませんよね。ボールが光っている=滑るということ。
カウント3-2でファールの後、ニューボールが出てきた。ランナーがいれば、ひとつけん制を入れてあげて、少しでもボールになじむようにとか、そういう配慮ですよね。そんなことができるようになってほしいですね」
あくまでも主役は投手。旦那にいかに気持ちよく投げてもらうか。快適な環境を作ってあげられるか。ブルペンでの態度や言葉、投げるパターンから投手の気持ちを読み取るのはもちろん、普段の生活からも観察するのも捕手の大事な仕事だ。
「お前、なんでオレの気持ちがわかるの?」
投手にそんなふうに思われたら最高の捕手。目と目で通じ合う関係を目指して、日々コミュニケーションをとってもらいたい。
(文・写真:田尻賢誉)