Column

慶應義塾大学野球部 大久保秀昭監督の捕手論「なぜ技術習得の前に野球を知ることが大事なのか?」【Vol.3】

2017.05.07

慶應義塾大学野球部 大久保秀昭監督の捕手論「強さも上手さも『知る』ことから」【Vol.1】から読む

慶應義塾大学野球部 大久保秀昭監督の捕手論「野球を知っているは知識ではない、勝ち方を知っていること」【Vol.2】から読む

 ここまで大久保監督の話を聞いて、捕手はいかに野球を知らなければならないのか。強く実感したと思う。ただ捕手は野球を覚えるだけではない。キャッチング、スローイングなどスキルも覚えることが必要になる。その習得の優先順位についてお話しをしていきたいと思います。

野球を知り、ブルペンで応用する

大久保秀昭・現慶應大野球部監督

 ここまでを読んで、疑問に思う読者もいるかもしれない。
「野球を知る以前に、キャッチャーとして必要な技術を習得する方が先なのでは?」と。

 確かに最低限の捕球ができなければ、キャッチャーの役割は務まらない。だが、大久保監督は、
「どのポジションでも同じことがいえるかもしれませんが、キャッチャーとしての練習方法は、高校でもプロでも大した違いはない。むしろ、レベルが上がるほど基本練習が大事になってきます」と言う。

 では、違いのない基本練習でどうして実力に差が生まれるのか。身体能力の違いは確かにあるだろう。だがそれ以上に、いかに「野球を知って」練習するかで、効果が大きく違ってくる、というのがポイントだ。特にキャッチャーはそれが顕著な差となって表れるポジションと言っていい。

「同じ練習でも、指導者にやらされているのか、自分でどうしたいのか、で効果は全く違ってきます。指導者に教えられたことを反復していれば多少は上達しますが、いずれ頭打ちになる。それより、自分で考えながら打ち込むことの方が上達の近道になります。キャッチングなんて、正確の形などない。ピッチャーが投げやすくて審判が見やすい構えで、あとはスローイングに移行しやすい捕球ができればいいんです」

 自分がこれまでに積み上げてきた経験をいかに技術練習に落とし込むか、で上達のスピードは変わる。
「技術練習は反復。自分に対する教育です。自然と足し算や掛け算ができるようになるように、試合中に無意識で反応できる形をものにする。例えば、ワンバウンドの投球を止められるようになった。でも、ボールをはじく距離が長ければ進塁されてしまう。

であれば、次は進塁しないようなストッピングはどうすればいいか。スローイングもコントロールが良くなった。でも、スローインに時間がかかれば進塁されてしまう。であれば、次は進塁されないようなステップやキャッチスローとは何か。これらを“自分で”イメージしながらベストの形を探し、身体にしみ込ませていくんです」

 構え方、止め方、投げ方…、キャッチャーに求められるスキルは多い。だが、数々のスキルを磨き上げる場所は、最終的にはブルペンに行き着く。
「一番の練習はブルペンで捕ることです。でも捕るだけのブルペンキャッチャーにはなってはいけません。ある程度自分の中で状況を設定する。『今はランナー1塁』と想定して、捕ったらすぐスローイングの姿勢に入るとか。『次はランナー3塁』と想定して、ワンバウンドは大きくはじいてもいいから絶対に後ろにそらさないようにするとか。ブルペンで1人100球以上を3~4人も受けていたら集中力がもたないかもしれませんが、要所でゲームを想定しながら捕ることが一番身につきます」

「野球を知ること」ができれば、あらゆることに応用がきく。ゲームメイクはもちろん、スキルアップにも、そしてバッティングにも。
「『キャッチャーになったつもりで打席に立て』とは今でもよくいうことです。自分がこのカウントだったらどんなボールを要求するか。それで思い切って狙い球を絞ることがバッターとしての強みになることもあります」

 キャッチャーは基本的に守備の方が重視されるポジション。だが、打撃でも中軸を打てるようになれば、計り知れないプラスをチームにもたらすことができる。キャッチャーをやるからには、ぜひ「守って打てる」領域までトライしてほしい。また、そこまで飛躍できる可能性が、キャッチャーというポジションにはあるのだ。

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[page_break:本番で重要になる「間の取り方」]

本番で重要になる「間の取り方」

大久保秀昭・現慶應大野球部監督

「サイン一つで勝ちにも負けにもつながることを、キャッチャーには常に意識させています」
と大久保監督は言う。間違いなくゲームのカギを握る存在であり、それが楽しみでもあり怖さでもある。キャッチャーとはそんなポジションだ。

 もし自分の思い通りに相手を抑えられれば――完全にゲームをコントロールしている快感を得られる。例えば、冒頭に記したアトランタ五輪のアメリカ戦のように。

 だが、もし逆に自分の思い通りにいかなければ――適宜修正をしていかなければならない。その際、重要になるのが「間の取り方」だ。大久保監督も「自分が勝てていた理由は間の取り方」と言うように、1試合に3回まで許されているタイムをどこで使うか、が勝敗の分かれ道になることがある。

 これから始まる夏の甲子園予選。高校3年生にとっては最後の舞台になる。当然、これまでに経験したことのない重圧が押し寄せる。緊張感が張りつめる初戦。練習通りに投げていればストライクが取れるエースが、初回から乱調。結果、フォアボールを連発し失点。それが焦りにつながり、自分たちの良さが出せぬまま敗戦――というケースを見る。本人たちにとっては悔やんでも悔やみきれぬ負けだろう。こうならないためにはどうしたらいいのか。

「3回のタイムをどこで使うのか。これはタイミングを計るのが難しく、監督でも迷うところです。でも、流れが止まらないと判断したら初回からでもタイムを取るべきでしょう。そしてまずはピッチャーを落ち着かせる。当たり障りのないことですが、ゆっくり深呼吸させたり。あと、ピッチャー自身に話をさせる。それでも調子が戻ってこなければ交代しかないと思いますが」

 ピッチャーを見て、仲間を見て、試合展開を感じて、「これ以上傷口を広げたらまずい」と判断したらタイムを取る。その際も、一目散にマウンドに駆け寄った方がいいのか、ゆっくり向かった方がいいのか、最もピッチャーが落ち着く方法を採用する。

「ピッチャーと普段の練習試合から肌感覚を刷り合わせておくことが、こういう場面でいきてきます。本番に近づけば近づくほど、練習試合からタイムを取る意識づけを強めていくといいかもしれません。すると、効果的な声掛けが分かってくる。すると次の瞬間、ピッチャーが我に返ったり、直後にダブルプレーでピンチを脱出したり、といったケースはこれまで何度も経験してきました」

 重要なのは、キャッチャーがチームの中で最も落ち着いていなければいけないということだ。そして、最後の夏でも緊張しないで迎えるためには、日頃の実戦練習から最悪のケースを想定して準備しておくこと。ひょっとしたら、初回にタイムを1回取ったことが勝利に結びつくかもしれない。

「キャッチャーは今でこそ注目されるポジションになっていますが、やるべき仕事は多いし、我慢強さや忍耐力が求められる割には地味(笑)。ですが、勝った時に訪れる達成感はものすごく大きいものがあります。爆発する喜びというより、身体の芯からジーンとシビれてくる喜びです」

 やみつきになってしまうキャッチャー独特の喜びと楽しみ。そして、この醍醐味を知れば知るほど成長速度は増していく。今、キャッチャーとして悩んでいる選手、苦しんでいる選手がいたら、ぜひ一度落ち着いて「野球を知る」という原点に立ち返って見てほしい。急がば回れ、という言葉もある。きっと、そこから活路が開かれるはずだ。

(文・写真:伊藤亮

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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