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県立多古高等学校(千葉)

2015.06.23

 今年の千葉県春季大会は、番狂わせの大会であった。センバツ出場の木更津総合市立松戸に敗れ(試合レポート)、強豪・習志野柏南に逆転負け(試合レポート)。そして昨夏の甲子園出場の東海大望洋を破った(試合レポート)のが多古であった。その後、多古ベスト16入りを果たし、シード権を獲得した。その多古を率いるのが、迫屋 昇二監督だ。

 市立銚子時代は、1995年に広島からドラフト1位指名を受けた長谷川 昌幸、また同い年で、帝京大に進学し、プロ入りした窪田 淳(阪神タイガース-オリックス・ブルーウェーブ)と2人の好投手をプロへ輩出し、次に赴任した東総工時代は、高校時代、抜群のスローイングと強打を武器にプロから注目され、現在中日ドラゴンズで捕手として出場を機会を増やしている杉山 翔大、JR東海のエース・菅野 智也選手2013年インタビューなど活躍する選手も輩出している。
そして、2011年から就任した多古もまた、迫屋監督とともに、着実に実力を伸ばしていた。

多古での監督生活は9人からスタート

ノックを打つ迫屋 昇二監督(県立多古高等学校)

 千葉県多古町。北東部の香取郡にある多古町は農業が盛んで、特に多古米、やまといもが特産品として有名である。多古高校は、生産流通科という学科があり、野菜・草花などの栽培学習が行われる。学校の近くにはビニールハウスや畑があり、のどかさを感じる学校である。

 そこに2011年春に赴任したのが迫屋 昇二監督だ。
「夏までは部長で、監督としてスタートしたのは秋から。そのとき9人だけだったんですよ」
と語る迫屋監督。赴任当時、3年生が16人、2年生が8人、1年生が1人の25人。当然、3年生が抜ければ、ケガ人が出ると公式戦に出場できないチーム状態の中だった。

 迫屋監督はそれでも練習試合を多く組んだ。ダブルヘッダーは当たり前。たまに選手の体調が悪くて試合に出られない時は、相手チームから借りて試合に出場するなど、とにかく実戦経験を積ませていった。夏休み中、9人ということで、練習は半日だけれども密度の濃い練習ができたことで選手は成長を果たし、二次予選沼南高柳を9対1で破り(試合レポート)、県大会出場を決めたのだ。

 そして2012年春、22人の新入生を迎える。ここから指導の本腰に入った。夏まで合宿を行ったり、木更津に遠征をして、木更津総合安房と練習試合を行い、強豪校の立ち居振る舞いを学んできた。この時の1年生は、1年夏から主力選手となり、2012年夏2013年夏も4回戦まで進出。2013年秋は、2年ぶりに県大会出場を果たし、2回戦で銚子商を6対1で破るなど、着実にレベルアップを果たす。

 1年から出場してきた選手は、一冬を超えると打線がさらにパワーアップし、練習試合では何度も二けた得点を記録するなど、順調に夏へ向けて仕上げてきた。初戦の千葉商大附戦は8対1の7回コールド勝ちを収め、2回戦進出。幸先の良いスタートを切ったように思えたが、2回戦では優勝候補・木更津総合に2対9で敗れてしまう。新チームがスタートした今の代も、秋の県大会出場を果たすも、我孫子東に6対7で敗れ、そして冬を迎える。

東総工時代に取り入れたウインターリーグをそのまま踏襲

 夏に勝てるチームを作るために、多古は、冬でも紅白戦を行う。これは東総工時代から行っていることだ。きっかけは2006年秋のブロック予選で、当時、全国レベルの好投手・唐川 侑己擁する成田と対戦し、コールド負けを喫したこと。負けた後、当時の父母会長に
「迫屋先生、あの時(市立銚子)のようにガンガンやってよといわれたんです。その父母会長の息子は、1998年に秋季関東大会に出場した時の選手の弟。当時の練習を再現させて厳しくやりましたね」
と猛練習を敢行する。

 しかし11月、東総工が所属する第6ブロックの学校で行われる東部地区大会でも勝つことができず、「練習をガンガンやってもダメなんだなと思いましたね」と、どうすれば選手たちは実戦に強くなるのかと考えた。そこで閃いたのが「ウインターリーグ」の導入であった。

「雨が降らない限り、土日に紅白戦をやります。まあ駒大苫小牧が氷点下の中やっているのだから、一桁の温度ぐらいなら大丈夫かなと思って」
寒い中のプレーは故障のリスクもある。しかし殻を破るにはこの期間の改革しかなかった。

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僕らの熱い夏 2015
第97回全国高等学校野球選手権大会
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
[page_break:大会前でも平常練習 開き直って東海大望洋を破る]

 東総工は多く部員がいたので、3チーム、4チームに分けて、土日だけ紅白戦を行い、選手たちに打率や防御率など成績が高い選手をベンチに入れるよと伝えた。そうすると選手たち同士で競い合いを始めた。
一冬越えると、「選手たちに勝負強さが出てきたんですよ」と振り返るように、選手たちは伸びていった。2007年春は4強入り。この時の主力選手が、JR東海で活躍するサイドハンド・菅野 智也選手や、今年、中日ドラゴンズで捕手としての出場が続いている杉山 翔大選手であった。

 ウインターリーグの利点は実戦の感覚が失われないこと。
「練習試合が禁止になる12月第1週から3月第1週まで打席に立たないと、打席に立つ感覚を取り戻すまでかなり時間がかかるので、そういう意味で、投手のボールを見続けて、3か月練習するのはやはり違いますね」

左から2枚看板の椿 拓之、清水 海富(県立多古高等学校)

 こうして成果が出たことで、12月~翌年3月の第1週までの対外試合禁止期間は紅白戦を続けてきた。多古でもそのウインターリーグを続け、今年の冬、出てきたのが、右サイドの椿 拓之(3年)、左腕の清水 海富(3年)である。ともに技巧派の2人で、紅白戦で好投を見せ、登板のチャンスをつかんだ。そして昨年までエースだった内藤 翔(3年)は不調に陥り、野手に転向。130キロ台を計測する地肩の強さ、一発を打つ打力を買われ、センターに転向した。

 そして春はこの3人の活躍が目立った春季大会となった。まず第6ブロックの代表決定戦。2対0で迎えた9回裏、二死満塁で中前安打を打たれる。同点かと思われたが、センターを守っていた内藤がホームへダイレクトの返球を見せて、本塁に突っ込んだ二塁走者をタッチアウト。内藤の好守で県大会出場を決めたのだ。

大会前でも平常練習 開き直って東海大望洋を破る

 手応えを掴んで臨んだ県大会だったが、いきなり初戦の相手が昨夏甲子園出場の東海大望洋だった。多くの経験者が残る東海大望洋を意識しすぎたのか、大会1週間前の練習試合では硬くなりすぎてミスを連発し、自分たちの野球ができない状態だった。そんな選手たちに対し、迫屋 昇二監督は、イチかバチかで選手たちにこう語りかけた。

「普通だったら、準々決勝まで勝ち進まないと対戦しない相手だから、夏に向けて、どれくらい通用するか、やってみよう」

半ばあきらめ気味のコメントだった。そして大会前になると練習も軽めになるところだが、それも一切せず、東海大望洋の最速143キロ右腕・原田 泰成に備えて、マシンを150キロにセットするだけだった。

 しかし逆にそれで選手の硬さが取れたのか、試合は3回表に二死満塁から5番・石川 直樹(3年)の2点適時打で先制すると、5回裏に1点を取られたものの7回表に3番内藤が追加点となる適時打を放ち、3対1に。そしてこの冬に伸びた清水と椿の継投リレーで強打の東海大望洋を封じ、見事に破ったのだ。そして2回戦でも、昨秋ベスト8の千葉商大附を4対1で破り、3回戦千葉明徳とぶつかった。

 この日は7回終了時点で5対5の接戦。しかし8回に勝ち越しを許し9回に1点を追加され、1点を返したものの6対8で敗れ、ベスト8入りを逃した。迫屋監督は、
「今年はあまり打てない打線。珍しくこの日は打つことができたんですけど、守備が乱れてしまいまして、課題が出た試合だと思います」と振り返った。

 また主将の鈴木 匠は、
「これまでの2試合は自分たちの持ち味である、粘り強い守備、ランナーを溜めない、コースをきっちり突く野球ができていたのですが、今回はそれができませんでした」
と反省を口にした。
だが、冬場のウインターリーグで伸びてきた選手が勝利に貢献し、ベスト16入りしたのは自信になったに違いない。

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第97回全国高等学校野球選手権大会
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
[page_break:自分たちの野球を貫き通すだけ]

自分たちの野球を貫き通すだけ

 夏へ向けて、椿 拓之清水 海富を含めた投手力の強化、守備の強化、打撃の強化。夏を勝ち抜くための体力強化。すべてにおいて余念なく鍛える多古。特に体重管理はきっちりしている。1週間ごとに体重を測っており、前の週より体重が減ってはいけないという決まりがある。そのためトレーニングの合間におにぎりを食べる選手の姿が見られた。

 ここで迫屋 昇二監督に、夏に勝てるチームは何かと伺った。
「僕が、チームが勝てるなと思う時は、僕に言われる前に動ける選手が多い時だと思います。去年のキャプテンはしっかりしていましたが、今年の鈴木 匠はそれ以上だと思いますよ」

 迫屋監督も主将の鈴木の成長を認めている。そして鈴木も、夏へ向けての課題として、選手同士で意思疎通ができるチームを目指している。
「夏はブラスバンドも入ってどんちゃん騒ぎになって、声が通らないと思うので、普段から意思疎通できるようにしていきたいと思います」

 技術だけではなく、自分の思い通りの野球ができるためには、視野を広くしてプレーすること。それは主力である3年生にも伝わっている。
特に高校通算25本塁打の主砲・角田 孝祐(3年)は入学時の自分を「まだ視野が狭く、周りが見えていなかった」と振り返る。多古の環境になじむ中で、視野が広くなってきたのを実感したようだ。

角田 孝祐(県立多古高等学校)

 その角田は、打線の核として期待される。入学時は長打力のある選手ではなかったが、2年間、重点的にトレーニングを行うようになってからは飛躍的に長打力を伸ばし、公式戦では、両翼100メートル、中堅122メートルもある成田市の[stadium]ナスパ・スタジアム[/stadium]でバックスクリーン超えのホームランを放った長距離打者である。憧れは中田 翔(北海道日本ハムファイターズ)2009年インタビュー2014年インタビューで、動画などを見ながら、打撃を学んでいる。そんな角田は、千葉明徳戦で、5打数0安打と悔いを残す結果となった。

 だからこそ、夏はチームのために打たないといけない。角田は、
「練習中からチャンスの場面で想定した打撃を行っています。これまでのとにかく打球を飛ばせればの考えではなく、とにかく4打数1安打でもいいので、チャンスで打てる打者になりたいです」
とチーム本位な打撃に変わった。夏での目標は「得点圏打率10割、本塁打3本です!」と壮大な目標を掲げた。

 この目標が実現すれば、多古にとって大きな力になるのは間違いない。また多古打線はこの角田と打撃センスが高い石毛 友太(3年)の2人が中心。去年ほど得点が見込めるチームではないが、去年より優れているのは競った場面での試合運びだ。
「去年は大差で勝つことが多かったのですが、僅差になってから負けることが多かった。今年のチームはあまり点が取れないのですが、僅差になっても終盤で勝てることが多いんです。これが最大の強みだと思います」

 野球は高いレベルになればなるほど自分の思い通りにいかない。多古が戦う舞台は曲者揃いの千葉大会だ。だからこそ接戦での戦い方が重要になる。鈴木は、
東海大望洋戦では、粘りの野球ができました。アウトを確実にさばく、コーナーを突くなど基本的な積み重ねが勝利につながったと思いますので、夏はその徹底ができればと思います」

 長年、千葉県の高校野球を見ていると、ものすごく力があるチームが勝つのではなく、アウトを取るなど基本的なことを最後まで実践できるチームが勝ち上がっている。多古はこのそれを実践して、東海大望洋、千葉商大附を破り、ベスト16まで勝ち上がり、そして実践できなかった千葉明徳戦では敗れた。

 課題は明白。自分たちの野球を貫くということだけなのだ。市立銚子東総工の2校では県内上位に進出し、甲子園出場を争うチームを育て上げた迫屋監督とともに歩んできた多古ナインが、この夏、多古旋風を巻き起こす。 

(取材・文=河嶋 宗一

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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