Column

鹿児島実業高等学校(鹿児島)

2015.06.20

「節目の年」に捲土重来を期す!

 鹿児島実の甲子園出場回数は春8回、夏17回。1996年春には、鹿児島県勢初にして現在まで唯一の甲子園制覇を成し遂げた名門校である。野球部だけでなくサッカー部や陸上部も「全国制覇」の実績があり、プロ野球では杉内 俊哉(巨人)2014年インタビュー本多 雄一(ソフトバンク)2014年インタビュー、Jリーガーでは遠藤 保仁(ガンバ大阪)、伊野波 雅彦(ジュビロ磐田)といった著名選手を幾人も輩出しており、全国的な知名度も高い。

「カジツ」の愛称で親しまれており、「学校名を『鹿実高校』に変更しようかと検討されたこともあった」と野球部・宮下 正一監督は言う。

 その鹿児島実、今年は学校創立100周年の節目の年にあたる。野球部は学校が創立した2年後に同好会として発足しているので、学校とほぼ同じ100年近い歴史がある。鹿児島県内では樟南鹿児島商と並んで「御三家」と呼ばれるほどの甲子園常連校だが、鹿児島実の甲子園は2011年春、夏に関しては2010年以来、遠ざかっている。節目の年に捲土重来を期す野球部の夏の大会を1ヵ月後に控えたある一日を追ってみた。

「裸練」から始まる一日

鹿実の裸練 ランニングに取り組む選手たち(鹿児島実業高等学校)

 鹿児島実野球部の一日は、朝練から始まる。「朝練」といってもユニホームを着てボールやバットを使うことはない。月曜から金曜まで、朝6時半から約1時間、上半身裸、ランニングパンツスタイルで走り込み、サーキットトレーニング、縄跳びなど地道な基礎体力作りのメニューを行う。これを「鹿実の裸練」と呼ぶ。

 普段はグラウンドを走ることから始めるが、この日は雨でぬかるんでいたためそばの坂道を走った。グラウンドに横たわって腹筋、背筋、腕立て伏せ…3学年で総勢100人を超える高校生たちが、きちんと等間隔で整列してトレーニングする姿は壮観だ。グラウンドが高台にあるため「オッシ」と声を挙げる度に、こだまが聞こえる。

 裸練の目的は、基礎体力作りもさることながら、宮下監督は「精神修行」と言い切る。今はまだいいが、冬場の寒い時期でもやるから恐れ入る。霜柱が立つグラウンドで、腹背筋を繰り返していると、部員たちの汗で霜が融けて湯気が立つという。終わった後は外野の後ろの水道で身体を洗ってから登校する。

「授業が始まる頃になると身体がポッポしてきて眠くなるんですよ」
20年以上前、現役鹿実生だった頃、同じように裸練を体験した宮下監督は苦笑する。

 社会人になってあと10分、5分寝ていたいと思っても「後輩たちが裸練を頑張っている!」ことを思い出して目を覚ます。仕事や人間関係で嫌なこと、きついことがあっても「裸練をやり抜いた自信」で乗り越える。
「そんな体験を社会人になって、年の離れた先輩、後輩たちと語り合って欲しい」
という想いが宮下監督にはある。

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僕らの熱い夏 2015
第97回全国高等学校野球選手権大会
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
[page_break:脈々と受け継がれる精神]

 無論、単なる精神修行だけが目的ではない。「寒さに強くなって風邪をひかなくなる」訓練でもある。乾布摩擦の応用といったところか。福岡出身の3年生投手・橋本 拓実
「中学の頃は風邪をひくことも多くて、しょっちゅう学校も休んでいたけど、今はそんなことがなくなった」と言う。

「『裸練』による『寒さ対策』が全国制覇の要因の一つ」
裸練の創始者で、鹿児島実野球部の礎を築いた元監督の久保 克之さんは自著「鹿実野球と久保克之」(南方新社)の中で述べている。96年センバツで優勝した頃を振り返り「春のセンバツは気温が低く、真冬並みの寒さになることがあります。暖かい九州からやってきたチームは、寒さに弱く、甲子園で背中を丸めてプレーしています。鹿実の朝練=裸練の効果はてきめんでした。選手たちは背筋を伸ばし、胸を張ってプレーしていました」(同)

「最初はきつくて嫌だったけど、今はもう慣れました。甲子園の第1試合で自分たちの野球をやるためにやっていることですから」
森口 裕太主将は言い切る。甲子園の第1試合は午前8時半プレーボール。そのような早い時間に試合をしても、当たり前にプレーできるように日常生活から意識づける訓練だ。

脈々と受け継がれる精神

練習前に腹式呼吸で気持ちを静める選手たち(鹿児島実業高等学校)

 平日の練習は夕方4時ごろから始まる。グラウンドに入ると全員で整列し、丹田のあたりで手を組んで瞑想し、腹式呼吸で気持ちを静める。この「数息間」を練習が始まる前と後で必ず行い気持ちを静める。続いて礼を3回する。まずはグラウンドに向かって、次はバックネット裏にある「ここに師あり、友あり」と書かれた石碑に向かって、最後は監督、コーチら指導者へ。

 練習を始めるにあたって3度の礼をすることを「三礼(さらい)の励行」と呼ぶ。かかとをつけ、姿勢を正し、腕は指先を伸ばして両脇につけ、腰を折るように礼をする。「全ては礼に始まる」という久保さんが掲げた「人間教育としての野球」の精神は脈々と受け継がれている。

 これだけの実績を残す名門校だが、雨天練習場は持っていない。梅雨時期の練習は「強行突破することが多い」と宮下 正一監督。フリー打撃なら、使い古しのボールにビニールテープを巻いた雨用ボールでやれる。よっぽどひどい時は、鴨池や薩摩川内市にある公共の雨天練習場まで足を運んだり、校舎内を走ったりウエイトトレーニングなどにあてたりする。この日も注意報が出るほどの雨が午前中から降っていたが、午後からは小康状態に。橋本 拓実有村 健太(3年)ら投手陣は宮下監督が[stadium]鴨池ドーム[/stadium]まで連れて行き、室内ブルペンで投げ込み、残りのメンバーは岩切 信哉コーチがついての打撃練習とノックだった。

「雨さえあがれば、乾くのは早いです」と岩切コーチが水はけの良さを誇らしげに語った通り、打撃練習中に雨があがり、1時間ほど打ち込んでいる間にほとんどの水たまりがなくなっていた。始める前に15分ほどかけて、1年生らがスポンジで内野に残った水をとれば、普通にノックができるようになった。

 各ポジションに2、3人、ベンチ入り候補の選手たちがついて約1時間余り、シートノックを受ける。「左足の前で捕れ!」「ボールを最後まで見ろ!」…技術的な指導は冬場に徹底して叩き込んであるので、ごく基本的な部分が目につくときに岩切コーチは指摘する。特に内野ノックは重点的に時間をかける。サポート役の下級生らが周りを取り囲みながら、好プレーには歓声を、ボーンヘッドには罵声を浴びせて盛り上げる。

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[page_break:野球は「ふてぶてしく、大胆に」]

「お前の一つのミスで夏が終わるんだぞ!」
この日一番ユニホームを汚された三塁手で4番を打つ2年生・綿屋 樹に浴びせられた言葉だ。「僕のミスで3年生の夏を終わらせたくない。だから今追い込んで精神的にも強くなろうと思います」
綿屋の表情は真剣だ。最後まで残ったのはショートの3年生2人。イージーなミスが続いて、中々アップさせてもらえず、左右に振り回されて厳しい言葉を浴びた。

「今のうちに泣いとけよ!」と岩切コーチ。ベンチ入りできるかどうかの当落選ギリギリにいる3年生だが
「2人とも人間的には本当に良いやつなんです。だけどそこが野球でも出てしまう。そこを突き破って欲しいんですよね」
ノックの時とは打って変わった穏やかな表情で岩切コーチは話していた。

野球は「ふてぶてしく、大胆に

シートノックを受ける選手たち(鹿児島実業高等学校)

 昨秋ベスト8今春ベスト8NHK旗ベスト4。この1年間の鹿児島実の県大会の戦績である。安定して上位の成績は残せているが、鹿児島実の潜在力からすればもの足りなり戦績だろう。
「力は7年前の夏に甲子園に出たチームと似たような雰囲気を感じる。力的には十分甲子園を狙えるものを持っているが、ここぞという場面で、小さくなってしまって力を発揮できない」
宮下 正一監督。昨秋鹿児島城西戦(試合レポート)、今春出水中央戦(試合レポート)、NHK旗樟南戦(試合レポート)、敗れた試合はいずれも1点差の惜敗だった。

 明るい兆しはある。昨秋は「フォームも定まらなくてベンチ入りもできなかった」橋本 拓実が冬場できっかけをつかみ「指にボールがしっかりかかるようになって」から球速が140キロ台になり、昨夏から経験のある有村 健太(3年)と並んで、春以降は投手陣の柱になれるだけの力をつけた。球威のある橋本に対して「僕は直球も変化球もキレで勝負をするタイプ」と有村。
「橋本が投げているときは、僕は打撃でチームに貢献する。背番号は何番でも与えられた仕事をやるだけ」
と覚悟は固まっている。

 NHK旗では有村とリードオフマンの室屋 太郎(3年)の2人がケガでベンチから外れたが、2回戦春優勝れいめいを破り、準々決勝では鹿児島大島との投手戦を制して4強入りした。「2人がいなくてもやれたことがチームの自信になっている」と室屋。2人とも夏には十分戦える状態まで回復しており、室屋は「自分がまず打ってみせて、どんな投手でも打ち崩せる自信をチームにつけられるような打撃をしたい」と意気込む。

 この1年間の実績、経験では神村学園が一つ抜けている印象があるが、宮下監督は
NHK旗を見る限り、そこまでの力の差は感じなかった。夏特有の勢いをつかむことができればどのチームが勝ってもおかしくない大会になる」
と読む。その一角に鹿児島実が食い込むことは言わずもがなだ。先に挙げた「ここ一番での勝負弱さ」を克服するために「鹿実らしい礼儀正しさなどは守りつつ、野球はふてぶてしく大胆にいこうと思います」と言う。それがどんな野球になるのかは、夏のお楽しみということだ。

「ひいおじいちゃんが、『お前が甲子園に連れていけ』と言っているような気がします」
3年生マネージャーの川島 勇飛は言う。川島の曽祖父の故・川島 隼彦氏は鹿児島実を含む学校法人・川島学園の創始者であり、父・英和氏は現学園理事長。かつては野球部の副主将、マネージャーで、甲子園のベンチにも入っている。節目の年に自分がマネージャーで野球部にいることに運命的なものを感じていた。

(取材・文=政 純一郎)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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