Column

都立江戸川高等学校(東京)

2015.06.21

 2001年夏のベスト4、2年前の夏ベスト8、そしてこの春の都大会では都立校で唯一ベスト8に進出するなど、近年活躍が目立つ都立江戸川。練習をする時間も場所も限られている中で、なぜ結果を残しているのか。

究極の空間利用

ネットで区切られた練習場(都立江戸川高等学校)

 JR新小岩駅から少し歩いた所にある都立江戸川は、都立校としては、グラウンドが広い方である。しかしそのグラウンドで、野球部の他にも、ラグビー部、サッカー部、ハンドボール部、女子ソフトボール部が共用しているのだから、当然手狭になる。

 都立校では長方形のグラウンドが多いが、江戸川は、南西方向にやや突き出ている。このスペースが、野球部の練習場になっている。芝 浩晃監督は、「やれることは限られていますが、全く何もできないわけではないので、むしろ恵まれている方だと思います」と語る。

 その練習風景は、かなり驚きだ。
まずバックネットの前に強大なカーテンのようなネットを張って作ったスペースに、移動式の防護ネットなどを利用して、バッティングゲージを2つ作る。カーテンのような大きなネットの外側では、マウンド付近から一塁側にかけて、広がらない範囲でノックをする。さらに三塁側では、バントの練習をする。

 バックネットの後方にも、ちょっとしたスペースがある。そのスペースを使って、一塁側と三塁側にバッティングゲージがある。加えて、一塁側のバッティングゲージの隣にはブルペンがあり、三塁側には、守備練習をするスペースを作っている。その上なお空いたスペースで、ティーバッティングをする。
タイムキープをするマネージャーの声に従って、細かく仕切られた練習スペースを、各自無駄なく移動して練習をしている。

 2011年の主将で、現在コーチを務めている久保 勇人は、「昔からやっていましたけど、年を重ねるにつれて、工夫の度合いが上がっています」と語る。

 授業が終わるのは、午後3時。ホームルームなどを経てグラウンドに出るのは、4時近くになる。それでも定時制があるため、グラウンドでの練習は5時まで。そこからバックネットの裏側で、6時半までティーバッティングを行っている。その後、居残りの個人練習をするが、近隣住民との関係もあり、7時半ごろには引き揚げる。
学校には照明設備があるものの、これは基本的に定時制用。冬場は、工事用のライトを使って練習しているという。外野手の練習などは、朝練習で行う。

 練習のメニューは基本的に監督が決めているものの、主将の意見も積極的に採用している。
「やらされている練習は身になりません。今何が必要なのかを、自分自身で感じて、選択することが大事だと思っています」と、芝監督は言う。

 狭いスペースで、安全面を優先しながら工夫に工夫を重ねて練習しているが、課題もある。まず1年生は、「申し訳ないけど、場所がなくて」(芝監督)別の場所での練習になっている。それに、全体でのノックのような、一体感のある練習ができない。

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僕らの熱い夏 2015
第97回全国高等学校野球選手権大会
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
[page_break:江戸川でやりたい / 秋から春にかけての成長]

江戸川でやりたい

監督を囲んで(都立江戸川高等学校)

 こうした環境でも一体感があるのは、選手のモチベーションが高いからだ。東京の東部エリアは少年野球が盛んである。都立江戸川のすぐ近くには関東一があり、修徳や、都立のライバルである都立篠崎や墨田工も遠くない。それぞれの学校には、中学生の時のチームメートがいる。そうした地域にあって、芝 浩晃監督は、中学生の試合を観に行くなど、スカウト活動はしたことがないという。

「声をかけて来てもらうより、江戸高でやりたいという子を相手にした方がいいというのがあります」

そう語る芝監督自身、江戸川の出身。母校で教育実習をしていた時に現在小山台の監督である福嶋 正信が赴任していた。福嶋監督時代に夏のベスト4を果たし、江戸川は強豪校へのきっかけをつかんだ。

 現在部員は、75人。加えてマネージャーが5人いる。また毎年2人、スポーツ推薦で入っている。
「意識の高い選手が入るという意味では、大きいと思います」と芝監督。主将の鈴木 啓大もスポーツ推薦で入学した。

「野球部の応援を観て、ものすごく楽しそうで、絶対に入ろうと思いました」と語る。鈴木は、春はあまり試合の出場機会には恵まれなかったが、高い意識でチームを引っ張る。芝監督も、「根っからのキャプテンなのかなと思います」と、信頼を寄せる。

 合宿所のある私立の強豪と違い、都立校の場合、食事など、日常の生活にはなかなか目が行き届かない。それでも芝監督は1年生に、1.8リットルのタッパーを渡している。
「これにご飯をいっぱい詰めて、体を大きくしろという意味の、入部の証ではないですが、私からのプレゼントです」と、芝監督は言う。

秋から春にかけての成長

 江戸川は2年前の夏、2年生左腕・髙橋 瑠平を擁して、ベスト8に進出した。昨年の夏は好投手同士の対戦になり、1回戦で敗れたものの、この2年間は、髙橋という絶対的なエースがいた。しかし秋になると投手はおろか、夏を経験したのが二塁手の加藤 将和くらいで、一からのチーム作りが始まった。

 秋季都大会は、初戦で墨田工に1対3で敗れている。初回に取られた2点が響いての敗戦であった。
「2点取られて、焦ってしまいました」と、鈴木主将は振り返る。

 4番を打つ加藤は、
と初戦敗退が続いたので、チームとしてはまずいという気になって、火がつきました」
と語る。選手たちは、サーキットトレーニングなど厳しい練習を自らに課し、成長していった。

 中でも、黙々と練習していたのが、秋は出番がなかった投手の浦壁 真也だった。久保 勇人コーチは、
「冬は、ピッチャーは練習を任せられるんですよ。何をしてもいい。そこで地道に、1日150とか200球の投げ込みをしていました」と振り返る。

 芝監督は浦壁について、
「入った時は、真っ直ぐが100キロ出るかどうかでした。体も強いわけではありませんでしたが、この冬大きく化けたというか、真っ直ぐも速くなりました」と語る。

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[page_break:夏に向けて]

 この春浦壁 真也は、背番号10ながらエースとして活躍した。初戦(2回戦)の都立上水戦は、やや打たれたものの9安打4失点の完投。3回戦は、ベスト8の地元のライバル・都立篠崎と対戦し、6安打2失点の完投。夏のシード校の座を確保した。

 4回戦負けている都立墨田工と対戦。浦壁が4安打完封で、秋の雪辱を果たした。
浦壁の投げ方はかなり独特だ。サイドから投げていたかと思えば、スリークォーターから投げるなど、変幻自在の投球をする。
「中学生までは上から投げて、高1の秋くらいからサイドにして、2年生の春に上も入れて、今の感じになりました」と浦壁は言う。

 浦壁をはじめとする投手陣の成長には、1人のコーチの存在があった。伊達 昌司(元阪神など)である。今年4月に府中西に異動したが、江戸川の教師として2011年から野球部を指導していた。
「どうやったら速くなるか、投げ方とか練習のやり方を教えてもらいました」と浦壁は言う。

 伊達コーチの存在は、芝 浩晃監督にとっても刺激になった。
「いろいろな経験をされた方ですし、取り組む姿勢などは私も勉強になりました。府中西に移られましたが、うちの練習試合の成績とかも気にかけて頂いていますし、私も伊達先生がどうされているか、気になります。夏は伊達先生に胸を張れる成績を残したいと思っています」
と芝監督は言う。

夏に向けて

加藤 将和選手(都立江戸川高等学校)

 江戸川の練習場の一角にある得点ボードには、3対11の7回コールドで敗れた、春季都大会準々決勝東海大菅生戦のスコアが表示されている。これは選手たちが自主的にしたことだという。
「(夏が)終わった時に、『あの負けがあったから』、と言えるようにしようとは言っています」と久保 勇人コーチは言う。

 この試合、1回表の二死から東海大菅生がダブルスチールを仕掛けたが、三塁で刺してアウトの判定。選手たちはベンチに引き揚げたところ、三塁手の落球を指摘され、守り直した。その直後に3ラン本塁打を打たれた。普通のチームなら、そのままズルズルと大敗するところだが、江戸川は2回に2点を返した。
「あの辺はちょっと力がついてきたかなと、評価しています。ただその後は、チーム全体で耐える力が足りなかったと感じています」
と、芝監督が言うように、4回以降、大量失点をしてコールドゲームで敗れた。

 そうした中、4番の加藤 将和は3安打と気を吐いた。
東海大菅生の投手は今までより速いということで、速い球を打つ練習をしました。速い球は得意です」
と、加藤は言う。

 準々決勝は大敗したといえ、東東京でベスト8に残ったのは4校だけ。夏は強豪の証である、四隅のシードに入った。それでも芝監督が、
「みなさん江戸川のヤマに入りたいと思うのでないですか。私が逆の立場でも、キャプテンに『江戸川のヤマを引いて来い』、と言いますよね」
と言うのも無理もない。他の3つのヤマは、関東一、二松学舎大付、帝京だ。だからこそ芝監督は選手たちに、「受け身になったらやられる」と、強調する。

 中心打者の加藤は、
「強い私立に勝って甲子園に行くのが自分たちの目標なので、全力で一戦一戦勝っていきたい」と語った。

 そして、芝監督や鈴木 啓大主将が口を揃えたのは、「チャレンジャー精神」という言葉である。それはある意味、向上心である。限られた条件の中で、少しでも強くなろう、成長しようとする強い気持ちが、江戸川の野球を支えている。

(取材・文=大島 裕史

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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