興南高等学校(沖縄)【前編】
投手に必要なバランスの整え方
2010年甲子園春夏連覇。以後も沖縄県を代表する強豪校として君臨し、今春には沖縄県大会優勝を果たした興南(沖縄)。春夏連覇の左腕エース・島袋 洋奨(中大~福岡ソフトバンクホークス)(2013年インタビュー)や、防御率0.39・31イニング連続無失点・10打者連続三振と驚異的な成績を今春沖縄県大会で打ち立てたエース・比屋根 雅也(2年)など、好投手の輩出にも定評がある。
では、その秘訣とは?今回は名将・我喜屋 優監督から、勝てる投手への必要なスキルやプロセスを紹介していく。前編のテーマは「投手に必要なバランス」について……。
「1年中野球が出来る」沖縄球児の問題点
興南といえば「好投手」。全国の高校野球ファン、高校球児の誰もがそう考えるだろう。最近だけでも2010年甲子園春夏連覇時の小さな大エース・島袋 洋奨。島袋の1学年上となる最速149キロ右腕・石川 清太(関東学院大~現:新日鐵住金鹿島)、島袋の2年下でこの春、九州産業大を2年連続全日本大学野球選手権出場に導いた高良 一輝。そして現エースの比屋根 雅也(2年)も然りである。
比屋根 雅也選手(興南高校)
そして彼らを育成したのは2007年から母校を率いる我喜屋 優監督。2010年に沖縄県高校野球史上最強チームを創り上げた名将である。ただ、その投手作りに関する思考は極めてシンプルだ。
「まず野球選手は体力が要りますよね。ピッチャーだからこそ、体の力がバランスよく備わっていなければならない。走る能力、走るフォーム、ジャンプ力、捻る力、そして物事には全てフィニッシュがあり、フィニッシュでの自分の体を支えてくれる筋力が必要です」
我喜屋監督は同時に沖縄県の野球環境ならではの問題点も鋭く指摘する。
「沖縄県は年中野球が出来る素晴らしい環境で、野球大国となりつつあります。ですが、それが逆にアダとなっているところもあるのです。年中野球ができるから、たとえば高校入学時からピッチャーとして入ってきている選手は、長年ピッチャーだけのポジションをやってきている。これは何もピッチャーだけに限らず、打者も同じことの動作を繰り返してきています。そういう意味では、とてもバランスの悪い子が沖縄には多いなと感じます」
確かに毎週末、沖縄県を巡ると少年野球・中学野球、そして高校野球。若者たちが野球をしている姿は比較的容易に見ることができる。が、その一方で原野を駆ける子どもたちの姿は……。指揮官の指摘は続く。
「そういう子を見ると、小さい頃からバランスの取れた運動をやってこなかったのだろうなと思っちゃう。沖縄県でも木登り、ビーチバレー、ストリートバスケなどができるのに。野球以外、何もしてこなかったという子がとても多い。
それでも沖縄県以外の都道府県には冬があるから、スキーやスケートで自然とバランスを覚えていく。それこそマット運動など、体操選手がやっていることを取り入れていれば、バランスはとても良くなるはずなのです。一般的には運動能力が一番高いのが沖縄県だと言われているけれども、僕は沖縄の子が一番悪いと思っているんですよ」
体のバネの強さや高い身体能力をベースにした高いパフォーマンス。沖縄球児の絶対的武器だ。ただ、興南には「足が速い、肩が強い=運動能力が高い」という認識は存在しない。自分のイメージ通りに体を使うことが必要だと考えている。
北国での経験を活かした「興南アップ」
我喜屋優監督(興南高校)
我喜屋 優監督が先ほどスキー、スケートの例を出して話を進めたのは、興南高校卒業後の野球経歴があるからだ。3年間大昭和製紙(静岡県富士市・現在は廃部)でプレーした後、白老町にある大昭和製紙北海道へ移籍。選手として1974年に都市対抗優勝。監督としても同野球部とクラブチームに移行した「ヴィガしらおい」で指揮を執る中、冬の期間は選手として大事な土台作りができる期間だと痛感したからだろう。
「走るフォームだって、体操選手のように綺麗なフォームでなくてもいいけど、動作というものは綺麗さが備わってなければいけない。そういうことで、入学当時の子を見て、まずそこができていないことが多いので、それを直すことからのスタートになるんです」
では、雪のない沖縄県でどのようにして投手をはじめとする身体づくり、バランスを整えるのか?出発点はアップの重要視。名付けて「興南アップ」だ。
「選手たちは常に動作を頭に入れながら、スケートの動きを取り入れてみたり、ジャンプ、バックラン、投げる動作などを繰り返すことでバランスのいい動きになっていきます。
中でもピッチャーは、その投球動作を1試合で100回から130、150回と繰り返すわけだから、後半崩れないためには下半身にしっかり最後まで維持できる筋力があるかどうかが重要となります。瞬発力と持久力×投球数の筋力が備わってないといけないということです」
そういえば、2012年の春夏甲子園連覇を唯一2年生レギュラーとして経験し、この春東京六大学史上31人目の通算100安打を達成した大城 滉二(立教大4年・遊撃手・侍ジャパン大学野球代表)(2015年インタビュー)は以前、こんなことを話してくれた。
「走塁を磨くために実戦を意識して、ヘッドスライディングなどを取り入れた練習をしている」
これと同様にピッチャーもただ走るだけではなく、いろいろな種類のアップを行っている。そうすることで、投手の意に必要なバランス、筋力が鍛えられていく。
歴代投手たちも歩んだ「興南アップ」からの成長
2010年春夏甲子園連覇を成し遂げた島袋 洋奨投手も、この「興南アップ」により投手として器を大きくした。島袋投手といえば、独特のトルネード投法。一般的に捻りが大きいフォームは、バランスを崩しやすく、制球を乱しやすい。悪影響を考えて、フォームを直す可能性も考えられる。
だが、我喜屋監督は島袋投手のフォームを尊重することとともに、「その投げ方でやりたいのなら、耐えられる筋力を鍛えよう」と伝えた。練習法として、3年間継続して階段を片足ずつ、ケンケンさせて鍛えてきた。その積み重ねが高校生トップクラスの左腕へと成長を遂げた。
この春の県大会決勝で10者連続三振を奪ったことで、一躍注目を浴びたエース・比屋根 雅也も、フォームこそ違えどかなりクロスステップして投げ込む特殊なメカニズムをしている投手。その比屋根ももちろん『興南アップ』で成長を果たした1人である。
比屋根の成長ぶりについて、我喜屋監督はこう語る。
「(比屋根が)一年生の頃だった昨年と比べると、動きや筋力が明らかに違ってきました。興南アップを半年もやれば、それこそ一般的な大学野球の選手並みのバランスの良い体力が作れるんです」
そこには好投手たちを育てた名将の確かな自信が満ちている。
かくして体が上手く使えるようにバランスを整える「興南アップ」について聞いた前編。後編では、我喜屋監督にブルペンでの投球練習から、実戦での投球の意識づけの部分を伺っていく。
(取材・文=當山 雅通)