千葉経済大学附属高等学校(千葉)【後編】
前編では、バントの重要性について語ってきたが、後編では、実戦感覚を失わせず、春に結果を出せる取り組みを紹介していきたい。
毎週の紅白戦で、実戦感覚を失わせない
打撃練習する村岡 勇樹選手(千葉経大附)
千葉経大附は、春になると格段に打撃力が向上する。クリーンナップだけではなく、下位打線の選手も鋭い打球を飛ばしている。昨春の準々決勝では千葉英和の140キロ右腕・重田 倫明投手を打ち崩し、7得点を挙げるなどしっかりと点を取って勝ち上がっている。
それが出来るのは、実戦で力を発揮するための手法があるからだろう。そのヒントとして、松本監督は、紅白戦を挙げた。なんと千葉経大附は冬場でも毎週1回の紅白戦を行っている。しかも、投手陣も登板しているのだ。
「もちろん、故障はさせないように、投げても2イニング。また球数の制限。気温の状況、天候などを見て試合をやるか決めています」
とはいえ、毎週、投手を投げさせての紅白戦を行うのは、なかなか無い発想だ。通常、オフの期間はトレーニングの期間と思いこんでしまう節がある。
「投手は休ませません。休んで良いのは本当にうまい選手だけ。うまくないので、1年中、ボールを握らせます。よっぽど寒い時は肩を痛めるので、やらせないですし球数も抑えますが、やはり感覚を失わせないようにしています」
実戦感覚を失わせない。それは野手としても大事になるだろう。プロの選手がキャンプへ向けて、「打席に立った時の感覚を修正していきたい」と話すが、千葉経大附の場合、いつでも実戦を組ませ、投手が投げたボールを打つことで、実戦感覚を失うことはない。また冬場の紅白戦は新戦力を見出す時期でもあるのだ。
紅白戦では、4チームに分かれて対抗試合を行う。ここで最も結果を出したチームはA班に入り、レギュラーを狙うことができる。結果を残せなかった場合はBチームに入るが、昇格のチャンスはいくらでもあり、Aチームの選手が少しでも気が緩んだ練習、プレーを見せれば、すぐに入れ替えを行う。全員にチャンスを与えて、首脳陣にアピールする機会を多く作っている。
「彼らは球拾いではなく、野球をやりにきたのだから、ゲームに出たい欲求は当然持っている。投手が投げて打つ、ゲームができるのは、Bチームの選手にとっても嬉しいわけで、それで結果を出して、すぐにAチームのメンバーに入ることができれば、めちゃくちゃ嬉しいじゃないですか。レギュラーの選手も結果を出せなければ、Bチームにすぐに降格。そういう危機感を持たせながらやらせています」
千葉経大附は、レギュラー入りするチャンスがたくさんあるのだ。それを無駄にしないためには、日頃からまずバットを振れる体力作りを行って、そしてどんな投手でも対応が出来るように、ティー打撃からタイミングの取り方を覚えて、実戦で結果を残すために何が出来るかを考えなければならない。そこに松本監督が大事にする「試合のための練習」を必然と行うサイクルが出来上がっていく。そのため、ここで急激に伸びて、春にレギュラーを獲得する選手も珍しくない。
「千葉経大附に入った選手はみんな力量的に同じで、そこからのスタート。だから早く伸びた選手は秋にレギュラーを取るかもしれませんが、冬に伸びて、レギュラーを上回る選手が出てくることも珍しくないですね。それが少ないと、チームは強くなっていかないんです」
レギュラーが固定されるよりも、新戦力が出てくることを望んでいる。
自分の立ち位置を理解させるのが紅白戦の目的
バントする鈴木 太一主将(千葉経大附)
毎週行われる紅白戦は実戦感覚を失わせない意図があり、新戦力を見出すチャンスがあることは理解出来た。またこの紅白戦は、自分の立ち位置を理解させる意味合いもある。
「打撃が本当にすごい選手は打撃練習だけをすればよい話になりますし、足が速い選手は走塁を磨くことになります。また、守備が上手い選手であれば、守備範囲の広さをアピールすれば、ベンチ入り出来る条件になるわけです。また野球の上手い下手に関係なく、ベンチワークが完璧に出来る選手も、それも条件になります」
ただ、紅白戦で目立つには打つことが大前提。そういう意味合いをしっかりと理解すると、どうやって打撃を強化するかを自ら考えるきっかけになる。
松本監督が意識しているのは、常識にとらわれないこと。バントこそを最重要視したり、毎週紅白戦を取り入れる。さらに、打撃の話題から逸れるが、投手には打たれてもいいので、まずはストライクに入れようと教えたりするなど、他の人にはない感覚を持っている。そのため練習メニューにも一工夫を入れている。
「例えば、キャッチボール、トスバッティング、ノック、フリー打撃というのが普通の学校の流れだと思うのですが、私たちの場合はキャッチボールまでしっかりとやる。トスバッティングはあまりやらないですね」
実施するのは大会の時だけ。松本監督はチーム全体でやる意味合いがないので、やらせていない。
「トスバッティングのメリットはミートを付けたり、そういう意味合いがあるかもしれませんが、それならば、個人でやりたい選手がやればいいですし、チーム全体でやる必要がないと思います。やらせないのが私の考えです」
全体練習が2時間なのは、個人で練習できるようなものを削った結果、短く収めることができるからだ。筋力トレーニングが自由に出来る施設もあるので、好きな時間にトレーニングが出来る。自主的に出来た方が、選手の伸びが早いと考えているからだ。
誰もがレギュラーになる可能性がある
千葉経大附ナイン
最後に打撃面でこだわっているのが、試合中に最も心掛けている『思い切り振ること』だ。
「当てにいく打撃はとにかく2ストライク追い込まれてから。ただランナー一塁の場合は、詰まってゴロを打って、併殺になるのも嫌なので、それだったら思い切って空振り三振でもOKです。当てに行く打撃は求めていません。また見逃し三振も認めません。しっかりとフルスイングすることを練習試合から一貫して行っています。それができるから、千葉経大附は打線が怖いと思われるかもしれませんね。
それができるように、パワーとミートを付ける練習を並行して行っているんです。そうすると、フラフラで、バットにも当らない、スイングも鈍い1年生が2年、3年になってくるとしっかりと振れるようになって強い打球を打てるようになります。千葉経大附はそうやって成長した選手がほとんどです。プロにいった丸 佳浩(広島東洋カープ)(2014年インタビュー)もそうでした」
今では侍ジャパンの代表選手に選出され、セ・リーグを代表する外野手に成長した丸 佳浩選手。入学当時、松本監督は丸選手のことを「プロにいける身体能力はある」と評価していたが、技術は不十分だった。1年生の頃まで三振することも多く、外野守備も経験がないので、上手くはなかった。
それでも犠打をしながらミート力を付ける練習と、トレーニングでパワーを付ける練習を並行して行った結果、2年生になってミートし始め、持ち味の長打力を発揮するようになる。3年生になった07年の選抜の活躍により、プロ注目選手にまで成長した。
他にも、04年夏のメンバーで、青学大を経て、プロ入りした井上 雄介投手(元東北楽天ゴールデンイーグルス)は、中学時代、三塁手だった。しかも肩が痛くて、投手をやりたくないといっていた選手だった。松本監督は井上投手に肩が痛くならないフォームを指導し、投手としての才能を開花させた。松本監督との出会いがなければ、プロ入りはなかっただろう。
一つ言えるのは、千葉経大附は努力をして、結果を出せば、チャンスを与える環境であり、そして打撃技術とパワーをしっかりと身に付ける具体的な方法論があるのだ。そうやって強打者、巧打者を育てあげてきた千葉経大附の伝統は、これからも続いていく。
(文・河嶋宗一)