Column

県立松山東高等学校(愛媛)【前編】

2014.12.01

 「がんばっていきまっしょい」を創るコミュニケーション術

 夏の愛媛大会準優勝。2年生選手9名、うち夏の経験者わずか2名で闘った秋の愛媛大会でも再び準優勝。63年ぶりの秋季四国大会出場(4回目)を勝ち取ったのは県内きっての進学校・愛媛県立松山東高等学校である。
第二次世界大戦前後には春1回・夏2回の甲子園出場。夏の全国制覇1回。かつては「名門」は今なぜ再上昇の時を迎えたのだろうか?そこには同校独特の気合い入れ「がんばっていきまっしょい」を創る多彩なコミュニケーション術があった……。

正岡子規など偉人を多数輩出した松山東

松山東高等学校の校舎

 県都・松山市の県庁・市役所が立ち並ぶ中心街から北東へ進むこと約2kmにある愛媛県立松山東高等学校。旧制松山中・第一中から現在までの卒業生数は44,177人。校地には「昭和53年10月4日」の日付が記された創立100周年記念碑や、江戸時代の1828年(文政11年)に松山藩の藩校として創設、同校の母体にあたる「明教館」(1938年<昭和13年>移設)が当時の姿のまま佇み、すれ違う生徒たちは快活な挨拶を客人に交わす。そして1965年から今まで約半世紀続く同校独特の掛け声「がんばっていきまっしょい」の石碑。その場にいると松山東が培ってきた伝統と進取の気風を存分に感じることができる。

 校舎を入ってすぐに、それらの成果はある。後に田中 麗奈さん主演の映画やTVドラマでも話題となった松山東OG・敷村 良子さん原作「がんばっていきまっしょい」のモデルになったボート部の全国制覇表彰状など、ショーウインドーは運動部・文化部の栄冠で彩られている。さらに目を移すと、中央一番下には「1950 優勝 全国高等学校野球連盟」の盾と真紅の大優勝旗の写真が並んでいた。誰あろう、これぞ松山東野球部の名門たる証である。

 1889年(明治22年)に後に日本が世界に誇る俳人となる一中(現:東京大学)生・正岡 子規が伝え、1892年(明治25年)に設立された「球技同好会」が起源の野球部。1933年(昭和8年)には春夏連続甲子園出場。1950年(昭和25年)には松山商を商業科として統合したチームで夏の甲子園を全国制覇するなど、1970年・80年代までは県内屈指の名門として鳴らしてきた。よって優勝旗は松山商に保管されている一方、この盾は今も松山東の伝統を象徴するものとなっているのだ。

 とはいえ、時代は勢力図を変化させる。2004年(平成16年)春の愛媛大会で54年ぶり3度目の優勝し、4回目の春季四国大会出場。順位決定戦でもセンバツ初出場初優勝帰りの済美相手に0対4と健闘し、第3シードで迎えた夏の愛媛大会。

 1回戦で前年覇者の今治西を下すも、松山商との兄弟対決となった3回戦では3番・泉 洋介遊撃手(当時3年~創価大)の2打席連続アーチなどによる序盤の4点リードを守り切れず7回コールド負け。この久々に訪れた甲子園へのチャンスを逸すると、以後の愛媛野球は進学校の実績を守りながら強豪であり続けたい松山東の台頭を許さないものとなっていった。

 2007年4月には、堀内 準一監督が就任。選手時代の1983年秋に準々決勝で乗松 征記三塁手(現・済美監督)が主将だった松山商と互角の好勝負を演じた捕手は関係者の期待を背負い母校の監督に。しかし最高成績は2007年・2011年秋の県8強入りまで。夏の愛媛大会では2009~2012年にかけて4年連続初戦敗退と辛酸も舐めることに。いつしか「名門」の称号は「古豪」へと変化してしまった。

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名門「再上昇」へ

第96回愛媛大会の準優勝盾と表彰状

 しかし、彼らは再び立ち上がる。2013年春の愛媛県大会で春は9年ぶりとなる8強入りを果たすと、同年夏は5年ぶりの1勝。中予地区1年生大会で初優勝、愛媛松山ボーイズ時代から走・攻・守共に能力の高さを買われていた村上 貴哉(3年・遊撃手)主将をはじめ、県内の中学有力選手を多数含んだ選手25人、女子マネジャー1人が入学時から1名も欠けることなく最上級生となった新チームも、秋は県大会1回戦で逆転サヨナラ負けしたが、タレント集団の帝京第五を最後まで苦しめた。

「カリスマキャプテン」と堀内監督も存在の大きさを認める村上を腰痛で欠いた春は中予地区予選敗退に終わったが、ノーシードで迎えた、「松山東」の名は久々に愛媛野球の主人公となった。

 3回戦でセンバツ出場校の第1シード・今治西に対しては、相手の焦りを見逃さない守備と2年生エース・亀岡 優樹の7安打完封により、1対0で19年ぶりの夏8強へ。準々決勝南宇和をコールドで下し44年ぶりに進んだ7月28日の準決勝でも3回戦で安樂 智大済美3年・東北楽天1位)を打ち崩した東温打線を、亀岡が8安打を喫しながら2点に封じ、最後は自身のサヨナラ打決勝へ。西条北(現:西条)と対戦した1951年(昭和26年)以来実に63年ぶりの快挙に、[stadium]坊っちゃんスタジアム[/stadium]は老若男女問わないOBたちの歓声に包まれたのである。

 準決勝翌日、愛媛小松(試合レポート)との決勝戦。松山東は4回表に本来は控え捕手も一塁手で今大会初先発した米田 圭佑(2年)の適時打で先制。しかし、ここまでの6試合で全て先発かつ連投となった亀岡が5回以降毎回失点。ついに力尽きた……。

 1対10。64年ぶり3回目の夏の甲子園出場は夢と散ったが、名門復活を印象付けるには十分な成績。それでも堀内監督は選手たちの健闘をねぎらう一方、今後に大きな不安を抱いていた。

「次の2年生選手は9人(他、1年生選手22人、2年生女子マネジャー2名、1年生女子マネジャー1名)。その中で試合に絡んでいたのは亀岡 優樹と米田だけ。今までのようにはいかない」

 ただ、指揮官の懸念は今までのところは杞憂に終わっている。その大きな手助けになっているのは「朝練習」だ。

チーム内 コミュニケーション術

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選手間コミュニケーションで創られた「朝練習」

早朝練習の様子
左から現主将・米田 圭佑、前チーム主将・村上 貴哉

 午前7時過ぎ。朝練習の手伝いに入る高橋 健太郎・前部長の打った打球が、朝日に照らされながら体育用ジャージにウインドブレーカー着用で守る外野手たちの頭上へ舞う。放課後はサッカー部・ハンドボール部・陸上部・ラグビー部などでひしめき合うグラウンドだが、さすがにこの時間は野球部以外の姿はほとんど見当たらない。8時20分に始まる「読書の時間」までの1時間余り。これが松山東の強さを支える「朝練習」である。

 他にもキャッチボール、堀内 準一監督が打つ内野ノック、大屋 満徳部長が見守る中行われるウエイトトレーニングに、捕手陣はピッチングマシンを使った捕球練習。時間を惜しむように選手たちはそれぞれの課題に取り組んでいる。

 とはいえ、数年前はこの「朝練習」習慣は松山東に存在しなかった。創始者は前主将の村上をはじめとする現3年生たちだ。来春からの晴れ舞台での躍動を期し、現在も朝練習に参加しながら下級生とコミュニケーションを図る村上にきっかけを聞いてみた。

「自分たちの代は選手だけでも27人いたので、地方大会の20人枠にしても誰かがベンチ入りから漏れる。だから競争心がはじめからあったんです。その中で夏になったくらいから、朝練習をするようになりました」(村上)

 最初はバックネット裏にある室内練習場を使い、ひっそりと始まった朝練習だが、徐々に選手間がコミュニケーションを取り、問題点を洗い出すうちに現在のグラウンドを存分に使う形に定まった。

 この朝練習効果は試合でのアドバンテージにもなっている。「確かに朝の第1試合であっても動けないことはないです」(堀内監督)。松山東の放課後最終下校時刻は19時10分。すなわち彼らは体内時計的にも常に高校野球試合モードで臨んでいるのだ。その証拠に、松山東は今夏愛媛大会6試合中5試合を占めた第1試合で全て先制している。

 かくして「村上組」の作ったよき伝統は米田 圭佑が主将となった「米田組」にも引き継がれた。そして中予地区新人大会1回戦・松山工業に延長10回・タイブレーク(注:愛媛県高野連では今年度、新人大会と1年生大会のみ試験採用)で敗れた直後、彼らは4月から半年間チームに加わっていた横山 祐輔コーチ(現在はサモアで青年海外協力隊ボランティア研修中)をオブザーバーに交え、新たな目標を設定する。

「泥臭く(中予地区予選から愛媛県大会決勝進出まで)5勝」

「限られた練習時間の中で何をしていくかを決めていった」(2年・中堅手の酒井 悠祐)その方法論を堀内監督はあえて選手たちに託している。「朝練習や、全体練習でもキャプテンが『今日は選手だけでミーティングをしたい』と言えば、それだけにすることもあります。もちろん方向性がチーム方針と違えば注意はしますが、今のチームはそうはなっていないので」

 では、選手側ではどんな思考でこの秋を闘ったのだろうか?

 後編では、松山東の選手たちが力を発揮するためには、欠かせない選手間のコミュニケーションの中身について触れていきます。お楽しみに!

【続きを読む】県立松山東高等学校(愛媛)【後編】

チーム内 コミュニケーション術

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(取材・文 寺下 友徳

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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