東邦高等学校(愛知)
なぜ東邦は強打とスピードを兼ね備えた選手を育てられるのか
愛工大名電、中京大中京、享栄とともに愛知私学4強として注目される東邦。この夏、激戦の愛知大会を勝ち進み、6年ぶりの甲子園出場を果たした。東邦は1年生投手・藤嶋 健人の快投が大きくクローズアップされたが、さらに強烈な印象を与えたのがスピードと攻撃だ。
甲子園の日南学園戦(試合レポート)では初回、1番の鈴木 大輔が中前安打。鈴木は守っていたセンターの僅かな隙を見逃さず、一気に二塁へ。この二塁打をきっかけに、11得点を入れ、快勝した。
鈴木だけではなく、昨年、プロ入りした関根 大気(横浜DeNA)は高校通算31本塁打を放ったパンチ力と高い脚力を兼ね備えた選手として、東邦打線の起爆剤となった。
関根、鈴木に限らず、スピードと打撃力を備えた選手が毎年いるのが特徴だ。どんな取り組みで、選手を育てあげているのか。今回は、走塁面、打撃面の2つにしぼり、東邦の取り組みに迫った。
少ない時間のなかで、走塁の意識を高める
走塁シーン(東邦高等学校)
まず走塁についてどれだけの意識をかけているか。チームを率いる森田 泰弘監督は
「走塁については重要視しています。高校生からすれば、塁上に盗塁が出来るランナーがいると大きなプレッシャーになりますし、走塁はとても大事です」
相手から嫌がられるためにも走塁を重要視していると語った。だが走塁だけを特化できない事情があるようだ。
それは時間的な制約だ。
名門校になると夜遅くまで練習できるチームが多い中で、実際はグラウンドから最寄り駅まで行くバスが20時過ぎに出発するので、それまでに練習を終えないといけない。
選手たちは授業を終えた後、バスで移動をして、グラウンドに到着するのが16時頃。アップを終えて、練習開始になるのが16時半。
時間は3時間から3時間半。アップを合わせても4時間だ。この時間内で、走塁だけに特化するのは難しい。
「打撃を伸ばしたいと望む選手も多くいます」
指揮官としては選手が希望するスキルを伸ばしてあげたい。そういう背景があって、走塁だけを強化することが出来ないのだ。
時間に制限がある中、走攻守すべて引き上げるには何かとミックスをして、行った方が効率がよい。東邦が走塁練習を行うのはシート打撃の中だ。一、三塁など状況を設定しながら取り組み、そして土日の練習試合で、走塁技術や勘を身に付ける。
走塁練習で大事にしていること
本塁を狙う走者(東邦高等学校)
走塁練習で大事にしているのは、
・ヒットが出た時は外野がファンブルした動きがあれば、迷わず二塁を狙う
・投球がワンバウンドする前に走る
・変化球で走る
この3つだ。ミスが出たら、すぐに次の塁を狙う。この意識が徹底されているからこそ、鈴木が甲子園で中前安打から相手野手の僅かな隙を突いて二塁を陥れた走塁が出来たのだろう。
次に投球がワンバウンドする前に走る。ワンバウンドした投球は捕逸になりやすく、進塁がしやすい。しかしワンバウンドしてからでは遅い。
ワンバウンドする前に走れば、進塁しやすい。一瞬の勝負となる走塁では、相手選手のミスを察知し、走ることが出来れば、成功する確率は高い。
ストレートより遅い変化球で走れば、当然、盗塁で成功する可能性も高くなる。だが走るには、相手チームの配球の傾向を掴む必要がある。偵察で配球の傾向を掴んだり、また観察力のある選手が癖を見抜いて、情報を共有。
むやみに走るのではなく、自重することも大事。走れるタイミングは森田監督がサインする。
「私は1球ごとにサインを出します。1球ごとというのは、相手が牽制球を投げてからも、サインを出します。ここは行ける、ここは止まれと。うちは『絶対に走れ』というのはありません。行けたら行けが基本です」
行けたら行け。この指示で走れる選手は積極性がある選手が多いと森田監督は語る。プロ入りした関根もまた積極性が優れた選手だった。
「関根は脚力自体は素晴らしいものはありましたが、走塁の勘があまり良くない選手だった。ただそれを補う脚力はありましたし、何よりも失敗を恐れない積極性が素晴らしかったので、強みをどんどん生かすことができました」
東邦は積極性があり、さらに自主的に判断が出来る選手を育てている。
[page_break: 選手同士でも指摘しあって、走塁を伸ばす]選手同士でも指摘しあって、走塁を伸ばす
左から溝口慶周、主将・寺本 達生、大坂凌平(東邦高等学校)
「はっきりいえば自分は足があまり速くない選手です。ですが、小さく回ることは足が速くても、遅くても、誰もが出来ることなので」
走塁練習では、選手がベースを大きく回ったりすることがあれば、すぐに指摘しあって走塁技術を磨いている。
ただ、走塁は技術だけではなく、いかにして脚を速くするかについても意識することも大切だ。ただ走塁は技術だけではなく、いかにして脚力を速くするかについても意識することが大切だ。
チームとしてどんな取り組みをしているのか。森田監督はこう語った。
「走塁で大事なのはタイムにこだわることですね。速いタイムにするには、いかにトップスピードに乗れるかが、大事なんです。じゃあトップスピードに乗るにはどうすればいいか、私は瞬発力が大事だと思うんです。その瞬発力を高めるには、どういう練習をしているかというと、ダッシュの積み重ねです」
東邦が取り組むダッシュは階段ダッシュだ。高校から徒歩数分で平和公園という公園がある。週1回、二組に分かれ、片方はグラウンド、もう片方は公園でトレーニングが行われている。平和公園には100段の階段がある。この階段ダッシュを1日20本行う。
「終えた時はもうへとへとですね」と語る選手たち。また階段を降りる時に背筋を伸ばした姿勢で下りることで、体幹も鍛えている。さらに敏捷性をつける意味では、トレーナーの指導の下、TRX(サスペンショントレーニング)を行う。
様々な種目のトレーニングがあり、「全身がバリバリ鍛えられますし、ダッシュとはまた違うキツさがあります」と答える。
東邦の走塁練習では、
・ヒットが出た時は外野がファンブルした動きがあれば、迷わず二塁を狙う
・投球がワンバウンドする前に走る
・変化球で走る
この3つの徹底事項を大事にし、走塁技術を磨く。トレーニングでは、階段ダッシュとTRXで瞬発力と敏捷性を高めている。
[page_break: 強打の秘訣は動く球を数多く打つこと]強打の秘訣は動く球を数多く打つこと
走攻守三拍子揃った鈴木大輔(東邦高等学校)
ここまで東邦の走塁技術の鍛え方について話を進めてきたが、冒頭で説明したように、東邦は俊足と強打を兼ね備えた選手の育成が上手い。
そこで、どのようにして打撃力を強化しているかについても話を伺った。チームによって打撃強化法は様々だが、東邦は「動く球を数多く打たせる」ことを最重要視している。
「打撃強化はいかに動いたボールを数多く打てるかだと思います。もちろん素振りも大事です。出来れば、1000以上は振ってほしいが、数を振ることが目的になって、中身のない練習になるのは意味がない。最大の強化はいかに動いているボールに対して、対応力を高めるか。動くボールを打つ数が多ければ、多いほど良いと考えております」
東邦は3学年で、部員90人前後。その中で、全選手が打てるように工夫を凝らしている。まずフリー打撃では、1人につき最低5分打てるように心掛け、最大で7カ所も設置する。
そしてグラウンドに隣接されている雨天練習場にも4台のマシンを設置し、とにかく来たボールを打てる場所を増やす。そしてマシンもそれぞれコースを設定する。
「真ん中のボールを打つだけでは意味がない。両サイドのボールを打てるようにすることを必ずポイントにしています」
森田監督が語るように、右投手の外角、内角、左投手の外角、内角、球種もストレート、カーブ、スライダーを設定する。この夏、愛知大会と甲子園を含めて3本塁打を放った溝口は、外角球を打つ練習をしている。
「打ったコースは全てインコースでした。外角の対応が課題なので、今度はアウトコースを強く叩けるようにしたい」と自身の課題を挙げた。
ここで大事にしているのは、失敗を重ねても良いからどんどん打つことだ。
「例えばインコースを打つときに、なかなか打てないことがあると思います。打てない原因は何なのか。ヘッドが出てこないのか、スイング軌道がスムーズではないのか。いろいろな原因があります。
その原因を克服するには、自分で考えること。我々はそれは見守るだけ。何かあれば、こうじゃないかと提案をします。とにかく失敗、失敗を重ねながら、打てるようにするにはどうすればいいか。それは自分で考えてほしいですね」
そう、森田監督は語る。この打ち込みは年間通して行われる。その積み重ねで、強打・東邦が築かれるのだ。
[page_break:]秋は競争態勢で鍛えたい
寺本達生(東邦高等学校)
主将の寺本 達生は主砲の溝口やエース・藤嶋に頼りすぎてしまい、自身が打てなかったことを反省点に挙げた。
「本当にこの2人に頼りすぎてしまいましたし、秋では全く打てなかったです。自分は力がないですし、春はレギュラーが取れるように、この冬は懸命に練習に取り組んでいきたい」
そして主砲の溝口はこの秋から捕手を任されている。捕手として、そして打者としての課題を語った。
「前チームの正捕手だった峰 洸平さんから学んだことを思い出しながら、成長をしていきたいと思います。峰さんは劣勢になっても、しっかりと声を出していて、ベンチの雰囲気を明るくしていました。自分はそれを見習っていきたい。打者としては現在、高校通算20本塁打なので、30本まで乗せていきたい。そして逆方向にも本塁打が打てる技術を身に付けていきたいと思います」
[page_break: 一冬で大きく伸びた先輩たちの取り組みを良い伝統にしたい]一冬で大きく伸びた先輩たちの取り組みを良い伝統にしたい
藤嶋健人(東邦高等学校)
森田監督は、このチームに対する期待は高い。
「今年のチームは潜在能力が高い選手が多く、上手く成長を描くことができれば、全国で戦えるチームになる可能性は秘めている」
長い冬を迎えた東邦ナイン。過去の例を見れば分かるように、プロ入りした関根は秋までドラフト候補に挙がる選手ではなかった。一冬で長打力を身につけ、ドラフト候補に名乗り挙がる活躍を見せ、今年、甲子園に出場した選手も一冬の猛練習で力を付けて甲子園出場を掴んだように、飛躍的に力を伸ばしてきた。
その流れを良い伝統にしたいと首脳陣も選手も望んでいる。主将の寺本は先輩たちの姿を見てこう学んだという。
「先輩たちは何を目指すのか。そのための方向性がしっかりしていて、練習に取り組んでいた。またやるときとやらないときのオンとオフの切り替えが素晴らしかったので、それを見習いたいです」
良い伝統を引き継ぎ、今度は先輩たちが果たせなかった全国制覇へ向けて、東邦ナインは厳しい冬を乗り越える。
(取材・文 河嶋 宗一)