Column

高崎健康福祉大学高崎高等学校(群馬) 【後編】

2014.12.14

 この夏の公式戦10試合で61盗塁を記録し「機動破壊」を打ち立てた健大高崎の取り組みを前編・後編の2回に分けてお届けしています。今回は、実際に甲子園でも活躍した2選手が登場!走塁についても語っていただきました。

健大高崎 野球部訪問【前編】はこちらから!

心理+思考&応用=スペシャリティー

走塁練習の様子

 前編で紹介したように、「走塁に関して頭抜けた力を持っている」という慢心は健大高崎にはない。同等以上の取り組みをしている高校が全国にはあることを知っている。ただ違うのは、「走塁は心理である」(詳細は前回の野球部訪問記事を参照)という独特の着眼点だ。

 健大高崎では入学直後に県内で行われる1年生大会の時点から、徹底した走塁意識を叩き込まれる。なによりも優先されるのは「積極性」の植え付けだ。
指導陣が責任を持って走らせ、選手に成功することで得られる快感を味わせ、自信を持たせる。失敗に対して責められることはない。その代わり、躊躇は許されない。

 その後、徐々に選手自身の判断を磨いていって「決断力」をつけさせる。その素地となるのが年間多く行われる練習試合だ。「練習試合でランナーに出たら、3球以内に盗塁をしないと交代」(青栁)というほど要求は高い。これを徹底することで選手自身のなかに「感性」が育っていく。

 まずは選手たちにポジティブな心理を浸透させたあと、次にピッチャーとの心理的駆け引きを覚えさせる。これを愚直に練習、練習試合で続けていくと感覚的に「盗塁できる」空気を察知できるようになるという。

「実際に甲子園では僕が『いける』と思った時に80~90%の割合で選手も走ってくれた。見ているとなんとなく、としかいいようがないのですが、牽制が来るのか来ないのかわかるんです。その感性が共有できましたね」と葛原コーチ。

 でもここで終わってしまったら「機動破壊」のスペシャリティーは生まれない。さらに選手たちに「思考」と「応用」も求めるところがポイントだ。

「たとえばリード幅は、僕が相手チームの監督になったつもりで三塁側ベンチから見て、『嫌だな』と感じるであろう位置まで広げさせます」
またスタートから一気にトップスピードに乗るために筋力以外にも反射を使うことも明かしてくれた。
「盗塁のスタートも、最初の5歩で身体が起き上って無駄な空気抵抗を受けないように教えます。

 1歩目は右足を転倒するぐらいまで倒す――“右足を抜く”と言っているんですが――と、反射で左足が出る。反射は意識するより反応が速いですから、慣れればより速く一歩目が出せるようになります。
あとは、どの塁上にいても、バッターがスイングしてインパクトする瞬間に“足を合わせる”ことにこだわってます。

 反時計回りに走る野球は右足スタートが基本。その右足が一歩目を踏み込むまでの間に、インパクトを見てゴーかストップかを判断するんです。こういったことが基本で教えること。ただ、同様のことをやっている高校はあるし、もっと突き詰めている高校もある。絶対に教えるべきメニューにすぎません。ここから先、教えられたことに何をトッピングするかは選手たちが考えることです」

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[page_break:1大会盗塁タイ記録をマークした平山敦規選手が語る]

1大会盗塁タイ記録をマークした平山敦規選手が語る

平山 敦規選手

 ここで、この夏の甲子園で活躍した2選手に登場してもらおう。まずは93年ぶりとなる1大会盗塁タイ記録(8盗塁)をマークした平山 敦規選手だ。

「もともと足には自信があって、それをいかしたくて健大高崎に入学しました。盗塁で重要なのは迷わないことです。僕も入学直後は迷いがあってうまくスタートが切れませんでした」

 50m走のタイムは6秒ジャスト。確かに俊足だが、全国には5秒台を記録する選手もいる。なぜ彼が、93年ぶりとなる盗塁数を記録できたのか。

「走塁はメンタルとスタートだと思っています。まず迷いをなくすことで、思い切ったスタートができるようになります。僕の場合は、リード時に右足を少し後ろに引いて構えると、スタート時に二塁へ体を向けやすいと感じています。
あとは体が起き上らないように注意しながら、右肘をひいて左肩を思いきり回転させて二塁側を向いてから加速することを心がけています」

 葛原コーチの評価は「単純に速いうえに決断力がある」。その“速さ”に対するこだわりはスライディングにも見て取れる。

「スライディングはベースギリギリのところまでしません。なるべくベースの近くまで走ってからお尻が地面につかないように、膝下で地面を滑るイメージです。そうすることで加速を最大限いかせますし、スライディング時の摩擦による減速を抑えられる。

 なるべく加速した勢いそのままに次の塁に到達したいんです。だから、僕のスライディングは膝が伸びていないんですよ。伸ばしてしまうとベースに突っかかってしまうので」

 自分なりに考え、応用していることがよくわかる。平山選手はこだわるタイプだ。

「スパイクにもこだわりがあります。速さを追求するなら軽量のものを使おうと、入学後に選んだものがあるんですが、以来、ずっと同じメーカーのものを履き続けています」

平山選手のように、健大高崎に用具へのこだわりを持っている選手は多い。そういった面もまた、機動破壊の実現を高めていることは間違いないだろう。

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[page_break:俊足スラッガーの脇本直人選手が語る]

俊足スラッガーの脇本直人選手が語る

 お次に登場していただくのは、千葉ロッテから7位指名を受け、同校初のプロ野球選手となった脇本 直人選手(独占インタビューはこちらから)。高校通算57本塁打のスラッガーでありながら俊足でもある。

「僕は打つ方を主眼として練習を重ねてきました。走塁はチームとして取り組んできたので、やればできるかなと(笑)。入学直後から走塁練習はするのですが、ベースランニング、コーナリングから始まり打球判断まで……だんだんと難しくなってきて、よく怒られました。でも日々やっていると身についてくるんです」

 正直、走塁に対する意識は低いと言いきる。プライドやポリシーもない。だが――

「相手ピッチャーとの駆け引きを大事にしてます。最初の頃は自信がなくて盗塁時もスタートが遅れていましたが、徐々にそんなこともなくなっていきました。すると、気持ちを強く持ってスタートを切れるようになった。

 大きかったのは余裕を持って帰塁できるようになったことです。多少逆を突かれても帰塁できる余裕が生まれたことで、スタートの思い切りが生まれたというか」

 葛原コーチいわく「脇本は野性的。怖いもの知らずなので、練習中も確率の低い走塁をよくする。なのでよく怒る」とのこと。ただ、本人は走塁面で鍛えられた心理の駆け引きをバッティングにも応用していた。

「相手ピッチャーがランナーを警戒して牽制をしてくれると、バッターボックスに立っているこちらとしては、その間に冷静に考えられるんです。投球に対する準備が整うといいますか。すると、思い切ってスイングできる、という自信が生まれてくるんです」

 甲子園4試合16打数8安打7打点の打棒の裏には、機動破壊の恩恵があった。

 脇本選手はどちらかというと感覚で判断するタイプで、好対照な2選手だが、各々で自分に合った思考、応用をして結果を導いているのが興味深い。

 このようにチームとしてはオリジナルの戦い方をしつつ、選手個々にはスペシャリティーをもたらす。この特徴が前面に出た野球をすれば、甲子園でインパクトをもたらしたのも当然といえる。

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[page_break:「最高でも」から「最低でも」へ]

「最高でも」から「最低でも」へ

常に走塁への高い意識を持って練習に取り組む

 最後に聞いてみたいことがひとつ。年々進化を遂げる「機動破壊」はこの先、どこに向かおうというのか。

「試運転の段階ですよ」と断りつつ、まだ監督にも伝えていないというプランを葛原コーチが教えてくれた。

「これまでは『1アウト三塁の状況を作る』というのがひとつの指標でした(詳細は前回の野球部訪問記事を参照)。ノーアウトでランナーが出たら盗塁して送りバント。それで1アウト三塁にしてノーヒットでも得点できる状況を作り出す。それが甲子園でもできて、評価もされました。が、僕はここに疑問をもっています。

 まず出塁する技術、次に二盗する技術、そしてサード側に送りバントする技術があって、ノーヒットでもホームに生還する技術……これだけ緻密な技術を積み重ねて1点しか取れない。大阪桐蔭さんなんて一振り(ホームラン)で1点取れるじゃないですか(笑)。

今、うちはノーアウト二塁の場面までは作れるベースができつつあります。ただ、そこから送りバントをしてしまうと、最高の形が1アウト三塁の状況になってしまう。そこを最低の形でも1アウト三塁の状況にしたいんです」

 つまり、ノーアウト二塁からヒッティングをしかける。
「ヒッティングして、一塁か二塁ゴロなら無条件でランナーは三塁へ進めます。最近はショートゴロでも三塁へ進められるようになってきた。サードゴロでも送球間に進塁できる。三振でもショートバウンドの投球だったら振り逃げ間に進塁できる。

 バッターに力があれば外野フライで三塁へタッチアップできる。……つまり内野フライ以外なら進塁できる確率は高いと考えています。であれば、ヒッティングでもいいのではと。もし内野を抜ける打球が打ててノーアウト一、三塁にでもなれば一気にビッグイニングを作れるチャンスになりますから」

 でもそのためには、チームに新たなピースが必要となってくる。
「さらなる打力アップが必須です。たとえば、一塁ランナーを警戒するピッチャーはアウトローのストレートを中心に組み立ててきます。そのボールを打ち返す力がなければコース、球種がわかっていたとしてもやりくりされてしまう。
また、外野手の前への打球というのは走塁をしかけにくいものです。単純に送球距離が短くなりますから。前に守られるとタッチアップのタイミングやハーフウェー位置にも影響してきます。

そうならないためには、外野手を後ろへポジショニングさせるだけの打力が必要になっていきます。もともとは打力がなくて始めた機動力強化ですが、今はまったく逆です。機動力をいかしたかったら打てなくてはダメだと(笑)」

「最高でも」から「最低でも」へ。機動破壊にはまだ登るべき階段があった。健大高崎にとって、もはや走塁はリスクをおかすものではなくなりつつある。

「三盗はノーリスクです。しかけるときは絶対にアウトにならない。むしろ二盗の方がまだリスクがあります」といいきるレベル。
多くのチームにとって、機動力でしかけることは「ハイリスクハイリターン」という意識がある。だが、健大高崎がこれから目指すのは「ノーリスクハイリターン」という領域だ。

 次回「機動破壊」の言葉が甲子園にお目見えするときは……、いったいどんなインパクトを我々に与えてくれるのだろうか。

(取材・文/伊藤 亮

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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