横浜市立南高等学校(神奈川)
横浜を筆頭に東海大相模、桐蔭学園、桐光学園に慶應義塾など全国的にも知られている強豪がひしめきあっている神奈川県。選手権神奈川大会に参加する190校は全国最多。その頂点に立つのは並大抵のことではない。まして公立校にとって、その壁はとてつもなく厚い。そんな中でこの春、横浜市立南高校がベスト8に進出した。準々決勝で慶應義塾に敗れたものの、夏を占う上で外せないチームとしてファンの記憶に刻まれた。
学校の前の通りはかつて「南高通り」と呼ばれていた。その通りに面した正門から入ると、校舎の脇にスタンド付きのグラウンドがある。これが、野球部の専用球場である。
地域の人たちの協力で育てられた「南高」
グラウンドに恵まれない都会の公立校をイメージしていると、驚いてしまうほどの充実した施設。これは、市立校でもある南高が、60年前の創立の際、同じく市立の横浜商の普通科的な位置づけだったことと関係がある。地元の有志たちが学校を「誘致」したという。さらに、グラウンドの用地を彼らが準備したとのこと。まさに地元の人たちに支えられてきたチームであった。
高校野球と地域社会が良好な関係を保つことは理想だ。それを形にしているのが、南高校と地元の関係と言える。
学校すぐ前の信号にも「南高」の表記
県下の公立校の中でも南高は組み合わせにおいて、好条件ということが言える。また、今の3年生をはじめ、近内監督も含めて、「このグラウンドがあるから、公立校で野球をするならここだと思った」という意識で南高を選んで入学してきている選手も少なくない。なので目的意識の高い選手が集まる傾向にある。それに、進学校としての実績もある学校なので、親としても安心して子どもを進学させられるということもあるだろう。
とはいえ、それだけでベスト8に残れるほど神奈川県の野球は甘くはないのは確かだ。どのような練習を積んでいったのだろうか。
自分たちの野球をやっていこうという意識
四番の源春喜君
部員数は3年生がマネージャーを入れて15人、2年生は9人と決して多くはない。火曜日と木曜日は7時間授業、しかも夜7時完全下校など規制も多い。そこを、自主的な朝練習では専用球場という利点を生かしてフリーバッティングに打ち込めるということで補ってきた。
今年のチームは2年生の時から試合に出ている選手が多く、経験値という点では新チームができた時から、近内監督もある程度は行けるのではないかという手ごたえはあった。特に、二塁手と遊撃手というセンターラインが残ったのが大きかった。そして、そのチームで秋季県大会はベスト16にまで残ることができたのだ。
ベスト8進出をかけた4回戦で桐蔭学園と対決して敗れた。敗因を「相手を意識し過ぎていたということもあったと思います」と、主将の日小田 優太は分析する。そして、それを反省材料として、春季大会には「相手はどこであろうと、自分たちの野球をやろう」という意識を徹底していった。
「自分たちの野球」——
とても便利な言葉だ。方針のさだまらないチームがエクスキューズとしてはだが……。
しかし、南高校は、その「自分たちの野球」を明確に把握していた。それは、「僅差で競り合っていきながら、試合の流れの中で必ず訪れる終盤の好機に勝負を賭ける」という野球だ。近内監督の言葉で補うと「打撃のチームで打ち勝っていく野球です。特に神奈川の場合、好投手が残る大会の終盤では、打力がないと勝ち上がれないんです」
だからといって守備をおろそかにしているわけではない。僅差で試合を進めるには、ピンチを回避する守備力が不可欠だ。それが備わった上での打力なのだ。
それが今年の「自分たちの野球」なのだ。この春季大会ではこれが良い形で発揮でき、4回戦で桐光学園に一泡吹かせることができた。
「自分たちは、失うものはないという気持ちで挑めたので、しっかり守ってチャンスをものにする『自分たちの野球』がやれました。これで、自分たちだって(甲子園に出場するような)上のチームと十分に戦うことはできる」という自信になったと、3番を打つ寺田 夏輝は語る。
4番を任された源 春喜は、「桐光学園戦で、あえて対策を練らなかったのも自分たちの野球ができた要因だった」と振り返る。
[page_break:創立60周年に刻む新たな歴史]創立60周年に刻む新たな歴史
寺田夏輝君
「今回は、秋より一つ上へ行こうということを言っていましたから、ベスト8というのは一つの目標でした。ただ、そこからまた次の強い相手と戦っていくというのは、精神的にも技術的にも、相当タフでないといけません」と、近内監督は実感している。
壁を越えれば、さらに高い壁が待ち受ける。甲子園に出るチームは常に乗り越えている難所だが、南のナインたちは、それを乗り越える準備はできているようだ。
「ウチが公立であることを明確に言えるのは、ごく普通の選手が集まってきているということ。そういう選手が切磋琢磨して強くなってくれた。言うならば叩き上げなんです」と、近内監督は続けた。
エースの兼清 森吾は、「この冬はいつも以上に砂浜などで走りました」と、オフの期間は金沢八景の砂浜を走って足腰を鍛えた。2年生ながら、春季大会で好投した神谷 翼も走り込みを重ね「大会では、自分で思っていた以上に抑えられました」と自信を口にする。
鍛えられた「普通の選手たち」と監督の間にも厚い信頼関係がある。
「今年の3年生は、こちらがやろうと意図していることをよく理解してくれている」
という、近内監督との信頼関係ができていることが南というチームを進めるガソリンとなっている。
そして夏が来る。
「春は自信になりましたが、また夏は気持ちを切り替えて臨みます。過酷なトーナメントが待っていますが、これが神奈川の高校野球だと思います」
と、主砲の源は高いヤマを越えていくことを楽しみながら戦っていくつもりだ。
創立60周年となる今年、南高としては野球部にもう一つ歴史を刻みたい。
(文・手束 仁)
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