Column

岩津高等学校(愛知県)

2014.05.29

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 この春季愛知県大会では、センバツベスト4に進出した豊川を下すなどの殊勲で、準決勝進出を果たした岩津。それまでは、高校野球としてはまったくの無名校だった。学校としても、まずは生活指導に重点を置くところから始めるなど、どちらかというと地域では指導困難校という位置づけでもあった。そういう状況でありながら、強豪ひしめく愛知県大会4強入りという結果を出した。その背景には何があったのか——。

あえて「声を出せ」と言わない

シートノックも声出しにはこだわらない

 もしかしたら違和感を抱く人もいるかもしれない。多くの高校野球部、とくに有力校や強豪校と言われている学校では、グラウンドではひっきりなしに選手たちが声を掛けあい、話を聞くのも大変だという状態になることもしばしばだ。
 
そういう先入観からすると思わず、「愛知県のベスト4のチームのシートノックがこんな感じでいいのか」と思ってしまう。それくらいに練習は静かで、選手たちは声を出さない。声を出さないというよりも、声を掛け合わない。

 かといって、社会人野球チームのような大人びた雰囲気で、中継の指示の声以外に無駄なことを言わないというスタイルでもない。少し不思議な雰囲気である。

 もちろん、声を出さない方が良いという訳ではない。いかにしてベストな力を出させるか、指揮官たちが悩み、たどり着いた結論なのである。
 多くの人が、
「高校野球とはこうあるべきだ」という理想があるだろう。しかし、岩津の現実は、そんな理想からは縁遠い状況から始まっていた。まずは普通に野球をすることを目指したのである。

「私自身、正式教員としてはここ(岩津)が最初だったんですが、その前には講師をしながら佐織工や起工でコーチをしていました。そこでは、きちっとした野球を目指してやっていたのですが、岩津では、まずは部員9人揃えるところから始まりました」

 丘監督の赴任してきた7年前、野球部は活動するのが精一杯という状態だった。グラウンドは、学校の校舎を通り越して小高い丘の上に校庭として存在している。しかし専用球場ではなく、体育でも使用するということもあって、黒土も入れられているものではない。
 キャッチボールが精一杯の選手たち、十分でない練習環境、地元からのバックアップもない。そんな「荒れ地」に丘監督は鍬を入れたのである。
 丘監督も赴任当初は、「生活指導がメインだった」というくらいに、学校そのものも乱れていた。そうした中で、何とか野球部の活動を維持していくことに腐心した。

「最初は、土日に試合や練習があるということを認識できない子たちばかり。ですから、練習試合を組んでもらっても20対0とか、そんな試合もしょっちゅうでした」
 頭を下げて練習相手を探し練習試合を重ねた。黒星ばかりが続いたある日、監督はひとつの決意をした。
「覚悟を持って野球に取り組む姿勢を示すため、選手たちに坊主頭にするんだと説明しました。鏡は毎日見るだろうから、鏡を見た時に丸刈りの自分の顔を見て、覚悟を持って野球をやっているという気持ちを確認できると思うんですね。まずはそこからでした」

 丸坊主と同時に、身だしなみに関しても同じように指導していった。
 まずは、野球以外の部分から始めていった。部員たちには、野球で自分が変わることを感じて欲しかった。そして野球を続けることで、仲間が出来る喜びを知って欲しかった。部活動を通じて選手が成長していく様を、丘監督や岩崎 達哉部長たち、指導者は励みとしていた。
 そういう積み重ねが、今回の県大会ベスト4という結果だったのだ。
「練習試合もまともにできない時に、それでも相手をしてくれた監督さんから、今回ご連絡いただいたことは嬉しかった」と丘監督。

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[page_break:戦術を徹底し攻め続け勝利を手にした豊川戦]

戦術を徹底し攻め続け勝利を手にした豊川戦

丘監督は、技術よりも心のあり方や生活態度を話すことが多いという

 現在の岩津の部員は1年生が8人、2年生が11人に対して、3年生は18人で、合計37 人。今年、チームが飛躍したのは3年生と丘監督たち指導者との密接な関係があったことは確かだ。監督は3年生の担任を受け持ち、岩崎部長が3年の学年主任を務めている。

「自分の学年ということもあって怒りやすかったということもあったのかもしれません。目の届くところに部員がいるわけですから、気がついたことはすぐに伝えました」

 丘監督たちは生活指導含めて徹底して生徒とぶつかっていった。その一方で、監督と部長は「途中退部者は0にしたい」という強い気持ちを持っていた。

 3年生は18名と他の学年と比較して多い。「たまたま少し多く生徒が集まっただけです」と丘監督は笑うが、親身になって指導してきた成果だろう。
 野球をやっていくことで、学校生活の秩序を維持することができ、ルールも守っていくことができる。だから、自分たちが今、一生懸命に野球に取り組んでいくことが大事なのだ。

 だからこそ、日常生活でルールを守れなかったり、やるべきことができなかったという者に対しては、相当の覚悟を持って敢えて、「もう、オマエなんか辞めてもいい」と、突き放したこともあった。それまでは辞めそうな部員を他の部員が引き止めるということはなかったが、辞めないように説得する「仲間」が生まれ、チームとしての結束が高まっていっ
た。

「突出した選手がいるというワケではありませんから、指導者としての役割は、とにかく環境を作っていくことだと思っ
ています。特に岩津の場合は、自分に自信があってこの学校に来ている生徒たちではありません。注目されてきた子たちでもありませんから、こっちがいつも気にしてあげながら接していかなくてはいけないと思っています。試験期間中でも、学校へ来させて、みんなで集まって少しでも勉強させてあげる、そういう時間を作ってあげるということです。
もちろん、それと付き合う私たちも大変ですが……」
 と、苦笑するが、そんな指導者たちの思いが少しずつ伝わってきたのがこの春に結実したのである。

豊川は、(春の)甲子園ベスト4。前の日も愛工大名電を下している。でも、こちらは失うものはありません。ロースコアで行けば、何とか試合になるだろうなという気持ちではいました。負けても1~2点差くらいならばいいと思っていました」
 試合は監督のイメージ通りのロースコアの展開になった。試合前にチームとして決めたのは、とにかく積極的に走っていくということだった。その結果として、相手の氷見 泰介捕手には7つの盗塁死と2つの牽制死を奪われた。それでも集中力は途切れず、なおも足を使った。それが、豊川の三遊間を広げ、タイムリーを呼び寄せたのである。

 戦力に目を向ければ、柴田 賢人君と、兄が三菱自動車岡崎でプレーしているという山田 康太君の二人の投手が、ある程度は試合を作ることができる。攻撃は一番を打つ天野 聖也君がまず好機を作るのがチームの形だ。豊川戦では相手が格上ということで、チャレンジャー精神というよりも、ただひたすらぶつかっていくということでそれが好結果となったのだ。

 続く準々決勝では、21世紀枠代表として甲子園出場の実績もある成章に山田君が好投して、またもやイメージ通りのロースコアで勝利した。
 こうして、学校としてはもちろん初めての、県大会ベスト4進出を果たした。準決勝では、愛知啓成に圧倒されてしまった(1対9のコールド負け)。
「やっぱり、自分たちはそんなに力があるワケではないんだということが分かったはず」(丘監督)と、その結果は素直に受け止められた。だから、そんなに浮足立ったということはないという。

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[page_break:高校生は自信でガラリと変わることができる]

高校生は自信でガラリと変わることができる

熱く思いを語る丘監督

 激戦区の愛知県で4強に進出したことで、チームが生まれ変わったという訳ではない。だが、自信を得たことだけは確かだった。
「だからこそ、手綱を引き締めていかないといけない」と丘監督。

「一つの結果で高校生は自信を得てガラリと変わることもありますが、その分勘違いをすることもあります。間違った方向に進み始めたら、正してあげるのは私たちの仕事です」

 夏に向けて技術の習得だけでなく、グラウンド内外の規律をいかに浸透させるかが課題だ。
「練習で選手たちに口を酸っぱくしていっているのは、何のために今この練習をやっているのかということです」と岩崎部長。

「チームで目的を共有させて、そのために動けば、それが規律になる」そのためには、口だけで「はい」と言うのではなく、理解しなければならない。

 また、特別な練習をしているわけではないので、「相手がやっていることを見て学ぶ」ということも大事な要素として捉えている。自分たちよりも強いチームと練習試合をして、自分たちとの違いを知り、それを取り入れることも忘れていない。
 そして、グラウンド外の規律も徹底している。「汚い環境からは人は育たない」と丘監督は考え、履物を揃えること、部室をきれいにするということを決めた。

 練習試合の時、荷物の置き方や歩き方、並び方といったことも、相手チームから学ぶ。
 今春、県大会ベスト4という結果が出たことは、グラウンドで指揮する者として素直に嬉しい。しかし、もうひとつ嬉しいことがあった。
「卒業生たちが喜んでくれるのは、嬉しいし、励みにもなります」と丘監督。
 規律を浸透させて手にした4強という成績。OBを含め多くの人にも愛されるチームになった岩津。さらに多くのファンを獲得して、夏に向けてスタートを切る。

 

(文・手束 仁

【5月特集】レギュラーを逃さないためのチェックシート

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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