大手前高松高等学校(香川)
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今年の春季四国大会。優勝でセンバツベスト8の実力を改めて示した明徳義塾(高知)や、第10回BFA・U18アジア野球選手権日本代表監督も務める高橋広監督率いる鳴門渦潮(徳島)など甲子園出場経験校が軒を連ねた中、初出場を果たしたのは春季香川県大会準優勝の大手前高松(香川)だ。 2010年4月、47年ぶりに硬式野球部を復活させて以来、わずか5年目、しかも文武両道を掲げ、学習にも厳しく取り組んでいる進学校にもかかわらず果たした大躍進。そんな彼らを支えたのは詳細な個人データを基にした「絶対評価」。そして選手の対応性をも引き出す確固たる「チーム戦術」である。
勉強以上の「絶対評価」導入
試験後、練習前に2時間の自習時間に勤しむ香川県大手前高松高校野球部の選手たち
高松市の西南部・栗林トンネル近く。「奥の池」と呼ばれる水と緑に囲まれた場所に大手前高松高校はある。5月14日・水曜日の取材日は中間テスト期間中。本来11時前になれば、選手たちは市内東部地区にある倉田学園グラウンドへバスで向うはずである。が、昼前になっても選手たちが出てくる気配は全くない。その理由は、「松坂世代です」と開口一番・ユーモアを見せた山下裕監督が教えてくれた。
「テスト期間中は練習前に野球部で1つの教室を使って2時間の自習をしているんです。見ていかれますか?」
現役時代は古高松中→高松第一高→大阪体育大と外野手。一年間・初芝富田林(大阪)軟式野球部監督を務めた後、同校軟式野球部監督へ。
「当初は部活動は2年夏で引退。対外試合も月に1回だけ」という厳しい環境から6年間をかけ文武両立ができることを証明。正に選手たちと共に硬式野球部復活を掴み取った指揮官だけに、勉学への取り組みも野球同様に熱い。
ということで早速、教室を覗かせてもらうと……。選手たちは難解な数学公式を使った数式解きや、古典文学の学習などそれぞれの試験勉強に勤しんでいた。中には質問を携え各教科の先生をつかまえにいく選手も。野球部のスローガンは「感じ・考え・動ける人間になろう」であるが、彼らはこれを勉強でも実践している感がある。
さらに試験期間以外でも通常平日5日間のうち週1回は練習を行わない補習日がある。週3回は練習後にも1時間「ナイトスタディサポート」と称された全校共通の自習時間が待っている。まずは自分の成績・進路を決する「絶対評価」と立ち向かう。これが大手前高松高校野球部員・1年生18名・2年生15名・3年生16名、計49人の日常である。
さらに彼らは机を離れ、グラウンドに向かっても「絶対評価」が自分のレギュラー入りやベンチ入りを決めるものさしとなっている。山下監督は自らのipadを巧みに操りながら、詳細な評価基準を説明する。
「打者であれば出塁率。一塁からどれだけ進めたかを示す『奪進塁』を見ています。目標としては打率3割5分以上に加え、出塁率を奪進塁で割った数値は2.0以上。盗塁占有率という盗塁を出塁率で割った数値は0.4以上。打者としてランナーを進めた与進塁は0.75以上です」
数字が並んだ表は圧巻だ。これに個人スキルとしてスイングスピード125キロ以上、二塁盗塁3.5秒以内(ベースからの3mの位置に左脚をおいた状態から)が加わる。
「この評価基準を冬の練習前に全部選手の前で提示したんです。今年2月の紅白戦メンバーA・B分けも11月からの測定とマシンや全投手との1箇所バッティングで出た成績で決めました。もちろん打席数も全員合わせました」
勉強以上とも言える絶対評価で決まる大手前高松のレギュラー・ベンチ入り。その根拠として明確な数字を提示されるとなれば、選手たちも言い訳はできない。
[page_break:悩みと出会いの中で決まった「評価基準」]悩みと出会いの中で決まった「評価基準」
香川県大手前高松を牽引する主将・坂本和優(3年)
再び骨太のチームを目指して戦いを進めるも、秋は初戦で高松商に、春も3回戦で尽誠学園に惜敗。ゴールデンウィークの九州遠征も「守れず走れず」で連戦連敗。
「これまでは個の力を高めてきたが、ここから変わらなかったら絶対甲子園はない」。そんな想いは新しいトレーニングコーチ「ベースボールコーディネーター」としても、全国各地の中学・高校・大学に携わる和田 照茂氏(REATH株式会社代表取締役)の招聘につながった。
昨年5月、最初に練習を見た和田氏。大阪体育大の先輩にまず質問した。「ところで、監督はどうやってレギュラーを決めているんですか?」
「それは…打てる選手やろ」と答えた山下監督に和田氏はさらなる内角球を浴びせる。
「それだと曖昧ですね。選手が悩む。そこから戦い方がズレていきませんか? 監督はどんな野球をしたいんですか?それがないとトレーニングは組めませんよ」
こうしてチームのコンセプトが固まった。「打てなくても、守りや走塁で勝てるチームにしたい」。ここが変革の始まりだった。夏にはリードの部分にのみ手を付け、基準作りを本格的にスタートさせた秋はベスト8。「秋はなかなか決まり事ができなかったので、もう1回見つめ直して、その場にありえる戦術を考えていった」(坂本 和優主将)春は県準優勝。四国大会では1回戦で明徳義塾に敗れたものの、チームは着実に歩みを進めている。
[page_break:「評価基準」を整える上での「決まり事」]「評価基準」を整える上での「決まり事」
香川県大手前高松3年生座談会に参加した右から坂本和真主将・奥本一一塁手・佐治直哉投手・徳井盟也右翼手
ただ、絶対評価を作る上では当然ながら、評価を決めるという事柄が必要だ。香川県大手前高松ではそれがすなわち「決まり事=戦術・システム」という言葉になる。
「たとえばウチの場合、ランナーの動きであれば、一、二塁、一、三塁、二、三塁、満塁という4パターンとアウトカウント、内野ゴロ、内野フライ、外野フライなどで動き方を決めています。ですから、まず一年生に教えるのは心構えと同時に走塁と守備の約束事ですね。これが判っていないとウチのベンチには入れません。
じゃあ、問題を出しましょうか。ノーアウト一、三塁での内野ゴロ。この時の三塁ランナーはどうしますか?」
内野ゴロ…強いゴロなのか?弱いゴロなのか?そこでホームに突入するのか?三塁に留まるのか?
瞬時の判断は結構難しい。「うーむ」。思わずうなってしまうと、山下監督が助け舟を出してくれた。
「ウチの場合、三塁ランナーは必ずホームへ向かいます。もし、途中まで来てホームが無理と判れば三本間で挟まれる。それを決めておけば一塁走者は三塁へ躊躇なく進めるんです。そして打者は無理せず一死一・三塁の状況を作るようする。そうすればもう1回チャンスが残るわけです。これを決めてあげないと三塁走者は逆にスタートを切れなくなってしまう。実際、夏の大会でその判断を選手が任されると、選手も困りますよね?」
皆さんも実際の場面を思い浮かべてみよう。たとえば9回裏・1点差で負けている場面だったら?思うだけで脚がすくむ選手もいるのではないだろうか。しかし、このような決まり事があれば、少なくとも迷うことはない。これは守備側にとっても脅威になりうる要素だ。
ではここで、4月1日・[stadium]レクザムスタジアム[/stadium]での春の香川県大会準決勝・英明戦を振り返ってみよう。2対2の同点で迎えた8回裏、無死満塁。4番・佐治 直哉(3年)の打球は左前への浅い安打。そこで二塁走者は一目散に本塁へ。一塁走者も動きに合わせて三塁へ。どちらも微妙なタイミングではあったが、結果は両方ともセーフ。さらに捕手の三塁悪送球も重なり3点。初の四国大会出場は好走塁の連続でもたらされた。
この英明戦ではもう1つ。1点ビハインドで迎えた5回裏にも同様の好走塁が見られた。一死二・三塁で1番・徳井 盟也右翼手(3年)が三塁ゴロも、「新チーム立ち上げ時には1つのパターン走塁だけで一日費やしたこともあったが、新チームからの練習によって自分の野球感性も磨かれた」と、三塁走者・奥本 一一塁手(3年)が迷いない本塁突入で2対2の同点を演出。
ただ、ここまで書けば読者の皆さんはお解かりだろう。この2つはいずれも「決まり事」の走塁。徳井が「奥本の走塁技術ならゴロを打てば大丈夫と思った」と、5回裏の同点場面を振り返ったように、これは全て戦術・システムの勝利である。
では、奥本も話す「感性が磨かれる練習」とはいかなるものだろうか?ようやくユニフォームに着替えてバスに乗り込んだ選手を追って30分あまり、倉田学園グラウンドへと足を運んだ。
[page_break:決まり事の精度を高めつつ、絶対評価を得るためのシビアな練習]決まり事の精度を高めつつ、絶対評価を得るためのシビアな練習
選手申告とその結果は2人1組ですぐに記録される
取材日における練習の中心は、一死一塁・1ボールノーストライクから始まる1箇所バッティングだった。ただ、ここにも香川県大手前高松でしか見られないものがあった。
ゲージの後ろにはホワイトボードとノートを手にした選手が1人ずつ。いざ練習が始まると選手たちは次々とホワイトボードを手にした選手に寄っていき、何やらつぶやいている。
近づいてみると……。ホワイトボードには打者の横に「エンドラン・バスターエンドラン・バント・セーフティーバント」の略語が次々と記されている。すなわち、この1箇所バッティングでは個々がこうしたい「着地点」を記録係に申告。
カウントによっての着地点に到達するための攻撃パターンも、選手が決める。そしてサインも選手が出す。ここまで「絶対評価」の話を主にしてきたが、絶対評価を得るための戦術は「自己判断」である。
「数字に出されて自分の長所や弱点もわかったし、自分たちが戦術を作ることで責任感も生まれる」(徳井)。ここは選手たちにとって貴重なアピールの場所であると同時に、自分を知り、野球を学ぶ場所でもある。
もちろん、ホワイトボードに記された打撃結果は、即座にノートに記される。さらに守備側も評価を受けるため、「自分たちが攻撃側に立った時にやりたいことをやらせないように」(佐治)守備側は打者ごとにシフトを組む。これはもはや1箇所バッティングではない。プチ紅白戦だ。
よって決まり事を理解している上級生からはもちろん、1プレーごとに評価の声があがる。その約束事を一日でも早く理解しようと食らいつく1年生。練習自体はわずか2時間だが、その内容は濃密そのものだった。
[page_break:甲子園出場・勝利という「絶対評価」を得るために]甲子園出場・勝利という「絶対評価」を得るために
選手たちに話をする大手前高松・山下裕監督
「僕らはここまで過程を踏んできたので、春のメンバー決定も大会1週間前にできました。心情的には悩むとは思いますが、夏の20人目も決めると思います。
ですから、あとは弱点を明確にして、そこを克服していけばいい。四国大会では投手と守備面で明徳義塾と同じ土俵に上がれなかったので、WHIP(1イニング当たりの安打・四球走者数値)とストライク占有率を重視している投手力と共に、守備力を上げていきたいですね」
「守備から崩れているようだと自分たちは勝てない」最速141キロ左腕・佐治 直哉もそこは十分に理解している。
そして最後の勝敗を決めるのはやはり「決まり事=戦術」だ。主将・坂本 和優が代弁する。
「決まり事をしっかりやって精度を高める。どんな相手であっても、それ以上はない。守備・走塁。自分たちがやってきたことをしっかりやった上で、コミュニケーションを取りながら勝利に近づきたいです」
こうして彼らは今日も絶対評価を得るために戦う。そして香川県大手前高松野球部にとってチームの絶対評価とは「甲子園初出場」、そして香川県勢にとって2011年夏の英明以来待ち望む「甲子園で勝てるチーム」に他ならない。
(文・寺下 友徳)