Column

向上高等学校(神奈川)

2014.05.20

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 最激戦区と言われている神奈川大会で、過去2度の決勝進出の実績のある向上。また、関東大会にも、今春を含めて2度の出場実績を誇っている。甲子園まで、あと一歩のところまで来ている。100人以上の多所帯だが全員でまだ届いていない甲子園を目指す。
 その舞台へ向ける思いは強いが、特徴的なのは部の組織運営を会社的なシステムとしていることだ。各自がそれぞれの役割で責任を担うことで、意識を高め合っている。そんな向上のこの夏へ向ける意欲とテーマへの取り組み姿勢を紹介してもらった。

チームへの帰属意識を育んでいくことも大事

平田監督の指示を聞く選手たち

 100人を超える部員がいる向上野球部。それだけの人数がいるということは、各学年だけでも30人以上いるということになる。それは、当然3年生であってもベンチ入りから漏れる選手も出てくるということだ。
 ベンチ入りメンバーの数が限られている以上仕方のないことである。しかし、100人以上いれば、組織作りとしてチームへの帰属意識を育んでいくことも大事な要素となる。そのためにすべての部員に、部としての仕事を与えて責任と自覚を持たせていく。バットやボールを持たない活動の中で何をするのか、それぞれの班で計画して、プレゼンをしてそれが通れば実行していくというスタイルだ。それは、あたかも組織や会社と同じ捉え方ともいえる。

 向上野球部の活動の根底には、そうした考え方がある。それは、平田 隆康監督が大学(駒澤大)を卒業後4年間、NTT関連の企業でサラリーマン生活をしていて、その間に経験し学んだことも大きい。
「実際、社会に出た時に感じましたね。上から言われたことだけをやっていたのでは、便利屋として使われるだけで終わってしまう。社会に出ると、納得いかないことも多いと思います。上からの指示通りにだけやっていたのでは、マッチしないことも多くあるということがわかりました。そうした中では、言いたいことを言える姿勢、自分の言葉で意思表示できるということも大事なのです。そのためには、それぞれの役割の中で、責任を持っていくということです」

 そうした思いもあって、部内でさまざまな班を設けてあり、各班が自分たちの意志で積極的な活動をしていくことを奨励している。つまり、自分たちの責任や役割を認識していけるようにしているのだ。

 例えば、レクリエーション班は「日本一にちなんだもの」というテーマで、どこへ行って何を学ぶのがいいのかということを研究して提案する。そうした中で、今年の2月1日には「日本一の集客力を誇っているディズニーランドへ行こう」ということに決まった。

 もちろん、オフのレクリエーションでもあるのだが、そこでも班の代表者は、そこで仕事をしている人たちに積極的に質問をしていくという姿勢だ。こうして、社会勉強をしていくとともに、何か自分たちにも生かせられるものはないか探していく。質問の答えで自分たちにもすぐに導入できることをA、少し工夫をすればできることをB、ディズニーランドならではのことはCとランク付けして検討した。こういったことを通してビジネス感覚を育んでいくことも、大事な練習の一つと捉える。それは、向上野球部という組織の中では、欠かせないことだと位置付けている。

[page_break:思い切ったオフ期間の週休二日制と体重増加計画]

思い切ったオフ期間の週休二日制と体重増加計画

トレーニング班班長の福山大樹君

 そんな取り組みの中で、昨秋から最も積極的に取り組んでいたのが、「体重増加計画」だった。これは、トレーニング班の班長でもある福山 大樹君が、秋季県大会武相敗退した後、「パワー不足」を実感して提案したものだった。

 具体的には10月からスタートしたこのプロジェクトは、「理想体重=身長-100」と定義づけて、そこを目指していくものである。この計画を実行するにあたり、福山君は練習試合でも成田修徳など甲子園出場実績のある体格のいい選手が多い学校には、積極的に体作りのために何をしているのかということを質問に行った。

 その結果、食事もさることながらしっかりと睡眠をとることも大事な要素だということが分かった。また、寮のない向上の場合、夕食は各自自分の家で摂ることになるのだが、それも写真を撮ってメールで送り合うなどして、それぞれが刺激し合いながら、体重増加に努めていった。

 そんな中で、福山君自身も10月当初は63㎏だった体重が、3月のシーズンインの時には72㎏まで増えていた。「自分は、責任者としてまず率先していかないといけないと思いました」という強い意識もあった。そんな福山君の姿に刺激を受けて、他の選手たちもその計画に積極的に取り組んでいった。
 この春、リードオフマンとして高い出塁率を誇った三廻部 憂磨君は10㎏アップに成功して、打球の飛距離も格段に伸びて本塁打も出るようになった。また、エースの高橋 裕也君も「春になって、明らかにスピードも増してきました」(福山君)と言うように、如実に成果が出てきている。そうした成果が、この春の快進撃につながったともいえる。

 それは、見た目の体重増加、パワーアップということだけではなかった。
 実は、平田監督が最も喜んだのは、そうした活動の中で選手個々が精神的に成長してきたことだった。
「体重増加計画に伴って、思い切ってオフは週休2日にしたんですよ。これは、相当勇気が要りました。だけど、その間にもそれぞれの課題をしっかりとこなしてくれているということで、逆に選手たちとの信頼関係が強くなったと思いました。それが、春の大会などでも出てきていました。ボクが言わなくても、選手たちが先に動ける、行動できるという姿勢が如実に表れていました」と、自己管理と意識の成長を喜んだ。

 こうして、春季大会を通じて「ここまで成長していたのか」と思えるくらいに、体重増加計画とオフの思い切った週休2日は、思わぬ副産物を生んだということにもなった。これこそまさに、組織運営者としてはこの上ない喜びだったであろう。

[page_break:3年生全員を必ず一度は背番号をつけてベンチに入れていきたい]

3年生全員を必ず一度は背番号をつけてベンチに入れていきたい

投手陣が投げ込み、後方ではティバッティング

 結束という意味では、向上野球部としてはもう一つの戦いもあった。というのは、春季大会を通じて36人いる3年生をどこかで必ず、一度は背番号をつけてベンチに入れていこうという意識で戦ってきたということだ。

 だから、最初の登録でメンバーから漏れた3年生を次の週の試合では登録変更で入れさせるために、試合に出ている者が頑張る。そして、結果を出していく。こうして、次々と背番号をつけてベンチに入る体験のできる選手が増えていったのだ。(これは、試合ごとにベンチ入り登録選手を申告するシステムである、神奈川県の春季大会ならではのことでもあった)

 そのために、あえてレギュラークラスの下級生を外すという大英断もあったというが、それも「結果を出していくことによる達成感」として捉えていった。それは、ベクトルを揃えるという、全員が同じ方向を向いていける要素としても大事なことなのだと認識してのことだった。

「最終的に、同じ力だったとしたら、ボクは上級生をベンチに入れるようにしています。それは、情とかそういうことではなくて、上級生の方がそれだけボクと一緒に野球をしてきた時間が長いわけですから、そのことは大事にしないといけないと思っています」 
 こうした平田監督の考え方も根底にあるからだ。

 また、ベンチ入りということでいえば三塁コーチャーというのも一つのレギュラーポジションとして捉えている。三塁コーチャーに関しては、チームの中でも、一番信頼のおける選手を抜擢していくという方針である。今季のチームではそのポジションを任されているのが、体重増加計画でも成果を上げた班長の福山君だ。

「コーチャーというのは、ただ、その時の判断力だけではないと思っています。アウトカウントや打順、イニング、点差など常にあらゆることを頭に入れておきながら試合の流れを読むこと、そして瞬時の判断をしていくポジションです。ボクの場合は、基本的には攻めの姿勢の判断で、ぎりぎりまでゴーの意識でいきながら、どこで止めるのかというところがポイントだと思っています」
と、福山君自身もコーチャーとして「ゴー&ストップ」の極意を自信をもって話してくれた。

 チームとしては、投手陣が4~5人、捕手が2~3人ベンチ入りする。それに、内野手と外野手では走攻守と三拍子そろった選手を控えにおけるというほどの層は厚くないというが、そんな中で何かに秀でた2つはそろっている選手、そういう選手を切り札的に使っていきたいというのが平田監督の考えだ。

[page_break:段階を経て、一つひとつ目標達成をしていく姿勢]

段階を経て、一つひとつ目標達成をしていく姿勢

向上・平田隆康監督

 チームとしては、点を取られなければ負けないというのが根底にある。どちらかと言うと、守りの野球を重視していきたいという姿勢だ。だから、パワーアップはしたものの、打線はつないでいくというスタイルは崩さない。
 同時に投手陣もつないでいくという意識を大切にしている。つないでいくということは、やはり信頼が大事になってくるのだが、春季大会ではリリーフの投手陣たちが、状況を見ながら自分で準備しに行っているという姿を見て安心した。

 これらも、自分たちの役割を個々が認識していることの表れでもあった。そんな、意識のアップも向上の春季大会の進撃の要素となっていた。

 オフの体重増加計画を組織として全員が実行していったことで、「我慢と結束」がより増していったということを、指揮官も実感している。

 この春は、組み合わせが決まった時から、まずは3回戦で「去年の秋敗れた武相にリベンジしよう」という目標を立てた。次に、「せっかく、地元開催なのだから、是非関東大会に出場しよう」という目標を掲げて、それを一つひとつクリアしていった。
 こうした、目標をクリアしていきながら結果を出していく達成感というのは、オフからシーズンインにかけて、体重増加計画やレクリエーション班のプレゼンなどでも体験済みである。だから、意識としても一つの目標をクリアしたら、また次の目標瀬設定、そしてクリアという気持ちを作りやすくなっていっているのだ。

「意識はいい方向へ向いているというのは感じています」
と、84年夏の神奈川大会準優勝を知る夏目 修一部長も目を細める。
 100人を超える大所帯で、ほとんどの部員が辞めることなく、しかもベクトルもブレることなく同方向を向いていくことができるチーム作り。平田監督がビジネスマンとしての体験を反映させながら、激戦神奈川に新風を吹かせそうな勢いの向上である。

(文・手束 仁

【5月特集】レギュラーを逃さないためのチェックシート

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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