第126回 県立池田高等学校(徳島)2014年03月15日

印刷する このエントリーをはてなブックマークに追加   

【目次】(ページ下部のフォトギャラリーもチェック!)
[1]やまびこ打線・『IKEDA』のユニフォームが甲子園に帰ってくる
[2]自分たちの出来ることを精一杯!


第86回選抜高校野球大会 特設ページ

「やまびこ打線・『IKEDA』のユニフォームが甲子園に帰ってくる」

 過去にセンバツ出場7回、うち2度の全国制覇(1983年・第55回大会1986年・第58回大会)。夏も出場9回、1982年・第64回大会では全国制覇。春21勝5敗、夏16勝6敗、甲子園通算37勝11敗の偉業を成し遂げた故・蔦文也監督と共に語られる徳島県立池田高等学校。間違いなく今大会における話題校の1つである。

「センバツ出場が決まった1月24日から、マスコミさんがいらっしゃらなかった日は一日だけでしたね」

池田自慢のダブルエース名西 宥人(左)渡邉 剛志(右)とリードする三宅 駿(中央)

 1979年春連続出場、夏準優勝時の主将・捕手。1991年夏には蔦監督の代理として甲子園2勝。翌年夏には正式にバトンを受け継ぎ、再び2勝を上げベスト8入り。穴吹での11年間を経て、2010年度の池田復帰以来4年目にして自身初のセンバツ采配を振るう岡田康志監督は、周囲の喧騒ぶりをこう表現する。

 ただ、その喧騒は決してプレッシャーにはなっていない。事実、山あいの厳しい寒さがようやく終わりを迎えつつある池田高校グラウンドを包む地域の視線は常勝を義務付けられた当時より暖か。選手たちも、のびのびとセンバツへ向かっての調整に励んできた。


 ネット裏に詰め掛けるファンの方々からの「がんばって」の声。かつての池高球児たちから届く差し入れ。「こういったことが毎日起こるんです。新鮮な感じですね」1992年夏甲子園ベスト8時に、主将を務めた南健太郎さんから贈られた「せとか」を手にしながら三宅 駿捕手(3年)も語るように、選手たちは「地域の皆さんに感謝の気持ちを持って野球をしたい」(渡邉 剛志投手・3年)想いを日々高めてきた。

 その中で、彼らは新しい「池高野球」を形成しようとしている。

「2月中旬からは打者にも立ってもらって変化球の手ごたえもつかめてきています。出る限りは優勝を狙いたい」
 と、自身の好調さをうかがわせるコメントを連ねる最速139キロ右腕・名西 宥人(3年)は、
「昔の池高は打って打ちまくるイメージがあったと思うが、僕がしっかり守って打つリズムを作るようにしたい」
とあえて投手主導で打撃を引っ張る理想像を描く。


Player's Voiceへ!

【次のページ】 自分たちの出来ることを精一杯!

この記事についてTwitterでつぶやく この記事についてFacebbokに投稿する
【関連記事】
徳島北vs池田【2020年 練習試合(交流試合)・夏】
第5回 センバツの要注目は来田、中森らの6名!ではブレイク候補だったドラフト候補17名は?【センバツ2020】
第1004回 第1シード・徳島北を追いかける城東ら実力校!鳴門、鳴門渦潮の強豪校にも注目!【徳島県大会展望】【大会展望・総括コラム】
第3回 尽誠学園(香川・18年ぶり7回目の出場)2016年夏以来の聖地で 「18年ぶり聖地1勝」のその先へ【センバツ2020】
第16回 大舞台でも発揮した習志野の緻密な守備と走塁。すべてはタイムを意識することから始まる【センバツ2019】
第849回 センバツ出場・富岡西に迫るのはどこだ?波乱が巻き起こりそうな春季大会!【大会展望・総括コラム】
第520回 国吉 大陸さん(興南出身)「一戦必勝の末に掴んだ紫紺の優勝旗」 【2017年インタビュー】
第519回 国吉 大陸さん(興南出身)「春夏連覇を達成した甲子園を今、振り返る」 【2017年インタビュー】
池田vs鳴門渦潮【徳島県 2014年春の大会 第67回徳島県高等学校野球春季大会】
池田vs川内【2014年 練習試合(交流試合)】
第135回 県立岐阜商業高等学校 藤田 凌司選手 【2013年インタビュー】
第134回 仙台育英学園高等学校 上林 誠知 選手 「神様からプレゼントをもらう準備」 【2013年インタビュー】
池田 【高校別データ】
コメント (1)
久しぶりでした2014.03.28 いるか
高校の時よく見てました。
打撃懐かしいです。
エース、橋川さんを思わせますね。

コメントを投稿する

プロフィール

寺下友徳
寺下 友徳
  • 生年月日:1971年12月17日
  • 出身地:福井県生まれの東京都東村山市育ち
  • ■ 経歴
    國學院大學久我山高→亜細亜大。
    幼稚園、小学校では身長順で並ぶと常に一番後ろ。ただし、自他共に認める運動音痴から小学校入学時、早々に競技生活を断念。その後は大好きなスポーツに側面から関わることを志し、大学では応援指導部で4年間研鑽を積む。亜細亜大卒業後はファーストフード販売業に始まり、ビルメンテナンス営業からフリーターへと波乱万丈の人生を送っていたが、04年10月にサッカーを通じて知り合った編集者からのアドバイスをきっかけに晴れてフリーライター業に転進。07年2月からは埼玉県所沢市から愛媛県松山市へと居を移し、現在は四国地域を中心としたスポーツを追いかける日々を過ごす。
  • ■ 小学校2年時に福岡からやってきた西武ライオンズが野球と出会うきっかけ。小・中学校時代では暇さえあれば足を運んでいた西武球場で、高校では夏の西東京予選の応援で、そして大学では部活のフィールドだった神宮球場で様々な野球を体感。その経験が取材や原稿作成の際に「原体験」となって活きていることを今になってつくづく感じている。
  • ■ 執筆実績
    web上では『ベースボールドットコム』(高校野球ドットコム、社会人野球ドットコム、独立リーグドットコム)、書籍では『ホームラン』、『野球太郎』(いずれも廣済堂出版)、『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社)など。『甲子園だけが高校野球ではない2』(監修・岩崎夏海、廣済堂出版)でも6話分の取材・文を担当した。

    さらに野球以外でもサッカーでは、デイリースポーツ四国3県(香川・高知・愛媛)版・毎週木曜不定期連載中の『スポーツライター寺下友徳・愛媛一丸奮闘記』をはじめ、「週刊サッカーダイジェスト」(日本スポーツ企画社)、『サッカー批評』、web『スポーツナビ』など多数媒体での執筆実績あり。また、愛媛県を熱くするスポーツ雑誌『EPS(ehime photo sports)』でも取材協力を行っている。
  • ■ ブログ:『寺下友徳の「四国の国からこんにちは」』■twitterアカウント@t_terashita
    ■facebook: http://www.facebook.com/tomonori.terashita
野球部訪問トップに戻る サイトトップに戻る

コラム