Column

県立松阪高等学校(三重)

2014.01.31

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限られた時間を有効に使うには?

 当たり前、である。
 16時前。授業を終えてユニフォームに着替えた選手たちが、グラウンドへ走ってくる。グラウンドには、前日のうちから打撃練習のためのネットが準備されている。もちろん、すぐに練習が始められるように、だ。進学校である松阪は完全下校が19時と決められている。平日の練習開始時間は16時頃。16時半からの日もある。

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松阪高校野球部 松葉 健司監督

 「(松阪に赴任して)7年間一度も『授業が終わったら走ってこい』と言ったことはないですけど、走ってきますね。
 ある時、部室で練習前に喋り声がしてたんです。昔はナイター照明もなかった。1分間に何球打てるか聞いたんですよ。打撃投手なら13球なんです。10分やったら130球。10日やったら1300球です。
 それなのに、最後に『もっと打ちたかった』と言ってる。じゃあ、『もっと早く出てきたら、もっといっぱい打てるやん』と。

 練習後も、『ありがとうございました』と言って、学校を出る。その後、ラーメン屋さんに寄って、今日はどうだったとか、女の子の話とか、これは全然問題ない。でも、『今、何してるの?』と。今は着替えている。着替えているときに『今日はさぁ……』と話すのと、打ってるときに『カーブ来たらどうしよう』と思うのは一緒のこと。『それでもいいんだったらやって』と。
 人間は絶対忘れるんで、しつこく、しつこく。習慣化するまでしつこくします」(松葉 健司監督)

 グラウンドはサッカー部などと共用。他部との取り決めで、打撃練習ができるのは1週間のうち水曜日と木曜日の2日しかない。
 限られた練習時間をいかに有効に使うか。うまくなりたかったら、たくさん打つ方がいい。時間を無駄にするということは、自らうまくなることを放棄しているということ。これがわからずに、走ってグラウンドに来ることを強制しても、成果は半減する。

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目をつぶりながらペットボトルを振ることで、音と動作を一致させ、野球の動作につなげていく狙い。

 それがわかってきたら、次は意識の問題。例えば、同じ走るという行為にも、目的と意味を持たせる。

 「足の裏で地面を感じて走ってくるのか、拇指球(ぼしきゅう)を感じて走ってくるのか、バネを感じて走ってくるのか、目線やピントを合わせて走ってくるのか。それで走るコツがわかり出しますね。

 練習は何のためにするのかといったら、大まかに2つだと思うんです。1つはコツをつかむため。自転車に置き換えてもらったらわかるんですが、自転車に乗るコツがわかったら、もう自転車の練習はしないですよね。
 ということは、投げるコツ、打つコツがわかった子は、次は何のために練習するかといったら、その精度を上げるためにする。

 だから、大きく分けると、松阪の野球部には2つのグループがある。コツを探すグループと、精度を上げるグループということです。そのために日々練習をしているということですね。
 よく精神力を鍛えるといいますが、コツをつかみ、精度が上がってきたら絶対に人間は精神力がつきます。成功体験を与えてやると、自信がつくので精神力は上がるんです」(松葉監督)

[page_break:集中力を高めるため、練習を工夫]

集中力を高めるため、練習を工夫

  松阪では、特にオフシーズンになると、自主練習の時間が多く設けられる。

 ノックをやる者、ティー打撃をやる者、ラダーやメディシンボールを使って練習する者などさまざまだ。自分は技術のコツを探す時期なのか、精度を上げる時期なのか。体力強化をするなら、自分には何が足りないのか。
 各自が課題を明確にしなければ、それこそ無駄な時間を過ごすことになってしまう。東谷 晃希主将は言う。
 「練習前に、『今日の目的はこれ』と決めてグラウンドに来るようにしています。与えられたメニューではなく、自分で決めたメニューなので、やる気や集中力が増す。それが効率の良さにつながると思います」

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ティーネットの前に目標物を置いて練習をする。

 言うは易く、行うは難し。これを実行するために、松葉監督は選手たちにこんなアプローチをする。
 「練習を普段のウィークデーと週末の練習試合のあるときとに分けて、紙を渡して、『実働時間が何時間か書いて』と言うんですよ。その時に動いていない時間を含めて、無駄な時間と大切な時間を書いてと。無駄な時間の中に、指導者が作ってる無駄な時間と、あなたたちが作ってる無駄な時間があるので書いてと言うんです。
 これをやってみると、(毎日の練習は)2時間あったら十分だとわかりますね。
 何でもそうですけど、必ず理念をぶち上げて、ビジョンを持って計画を立てる。もちろんそれはチームによって全然違うんですが、(メニューを組むときに)『今日の練習がその計画に入るの?』と確認します。
 実働時間とそうじゃない時間を実際にカテゴリーに分ける。そうじゃない時間の中の無駄な時間は誰が作っているのか。指導者なのか、自分なのかというのを完全に分けてやると練習時間が決まっていく。そしたら、一生懸命やりますよ」

 例えば、おざなりになりがちなティー打撃。高校生はただ数をこなしているだけという場合が多いが、それに対して、こんな問いかけをする。

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ロープの上に乗って片足立ちしながらジャグリング

「ティーを打っていて、(バットがボールの)真ん中に当たるだけじゃなく、こすったり、上を叩いたりする子もいますよね。『どうぞ打ってください』というボールをそれだけ打ち損じていて、(実際の投球を)打てるわけがないじゃないですか。

 『そういう話を自分たちでして』と言うんです。300球打てというんなら、僕だったら3球を100セットします。そのとき、3球パチンと(バットにボールが)入っているかどうか。

 『全部、寸分狂わず入ったら、打てる確率が上がると思わへんか? ここをきちんとやってなかったら無理』と言うんです。こうやって全部検証させますね。無駄なことは、自分らでわかってるんです。僕は無駄なことをしないので削っていく。無駄な時間を与えて、『お前、これやっとけ、あれやっとけ』と言ったら指導者の責任ですけど、『そういうことを教えても時間を無駄にするのなら自分のせいやぞ』と」

 300球全て集中して打つのは難しい。だが、3球なら誰でもできる。その3球をコツコツ積み重ねていくのだ。集中力を増すために、ティーネットの前に目標物を置いたり、ティーネットに目標物をくくりつけたりすることもある。

 何もないところに打つよりも、「狙う」という目的があれば、自然と意識は変わってくるものだからだ。たとえ1000スイングしても、惰性で振っているのなら、成果は上がりにくい。ほんの少しの意識の違いが、最後には大きな違いとなって表れる。小さなことに集中して、それを積み上げる。これこそが松阪のだいご味なのだ。

 「進学校でも野球の強いところは、結構ガンガンやられています。でも、ウチの場合は、時間の制約だけでなく、体力の制約もある。あんまりヘトヘトにさせると、その子たちが家に帰った後のことができなくなるので、それはやめようと。ヘトヘトにさせると、翌日フレッシュにいけないですしね」

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ボールを一つずつ乗せて集中力を鍛えるトレーニング

 いかにして集中力を高めていくか。
 その中に甲子園出場時に話題になったテニスボールを積み上げることやジャグリングも含まれるが、メニューは技術練習にも数多くある。

 例えば、ゴルフボールを使った壁当て。小さいうえに野球のボールよりもはるかに速く飛んでくるため、危険を伴う。指導者が「集中しろ」と言わなくても、しっかりとボールを見て、素早い動きをしなければいけない状況に自然となるのだ。

 また、これをやることで違った効果も出てくる。三塁手の西本 憲人は言う。
「ゴルフボールでノックをすることもあるんですが、その後に野球のボールでノックをするとボールが来ない。だから、『前に出なきゃいけない』という気持ちではなく、体が勝手に前に行くんです」

 守備時にはよく「前に出ろ」と言われるが、この練習をすれば、言われなくても前に出るようになる。小さなボールの後に大きなボール、速いスピードの後に遅いスピードを体験させることで、今まで難しいと思っていたことが簡単に感じるのだ。
 このようなメニューが松阪にはいくつもある。
「いろんなメニューを組み合わせるので、メニューは無限大にあります」(東谷 晃希
「ティー打撃だけでも100種類はありますね」(西本 憲人

 時間がない、場所がない、スーパースターがいない……。
 勝てないときの言い訳は探せばいくらでもあるが、自分たちで解決できない条件には集中しない。集中すべきは、自らが置かれた環境や条件の中で、どのようにしたらレベルが上げられるのかを考え、工夫し、掘り下げられるかどうか。それが大事なのだ。

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基礎部分をおろそかにしない

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 そして、もうひとつ、忘れてはいけないことがある。

 それは、ピラミッドの上の部分だけを見ないこと。
 氷山の一角という言葉があるが、地上に表れているのは山の上の部分。それを支えている土台の部分を忘れてはいけない。

 取材日も、集合写真の列を作るのに時間がかかったり、全員で行うボール回しが成功せず、クリアするまでに1時間近くを要したりということがあったが、松葉監督はあえて何も言わず見守っていた。
 なぜ、うまくいかないのか。どこに原因があるのか。何が問題なのか。当然、見ていればわかる。だが、やっている選手たちは気づかない。それをあえて指摘せずに我慢する。

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硬式球の壁当て。
また集中力強化のためにゴルフボールを使っての壁当ても行う。

 自分がうまくできている選手は、他の選手のミスにイラッとすることもある。同じ選手ばかりミスをすれば、大きな声を出したくもなる。だが、それでメンタルが動くようでは、実際の試合で味方のミスが出たときにも同じようになる。
 そこに気づけるか。どんな話し合いをし、どんな方法を用いればクリアできるのか。工夫して、自分たちで解決する力を身につけることが野球につながり、ひいては社会に出て生きていく力につながるのだ。

 だからこそ、短時間の練習に詰め込むようなことはしない。1つの目的を明らかにし、欲張らず、メニューを絞って一つひとつクリアしていく。

 「勉強のカリキュラムといっしょで、いつまでにこれをしないといけないというのはあるんですが、基礎にしっかり時間をかけておくと、あとで『わかった』と思う。『面白い』と思うとものすごく加速するんです。
 ガーッと詰め込んでしまうと、『何から手をつけたらいいかわからん』となるので、あとのスピードがダウンしていくんです」

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×松阪高校野球部 平田選手

 基礎固めには地味な作業が伴う。英語の勉強をするのにコツコツ単語を覚えていくことが欠かせないのと同じで、野球の練習でも飛ばしてはいけないものがある。

 どうしても試合に直結する技術メニューや実戦練習、派手なメニューに走りがちだが、基礎の部分をおろそかにしないことが、結局はあとから何倍ものスピードを生み出すことにつながるのだ。

 集中し、気付けるようになると、自ら掘り下げ、工夫し、ひとつの練習に複数の意味を持たせることができるようになる。 より良い練習方法を見つけることができる。そうやって世界が広がっていくのだ。それこそが、究極の効率化。

 最後に、松葉監督はこう口にした。
 「大切なことに目を向け続けたい。大切なことに光やレンズを向け続けたいですね。
 大切なことは何かといったら、未来を背負う若い子たちの進化、成長ですね。下手やし、気付かんこともいっぱいあるんですけど、待ってやることも大事かなと。
 結果とか、勝つことが先に出ちゃうと、待つことをしない。結果的には、育てるということをしないんですよね」

 我慢して、待つ。苦しんでいるときはヒントを与えてくれる。そんな指導者のもとで、考える力、気づける力のある選手が増えていったとき――。勝利は向こうから自然とやってくるのかもしれない。

(文・田尻 賢誉

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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