県立加古川北高等学校(兵庫)
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平日の練習時間は約3時間。グラウンドは他クラブと共用。中学時代に名を馳せた選手を勧誘できるシステムもない。そんな、ごく普通の公立高校が強豪ひしめく兵庫の上位進出常連校となり、2008年夏、2011年春には甲子園出場を成し遂げた。
チーム最大の武器は「走塁力」。盗塁を量産する技術はもちろんのこと、二塁走者がシングルヒット一本で本塁へ生還する技術、内野ゴロの間に三塁走者が本塁へ生還する技術、投球がワンバウンドになった際に素早いスタートで次の塁を奪う技術など、あらゆる走塁シーンにおいて、高いレベルを誇っている。甲子園出場を導く「カコキタ流走塁術」は、いったいどのような発想と練習メニューの下で生まれているのか。兵庫県加古川市に位置する学校を訪ねた。
ウォーミングアップと走塁練習はセットで考える
▲走塁練習を兼ねたウォーミングアップ
加古川北高校の練習メニューは、ランニングでもストレッチでもなく、軽い助走をつけたフックスライディングから始まる。
「あれはウォーミングアップとスライディング練習を兼ねた『スライディング体操』です。フックスライディングで滑ることによって、股関節をほぐす効果もあります」
そう説明してくれたのは今年で就任11年目を迎えた福村順一監督だ。
「このまま走塁練習に入っていきます。うちは練習時間がそう多くないので、走塁練習とウォーミングアップを同時にやってしまおうという発想ですね」。
内野のフェア地域全面をフル活用したスライディング練習が始まった。素早く立ち上がり、次の塁を奪うシーンを想定した動きもあれば、次の塁を狙いかけたものの、無理と判断し、慌てて帰塁する動きを見せるなど、試合中に起こりうる様々な場面をイメージした走塁練習がダイアモンド内のいたるところで繰り広げられている。ベース1個あたりの人数は数人レベルのため、走塁練習にありがちな待ち時間はほとんどなく、時間効率も抜群だ。
ベースランニングでは、ベースを回る際の膨らみを抑える感覚を養うため、ダイアモンドの内側に置かれたベースに向かって、滑り込んでいくメニューも存在。ベースランニングのタイムを向上させるべく、ベースの踏み方にも加古川北独特のこだわりがあるという。
「うちは、スパイクの一番つま先寄りの歯をベースの内側の角に引っ掛けながら踏むように指導しています。そうすることで、ベースをより強く蹴れるようになり、膨らみを抑えつつ、スピードを加速させることができる。選手たちには『ベースは陸上競技のスターティングブロックだと思え!』と常々言っています」
よくよく見ると、練習用のベースの多くが側面に穴が開いてしまっている。「購入した新品のベースはどれも一年以内には使い物にならなくなりますね…」と苦笑いする福村監督。
繰り返し踏まれ、強く蹴られることで穴の開いてしまったいくつものベースを眺めているだけで、走塁に対するチームの強い意識が十二分に伝わってくる。
カコキタ流走塁を支える「こだわりのシャッフル」
▲加古川北 福村順一監督
アップを兼ねたスライディング練習、ベースランニングが終了すると、次の走塁練習メニューが始まった。
「今からバッテリーをつけ、満塁の状態で、ゴー、バックの走塁練習を始めます」
実際にボールを打つわけではないが、バッターボックスには打者役の選手がバットを持って立っており、投手が投球すると、本番同様、各塁の走者たちは、第1リードから第2リード地点へとシャッフル動作をおこないながら、離塁する。バッターがスイングをした場合はゴー、見逃せばバック、投球がワンバウンドした場合は打者が見逃しても、一、二塁の選手はゴーという決まりだ。
「走者は、右足が空中に浮いている状態でインパクトシーンを迎え、ゴーか、バックかの判断を下します。スムースに一歩目が切れるよう、右足はつま先を進行方向に向けながら、カカト→つま先の順に地面に着地する。ゴーならばそのままつま先で地面を掻き、スタートを切る。打たないと判断した場合は、右足のつま先を少し内側に閉じながら、左回りで帰塁します」
しかし、時には勢いが付きすぎ、バックしなければいけないのにもかかわらず、左足が一歩、進行方向に出てしまうケースもある。その場合は左回りでなく、右回りで帰塁するのがカコキタ流だ。
「左足が一歩出てしまった状態からだと、人間の体の構造上、右回りの方がスムースに帰塁できるんです」
帰塁力を高めることで、より大きな第二リードをとれるようになる。そこに「スムースな一歩目のスタート」が加わることで、より速く先の塁へ到達することが可能になる。
「うちの選手は50メートルタイムが速い選手はほとんどいない。今年は、6秒2の選手が一人(戸田祐生)いる以外は、軒並み7秒前後。でも、このシャッフルが実戦できちんとおこなえるようになると、シングルヒット一本で二塁から生還する確率や、内野ゴロで三塁からホームを奪える確率、投球がワンバウンドになった際に次の塁を奪える確率がどれも大幅に上がってくるんです」
細部までつきつめた、こだわりのシャッフルがもたらす、抜群の帰塁力とスタート力。加古川北の走塁力を語る上で不可欠な基本技術といっていいだろう。
[page_break:ワンバウンドゴーがもたらす打者側のメリットとは?]ワンバウンドゴーがもたらす打者側のメリットとは?
▲福村監督の指導を真剣に聞く選手たち
「うちはワンバウンド投球は基本的にゴーという決まりになっています。投球が地面についているのに、スタートを切れなかった場合、ベンチからは『なんでいかへんねん!』という声が飛びますね」と福村監督。
しかし、ボールが地面についたのを確認してからスタートを切ったのでは、セーフになることは難しい。重要なのは「投球の軌道でワンバウンドになることを予測し、地面にボールが触れる手前の段階でいかに早くスタートを切れるか」だという。
「この走塁の精度を高めるためには、軌道でワンバウンドを予測するとともに、キャッチャーの捕球体勢を視野に入れる必要があります。ワンバウンドの場合は、キャッチャーはかなり早い段階で、両膝を地面につけるものです。それならば、両膝が下り始めた時点で、『ワンバウンドだ!』という判断を下して、スタートを切ってもいいわけです」
今では「投球がワンバウンドになったら加古川北は走ってくる」という認識が多くのチームに浸透している。福村監督は相手チームが「ワンバウンドゴー」を警戒してくれることで、打者サイドにも大きなメリットが生まれるのだという。
「『走られるから、地面に触れるようなボールを投げたくない』という心理が相手バッテリーに強く働くようになるんです。近年、高校野球においても、カウントを追い込んだら、ストライクコースからボールになる落ちる変化球を振らせようとする投手が多いですが、こういったワンバウンドになりやすいボールが投げづらくなる。必然的に投球が全体的に高くなってくるので、バッターサイドは非常に対応しやすくなるんです」
目に見える形で限界点を表す
ゴー、バックの練習の最中に、突如小さな赤いコーンが一塁と三塁付近に各3個、二塁ベース付近に2個置かれた。この赤いコーンの目的を福村監督は各塁別に説明してくれた。
「一塁ベース付近に置かれた3個のコーンで、最も一塁ベースに近いコーンが右投手の時の第1リードの限界地点です。そして、一歩二塁寄りに置かれたコーンが左ピッチャーの時の第1リードの限界地点。最も二塁ベース寄りに置かれたコーンが第2リードの限界地点です。コーンは『これ以上出たら危ない』という意味合いですが、裏を返せば『この地点までは出よう!』ということ。それを目に見える形で表したかった。リードだって限界地点までとれれば、盗塁成功率の向上に直結する。各選手は、自分の場合、何歩でその地点に到達するのか、日々の練習で、確認しながら、コーンがなくても、その地点まで正確に出られるように訓練していきます。左投手は、右投手に比べてけん制のボールが遅いため、リード幅を一歩余分にとることが可能。うちは左ピッチャーの場合は7メートルのリードをとるようにしています」
二塁走者の場合は、左、右投手に関係なく第1リード幅は同じなので、二塁付近に置かれるコーンの数は2個。しかし三塁ベース付近に目をやると、第1リード、第2リード地点を示すコーン以外に、三塁ベースのややショート寄りの場所にも1個、赤いコーンが置かれている。このコーンの意味合いはなんなのだろう?
「あれは、キャッチャーからのけん制球がきた場合に、視線を向けるべき場所をコーンで示しているんです。あわてて、いきなり三塁ベースのほうに目を向けて戻ると、力んでしまい、スムースに戻れない。少し三塁ベースのショート側を見ながら戻ったほうが人間の体と言うのはスムースに帰塁できるものなんです」
ここまで走塁の「帰塁」という要素に対し、理をもって、神経を注いでいるチームが全国にどれほどあるだろう。福村監督の説明を聞きながら、私は感嘆のため息を幾度もついていた。
[page_break:チームの約束事こそが野球のセオリー]チームの約束事こそが野球のセオリー
球界のセオリーにとらわれないのも加古川北の特徴だ。
無死、あるいは一死二塁で三遊間寄りのゴロが飛んだ場合、セカンドランナーは打球が抜けてから三塁へ進塁することがセオリーとされるが、加古川北では、サード真正面のゴロ以外は、基本的にゴーだ。
「チームで決めたシャッフルをきちんと実行し、素早いスタートが切れれば、サード正面のゴロ以外はかなりの確率でセーフになります」と福村監督。
三遊間寄りのゴロをたとえサードが捕球できても、きちんとしたスタートが切れれば、三塁手を追い抜く形になり、タッチされることはほとんどないという。
「それに二塁ランナーの進行方向に打球が飛んだくらいでいちいち進塁を自重していたら、三遊間を抜けるレフト前ヒットで二塁ランナーがホームに還れるシーンがものすごく減ってしまう。トータルで見た場合、サード正面以外はスタートを切ったほうが絶対にメリットは大きい」
▲実際の試合でも走塁で果敢に攻める
無死、あるいは一死三塁で内野ゴロが飛んだ場合も、「ピッチャーゴロは自重」という決め事を作っているチームは多いが、加古川北では「ヒットを確認してからスタートを切る」というサインが出ている時以外は、たとえピッチャーゴロであってもスタートを切る約束になっている。
「ピッチャーゴロは自重、そのほかはゴーという決め事にすると、どうしても一歩目のスタートが遅れてしまい、セーフになれたはずの内野ゴロでもアウトになってしまう。僕はいつも『ピッチャーゴロでもセーフになれるくらいのスタートを切れ!』と言っています。それでも間に合わなかったら、挟殺プレーに持ち込み、目一杯抵抗すればいい」。
練習メニューの中には、挟殺プレーになった場合に、少しでも時間を稼ぎ、あわよくば逃げ切れる可能性を増やすための練習も織り込まれている。
「挟殺プレーで相手のミスを呼ぶコツは『動きに強弱をつけながら、ボールをもらう側の野手との距離をつめること』。ゆっくりした動きから、突然スピードアップしたりすることで、相手はびっくりするし、ボールをもっていない野手を追い抜けることもある。とにかく最後まであきらめずに必死で抵抗する約束になっています」
すべての走塁シーンに「準備」と「約束」が施されていることにひたすら感心してしまう。
「ぼくは自分たちのチームの約束事こそが野球のセオリーだと思っています」
至極同意。素晴らしい解釈だと思った。
福村監督は言う。
「走塁力を向上させていく過程で、避けて通れないのが『失敗』です。失敗を重ねなければ、アウトとセーフの真の境界線も見えてこない。やはり実戦の中での『トライ』と『失敗』を通してこそ、走塁の精度というものは本当の意味で上がってくるのだと思っています。だから、うちは練習試合における走塁死が非常に多いです。年間200試合をこなせば、1000盗塁を記録しますが、その分、失敗だって多い。もちろん同じ失敗ばかり繰り返されては困りますが、自分なりの根拠があった上で、前を向いて起きた失敗は、チームの中でオッケーということになっています。相手チームには非常に申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが…」
「走塁力」は一日にして成らず。走塁力で勝てるチームを作り上げるためには、指導者陣の「根気」と「信念」が不可欠なのである。
(文=服部健太郎)