Column

県立白河高等学校(福島)

2013.03.30

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 2012年秋、19年ぶりに東北大会出場を果たした福島県の県立白河高校。
 箭内寿之監督が、白河を率いて7年目の秋のことだ。箭内監督が白河に赴任した当初、しばらくは県内でトップを走る王者・聖光学院の背中を追いかけてきた。だが、選手の質も、甲子園への意識も入学時から大きく違う聖光学院と、地元出身の選手で構成された白河が、同じ山の登り方をしても、いつまで経っても追いつくことは出来ないと、ある時、気付いた。
 そこからは、発想を180度転換した。白河が安定した結果を出し始めたのは、それからである。箭内監督が就任3年目以降は、春・夏・秋の3大会のうち必ず一度は県ベスト8以上の結果を残している。県大会準決勝、決勝への進出も珍しいことではなくなった。

 一体、発想をどう転換していったのだろうか。
「一死一、二塁の場面でゲッツーを取りに行くのか、もしくは、一塁ランナーをホームに返さないようにするのか。それをベンチの指示を待つのではなく、自ら判断して、色んな状況を見つけてほしかった。そういう大人のチームにしたかった」

▲白河 箭内寿之監督

 箭内監督は言葉を続ける。

「『上からこうしなさい』と与えられた価値観で統一してチームを作ることも強くなるためには大事だと思いますが、物事には表と裏があるので、言われたからやるのではなく自分で選んだ価値観を自分の常識で判断出来るようになってほしいと考えました」

 その考えは徹底されていた。箭内監督は、日頃からミーティングを行わない。練習が終われば、「ハイ、ご苦労様」で終わる。練習後に行われるのは、選手間だけのミーティング。練習試合もそうだ。試合が終わっても、監督からのフィードバックはない。

 「試合が終わったあとすぐに私が話しをしても、監督自身の頭の中も整理されていないでしょ。他の監督さんは野球観が優れているので、その場で伝えられるけど、私の場合は翌日ですね。それに、監督がその場ですぐに言うと、選手も分かったつもりになってしまう。すべて教えると考えるクセがつかないので、私は翌日に課題を一覧表にしてプリントを渡して、それを練習メニューに加えていきます。その代わり、翌日のメニューを予想しておけというのは、選手に伝えたりはしますね」

 自ら判断して、自ら考えることが出来るチームへ。そのビジョンをもとに、試合の戦術も組んでいる。この白河の戦術が実に面白い。
「目指しているのは常識的な人間。でも、うちがやる野球は、非常識」と、箭内監督は笑う。

非常識なポジショニングで、積み上げた勝利数

 「私たちが、やっている野球は常識を疑いながらの非常識な野球。他がやらないことに取り組むことで、能力や技術は高いわけではないですが、自分たちのアドバンテージにすることが出来る」(箭内監督)

 彼らのアドバンテージとは、精密に計算し尽くされた“ポジショニング”だ。白河のグラウンドの土には、黄色いポインターが所々に打ち込まれている。これは、各ポジションの守備において、最もリスクの少ない角度を見出し、そこを基本的な守備位置として示しているものだ。

 この黄色のポインター以外にも、バッターと状況によって、守備位置の角度を算出して示したシートも白河高校野球部には存在する。これを日頃の練習から徹底して、身体に染み込ませていくのだ。実際に示された形があったとしても、本番では場面ごとに、各野手が自分で判断して動くことが出来なければ、白河の非常識なポジショニングは実現できないのだ。

 では、ここでいくつか、白河のポジショニングを紹介しよう。以下、箭内監督のコメントである。

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[page_break:白河の中継プレーを伝授!(イラスト付)]

白河の基本的な守備位置

 これは、うちが実践していることのほんの一部です。確率から角度を算出し、そこから守備位置のメートルを算出しています。
例えば、二死一塁の場面において、通常のポジショニングであれば、サードやファーストは、長打を警戒してラインに寄りますが、私たちの場合は、その角度に飛ぶ確率は低いと考えて、そこは捨てます。長打を打たれたら割り切って、サードやファーストは、センターラインに詰めます。
 また、一死一塁の場面では、通常はファーストがベースに張り付き、右足を塁につけて、牽制球が来るのを備えて構えます。しかし、私たちの場合は、ファーストはバッターに正対して、ランナーの前に構えます。というのも、横に広がっていたほうが、守備がしやすいからです。二死一塁の場面では、一塁手は今度はランナーの後ろに構えて、バッターと並行に構えます。併殺を取りたいケースなのか、どうかでポジショニングが変わっていくんです。

中継プレー編 part1:走者一塁で、左中間への打球が飛んだ場合

▲走者一塁、通常のポジショニング

 走者一塁でエンドランが掛からない場面で、左中間に打球がいった時に、通常であれば、ショートがカットに入って、セカンドがセカンドベースカバ―をして、レフトがセンターのカバーに入り、7-6-5のラインを作るかと思います。ただ、高校生であれば、カットが一人だと逸れる可能性が高いので、基本的にはダブルカット。

 左中間に打球がいけば、ショートが入って、セカンドがその後ろにつくと、セカンドベースがガラ空きになる。相手がいいチームであれば、バッターランナーがそのまま2つ取りますね。そこで、通常はファーストは、バッターランナーの一塁の触塁を確認してから、後ろを追いかけていきます。

▲走者一塁、白河高校のポジショニング

 でも、うちの場合は、セカンドとショートがダブルカットに入った場合、ファーストは、後ろ目でバッターランナーの触塁を確認しながら、バッターランナーより先にセカンドベースに向かって、ファーストがセカンドベースのカバーをします。

 そうすると、3つが取れるか取れないかは、ランナーとの駆け引きですが、ダブルカットのシフトをひいているので、カットミスによる二塁から三塁、ないしは、三塁を回って本塁を取られるリスクも減るんです。その他、三塁を取られたあげく、バッターランナーに二塁を取られるリスクも無くせます。

中継プレー編 part2:走者一塁で、レフトに長打が飛んだ場合

▲走者一塁、レフトに長打、通常のポジショニング

 走者一塁で、レフトに長打が飛んだ時、他のチームはショートが中継に入って、サードは一塁ランナーがいるので、サードベースから離れられない。そこで、セカンドがショートの後ろにダブルに入り、ファーストがセカンドに入る。これが、基本的なやり方ですが、なかなかレフト線に、ショート含めて、セカンドもその後ろに入るのは、時間的には難しいんですよね。理屈ではいいんですが。

 それで、うちの場合は、ショートがつめて、サードがベースを開けて、ピッチャーがサードのベースカバーに入る。つまり、ピッチャーがレフトのカバーに入ったショートとサードのダブルカット兼サードのベースカバーに入るということですね。それで、ファーストがホームベースの後ろにいく。セカンドはそのまま。

▲走者一塁、レフトに長打、白河高校のポジショニング

  他にも、走者一塁の場面で、外野に長打がいって、ピッチャーはサードの後ろにカバーに入るのが通常。ただ、サードのカバーにまわると40メートルと距離が長いので、夏の大会を考えると、ピッチャーの体力が消耗されるので、うちの場合は、ピッチャーは18.44メートルだけのホームベースのカバーに走る。そこで、キャッチャーは、外野からの返球のサードベースの延長線上に走るようにすれば、カバーリングもできるし、ピッチャーの体力消耗も防げる。これも徹底的に仕込みます。

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[page_break:自分たちの野球を展開するための「準備」]

ポジショニングの差で勝利を掴む

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 実際に、公式戦では何度もこのポジショニングの差で、勝利をしてきた。
「ある試合では、1対4の3点ビハインドの場面でうちが負けていました。その試合、9回表のうちの攻撃で一死満塁としました。その場面で、相手がセカンドランナーを殺しに、前進守備をしたんです。その瞬間、うちの選手たちは優位に感じました。
 ここでバッターがレフトフライを打ったんですが、3点差あるので、相手はファーストランナーさえホームに返さなければ勝ちですよね。
レフトに大きめに打球がいって、もしこれがうちの守備であれば、一塁ランナーを返さないために、長打を警戒して深めに外野を守っている。
 だけど、相手がセカンドランナーを殺そうと、前進守備をしていたことで、打球が外野の頭を抜けて、同点になった。そういった場面においても、精神的にうちがアドバンテージを感じることが出来る」

自分たちの野球を展開するための「準備」

 これこそが、試合で自分たちの野球を展開するための「準備」である。自分たちの野球の軸を定めて、そこに対して、徹底的に時間を費やしていく。そのための毎日の練習メニューの作成にも手は抜かない。プロ野球のキャンプメニューのように、分刻みでのポジションごとに組まれたメニューは、練習前に必ず全員が目を通す。

 実は、監督から選手への直接のミーティングを行わない白河ならではの工夫がここに隠されている。シーズン中であれば、週末の練習試合に出来なかったことが、このメニューに反映されている。それを選手が見て、自分たちが感じていた課題と、箭内監督の考えていたことが一致しているかどうかがここで日々分かるのだ。つまり、監督と選手の考えの答え合わせの時間のようなものだ。

 ここで彼らが何かを感じ、練習の後には再び選手だけのミーティングを開き、その日の練習を、彼らだけで振り返る。その繰り返しこそが、白河の選手たちの考える力を強めている。オフシーズンであっても、それは変わらない。また、練習の目的を練習前にしっかりと認識しているからこそ、『一日の練習をやり切る』ことに対して、選手たちは日を重ねるごとに自信を深めていくことが出来るのだ。

▲白河 河野悠樹選手

 現に、秋季大会でエースとして投げていた河野悠樹は、中学時代は三塁手だった。しかし、この秋は、チームを県大会では決勝戦まで導くほどの好投手に成長したのだ。箭内監督は言う。
「河野は、研究熱心で努力家なので、一人でここまで成長してくれました。僕は何も教えていないんです。基本的に、うちは県立なので、“最速何キロ投げられる本格派投手”というのは入学してこないんですよ。だから、選手たちが自ら成長していってくれるしかないんですね」

 そんな、河野は、自身が成長できた要因をこう語る。
「自分は、もともと不器用なんです。不器用だからこそ、何度もやらないと出来ないし、反省すれば忘れないと思って、一つ一つを毎日振り返るようにしています。Aチームの練習に出られなかった時も、Bチームにいても、周りに置いていかれないように集中して取り組みました。自分がいつも意識しているのは、一歩目。次の行動に移るときの一歩目を大事にすることで、練習に対しても気持ちを作っていけます。
 秋は、自分が支部予選から投げて、自分の力量がどこまで通用するか分からなかったけど、決勝戦まで投げて東北大会も経験できたことで、少しは自信になりました。ただ、まだ経験不足なところもあるので、もっと成長していきたいです」

 さらに、河野は言葉を続ける。
「箭内先生には、これまで色んなことを注意していただきました。そのたびに、悔しさも受け止めて、『またやってやるぞ!』と思うことも出来ました。だから、箭内先生にはすごく感謝しています。甲子園って、誰かのために行く場所ではないけど、箭内先生と築いてきた白河の“箭内野球”をこの夏は、甲子園でみせたいです!」

 また、キャプテン・鈴木智之も、こう語る。
「僕たちは、去年の秋に満足はしていません。最後の夏は、甲子園に行って、箭内先生に恩返ししたい。このチームで、甲子園に行きたいです!」

 日頃、選手たちにも多くを語らない箭内監督だが、彼らはそんな監督の静かな情熱と、選手に向けられた大きな愛情をしっかりと感じ取っていた。“箭内野球”を白河高校初となる甲子園の舞台でみせるために、白河ナインは箭内監督から教わった最高の準備力を武器に、この夏に挑む。

(文=安田未由)

※箭内監督は、2013年4月1日より福島県立須賀川高校に赴任

箭内寿之監督語録

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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