ピンストライプのユニフォームが甲子園に戻ってくる。
 2007年のセンバツ、初戦で佐藤 由規(現・東京ヤクルト)を擁する仙台育英を下し勢いにのると、準々決勝の大阪桐蔭戦ではエース・田中 健二朗(現・横浜DeNA)が中田 翔(現・北海道日本ハム)に対して真っ向勝負を挑んで勝利。準決勝(対熊本工)、決勝(対大垣日大)はともに逆転で、初優勝を成し遂げる。甲子園未勝利のチームが一気に全国の頂点へ登りつめた。翌08年夏の甲子園では準優勝に輝き、一躍高校野球界のトップに躍り出た常葉菊川。豪快なフルスイングに積極果敢な走塁は高校野球の常識を覆し、全国に強烈なインパクトを与えた。

敗戦を糧に上り詰める

 その後、常葉菊川の野球スタイルは変わることがなかったが、結果に結びつかなかった。2010年の夏は決勝戦で兄弟校の常葉橘に甲子園を阻まれると、翌2011年夏はベスト4で惨敗。冬から夏にかけてグッと力をつけてくるものの、勝ち切れなかった。
 昨年の夏も長身右腕・岩本 喜照(九州共立大進学予定)を擁しながらもベスト8で敗退。『菊川の野球も陰りが見えたか』。そう感じつつあった、近年の常葉菊川
 3年生が抜け、新チームになっても印象は変わらなかった。突出した選手が少なく、前評判も決して高くなかった。事実、8月下旬の西部地区大会では小笠に敗退。好左腕・松村 涼の前にあっさりと抑えられてしまった。敗者復活戦にまわり、負ければ秋が終わりの状況。浜名戦では何度もピンチがありながらも、延長戦に持ち込み、さらに粘って15回を戦い再試合へ。翌日の再試合で勝利し、紙一重のところでの静岡県大会進出。かつてのような圧倒的な強さは見ることができず、この時点でセンバツ出場までを予想することはできなかった。

▲常葉菊川 堀田竜也投手

 それでも、静岡県大会に入ると、エース・堀田 竜也(2年)の踏ん張りで勝ち上がる。この時期、森下知幸監督は少しずつだが、手ごたえを感じ始めていた。

「西部地区大会で小笠に負けて、浜名に再試合。考えてみればあそこで負けていれば終わりだったので、ポイントになると思いますね。でも、やっと力がついたなっていう試合は準決勝の飛龍戦。あの試合で逆転できたということですね」

 東海大会出場をかけた飛龍との準決勝。序盤に3点の先制を許しながら、逆転勝ち。常葉菊川らしい野球が少しずつ戻ってきた印象を受けた。

 東海大会の初戦の相手は07年センバツの決勝で対戦した大垣日大。この試合、先発した堀田は11安打を浴びながらも粘りの投球を展開。打線もつないで得点を奪い、6対5で競り勝つ。さらに、準々決勝で愛知1位の東邦相手に堀田が11安打を浴びるも、チャンスで畳みかける常葉菊川らしい野球で、2回、7回に3点ずつを奪って準決勝に進出した。準決勝県立岐阜商にサヨナラで敗れたものの、センバツ切符に大きく近づいた。

 主将の松木 大輔(2年)が、あらためて昨秋を振り返る。
「正直、チームがまとまらない時は少ししんどかったのですが、サブの選手が支えてくれたのが大きかったです。みんなに助けてもらってばかりでしたね」

 新チーム結成後、こんなことがあった。
 昨夏からのレギュラーだった遠藤 康平(2年)は新チームでも中心的な存在だった。ただ、遠藤は野球センスこそ優れているものの、エラーした時の気持ちの変化が目立った。自ずとチームの士気が下がる。そんな遠藤を見かねた松木から厳しい言葉が飛び、数試合の間、練習試合のメンバーから外れることもあったという。主将の厳しい決断が遠藤を変えた。
 スピーディーな動きと強肩を生かした高い守備力に加え、打つ方では3番。県大会準決勝で逆転勝利のきっかけとなるレフトオーバーの二塁打を放ち、東海大会の東邦戦でも4対3で迎えた7回に満塁から試合を決める2点タイムリーを放った。ここ一番で勝負強さを発揮した遠藤。精神的にも一回り成長した遠藤の活躍なくして、センバツ出場はあり得なかっただろう。



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