早稲田大学系属早稲田実業学校高等部(西東京)
士気を高めたスローガン
選手間だけで行う練習中のミーティング
和泉監督は「ずいぶん、ハードルを上げたなと思いましたよ。白黒つけるような言葉ですからね。だからこそ、今苦しんでいるのかもしれません」と振り返る。
秋も春も優勝候補に挙がりながらも、秋は東海大高輪台、春は都立府中東に1点差で敗れた。秋はエースとして期待された八木がいまひとつのデキで、春は緩急自在のピッチングに対応できず、フライの山をあげた。
一球に対する高い集中力
冬の練習に入る前には珍しく、和泉監督が選手に提案した。
1日、1000回の素振り。秋の戦いを見て、持っている力を出し切れていないと感じた。それを払しょくするには、何かをやり続けることが大事ではないか。
取材当日も、室内で素振りをしていた。シーズンに入ってからは、300~500回に減っている。それでも、「取り組む気持ちが違う」と語るのは春からキャプテンとなった江間だ。
「はじめに監督に言われたときは、素直に受け入れられませんでした。でも、春に都立府中東に負けてから、気持ちが変わった。もう、あとがない。やるしかありません」
都立府中東戦は、「いつでも打てる」と思っていたと明かす。主力にケガ人が相次ぎベストメンバーではなかったが、結果は3安打完封負け。慢心もあった。
和泉監督はいう。
「『こんなはずじゃない』と思っていたんじゃないでしょうか。でも、勝てなかったというのは、力がないということです」
いかに弱さと向き合えるか。弱さにフタをして、意識的に目をそらす選手も多いという。しかし、それでは進歩はない。秋春の敗戦は、自分を見つめ直すには、これ以上ない材料だったのかもしれない。
素振りに対する気持ちひとつとっても、少しずつ、取り組む姿勢が変わってきている。
本質的な解決方法とは?
夜遅くまで振り込む選手たち
この日の練習でも、ノックを打っていた佐々木慎一部長は、フリーバッティングを見ているときも、ひとことも声を発しない。指示や指摘だけでなく、怒鳴り声もあがらなかった。
その代わりに、選手同士で「今のプレーでいいのか?」「そんなプレーありえないぞ!」と、声をかけあう。練習が切り替わるときは、必ずミーティングを開いてから、次のメニューに移っていた。
「意識的に、こういう雰囲気にしています。私からは何も言いません。そうすることで、選手が考えるようになる。私は選手が求めてきときに、アドバイスを送るだけ。それが、長年続く早実のスタイルです」
この日、佐々木部長が選手に直接、声をかけたのは練習メニューを確認するために、キャプテンの江間拳人と話したときだけ。あとは、ジッと見つめていた。
ちょうどこの日の練習では不在だった和泉監督もまた、佐々木部長と同じ指導スタイルだ。プレーをするのは監督ではなく選手。和泉監督の中には、その想いが強い。
指導者は、選手にどう気付かせるかが大事
「若いときは感情的に怒ることもあったけど、大事なのは違うところにあるなと気づいたんです。選手が成長するのは、そういう部分ではない。いかに彼ら自身が感じて動けるか。指導者は、選手がそう感じるように促していく。そこが一番大事だと思っています」
ときに、指導者が強制力を発揮したほうが、物事が進むこともあるだろう。それでも、和泉監督は「それは本質的な解決にはならない」と好まない。
「いま、大事にしているのは、弱い自分を受け入れることです。それは大会で勝てていないという弱さだけはなく、自分に勝てない弱さもある。自分との戦い。いかに丸裸になり、フラットの状態になれるか。ただ、高校生はまだ若いから、自分の弱さに向き合えないこともあるんですけどね」
弱さと向き合えたとき、前へ進むことができる。春の大会を終えてから、少しずつ、向き合う選手が出てきた。
[page_break:心ひとつになっていくチーム]心ひとつになっていくチーム
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江間の部室のロッカーには、こんな言葉が貼ってある。
『みんなのために絶対に甲子園にいく』
春の都大会で負けてから、改めて書き直した言葉だ。
「これまで支えてくれたみんなのために、絶対に勝ちたい。特にメンバー外には感謝しています」
この春、異例の出来事があった。3年生約10名が、夏のメンバー入りをあきらめ、メンバーを狙う選手のサポートに回ったのだ。例年なら、夏の大会直前まで、メンバー競争は続く。
「春、試合に出ているメンバーの気持ちがバラバラだったんです。
自分がキャプテンになったのは、そういう理由もあります。何度もミーティングをして、泣きながら話す選手もいました。メンバーがまとまらないから、メンバー外はもちろん、2年生も1年生もついてこない。そんなときに、マネジャーの井上や、控えの石橋が、『お前たちの練習をサポートする』と言ってくれたんです。それを機に、チームがうまく回るようになってきました」といって、すぐに結果が出るほど甘くはないが、チームの雰囲気は確実によくなっているという。
江間に、「逆境をはねかえすには何が大事か」と尋ねると、こう答えた。
「周りの人への感謝の気持ちと、これまで負けた悔しさ。それをチーム全員で持てれば、結果はついてくると思っています」
個々の能力は、西東京でトップクラスといっていいだろう。あとは、公式戦でいかに力を発揮できるかだ。
「2006年の斎藤(佑樹=北海道日本ハム)のときも、2010年に甲子園に行ったときも、6月の時点ではどんなチームか見えていなかったんですよ。ここからです。もがき苦しみながら、少しずつ成長しています」
和泉監督に焦りの色は見えない。
取材のはじめに、今回のテーマを伝えると、和泉監督は笑いながらいった。
「逆境? うちが逆境ということ?」
指揮官は、逆境とはまったく思っていない。夏勝つために、通るべき道のりを走っているだけのことだ。本当の意味で自分たちの弱さを受け入れとき、夏の甲子園が見えてくる。
(文=大利実)