Column

愛知工業大学名電高校(愛知)

2012.05.18

野球部訪問 第63回 県立中部商高校(沖縄)

 これほど、甲子園に来るたび、戦い方を変えてくるチームはそう多くないのではないか。
甲子園春夏合わせて18回の出場を誇る愛工大名電は、戦いの中でチーム力を上げ、成長を遂げてきたチームだ。

半端じゃなかったバントの徹底

倉野光生監督

 チームに携わって32年。監督としては14年になる倉野光生監督は言う。

「2002~2005年にかけてセンバツに4年連続で出させてもらいました。最初が1回戦で負け。次は2回戦(初戦)を突破したけど、3回戦で敗退。その次は準優勝、そして優勝。4、5年をかけて、チームができての優勝でした。段階的にチームが良くなっていくのは面白かったし、積み重ねを感じましたね。なんて言うのかな、いい選手を獲ったら勝てるぞ、お金かけて野球をしたら勝てるぞということではなくて、それこそ、足し算を覚えて、掛け算を覚えて、方程式を覚えて、最後に因数分解を覚えるような、高校野球の学習をしました。順番にやっていけば、答えは出せた、と」

 “バントの名電”

 そう呼ばれている。徹底したバント戦術は、高校野球に一つの風を吹き込んだ。その賛否両論も含めて、愛工大名電がもたらしたものは大きかった。05年の初優勝はその集大成のひとつだ。
 とはいえ、愛工大名電からしてみれば、突発的にバント戦法を選んだわけではない。倉野監督の言葉にあるよう、段階的にチームは変わっていった。

 倉野監督は言葉をつなげる。
「今、中日ドラゴンズで売り出し中の、堂上兄(剛裕)が入ってきた前後に甲子園に行き出したんですけど、彼が入学してきたときには、これだけの逸材は、そうは出ないという評判だった。僕自身も、甲子園に行ったら、(堂上兄は)すごい記録を作るだろうなと思っていました。でもね、甲子園では打てなかったんですよ。あれだけの素質の打者でも、甲子園に行ったら打てない。センバツでも、夏も全く打てず。チームそのものも、攻撃型のチームを作って、最高の準備をしても、甲子園では1安打だったんですよね。それで、次の年、2安打で勝った。結局、守れんといかんな、バッティングはあてにならんな、ということだったんです。打てるチームを作ったって、不可能。打たなくてもいいから、点を取らないといけないと思うようになったんです」

 そこからバントを多用した。それも徹底ぶりが半端じゃなかった。
 打席に入れば、全員がバントの構えをした。走者の有無、アウトカウント関係なしに、だ。余りの徹底ぶりに、甲子園はざわついたし、プロ野球スカウトの多くも、首をかしげるほどだった。

 それでも、倉野監督に迷いはなかった。なぜなら、全て裏付けがあったからだ。
「練習試合で実践してもそうだったけど、1回も振らずに、全員にバントをさせたら、内野安打が何本か出るんです。あるいは普通のバント処理を相手がエラーする。本当に1回もバットを振らずに、バントをしているだけでも点が入ったんですよ。投手が四球を出す、ランナーが出ると盗塁。さらにバントするとエラーが出る。スクイズで点が入るんですよね、野球っていうスポーツは。その結果、じゃ、これをやってみようかなと」

 甲子園ではなかなか勝てないチームが勝ち始めた。初戦を突破すると、2回戦、準々決勝、準決勝……。バント戦術は批判こそあったが、確実に甲子園を席巻していた。
 04年は準優勝に終わったが、翌年、堂上の弟・直倫(現・中日ドラゴンズ)を4番に据えた打線は「バント」に長打力をミックスさせた野球を完成。投手陣が二枚看板だったことも手伝って、愛工大名電は初の頂点に立ったのだ。

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[page_break:バントの技術はそのままに、短打・長打を混ぜ合わせた得点能力の高い野球を実践]

バントの技術はそのままに、短打・長打を混ぜ合わせた得点能力の高い野球を実践

 それからは、愛知県のライバル・東邦中京大中京に屈する時期もあったが、この春、センバツの舞台に戻ってきた。バントの技術はそのままに、短打・長打を混ぜ合わせた得点能力の高い野球を実践した。大黒柱のエース・濱田達郎を中心にしたディフェンスも堅く、隙のないチームだった。
 特に、今年のチームに感じられたのは状況判断の的確さだ。バント戦法など、戦術を駆使するチームは、往々にしてパターンに陥りがちだが、今の愛工大名電にはそういった要素がない。状況に応じた的確な判断ができている。

 その秘訣はどこにあるのだろうか。倉野監督に尋ねた。
「最近の指導で特に感じるのはあまり押し込めすぎてもイカンなと。押し込み教育はダメ、ゆとり教育もダメ、自分で考えないといけないのではないかなぁ。自分で考えるということは自分のキャパの中だから、たくさん考えることができる子は考えるだろうし、考えられない子は、その中でやっていくしかない。そういう考えのもとに指導するようになった。だから、考えるための方法はどういうことがあるよというようなことは、ミーティングで伝えたりしますね。こんな練習方法を先輩はやっていた。イチローはこうだった、今日の新聞にはこういうコメントがあった、プロでもこんな意識なんだよ、とか。考える材料を一生懸命に言う。だけど、答えは自分で出せ、ということですね」

 指導法の変化といえば、少し大げさだが、選手が個々に考えることによって、今の愛工大名電は作られている。
 新チーム結成以降、チームが成長したのも、その意思があったからだ。

 主将の佐藤大将がいう。
「キャプテンを務めさせてもらっていますけど、みんなが自分で考えて、調整法も分かってやってくれているので、非常に楽なんです。秋の大会を勝つチームは、前のチームからレギュラーだった2年生が半分くらいいてっていうのが多いじゃないですか。それに比べると、僕らは3人だった。でも、今まで蓄えてきたものがあったのも事実で、代打で頑張っていた部員、スタンドにいた部員。みんなが、溜めていたものを出してくれている」。

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[page_break:考えることを義務付けられた彼ら、でも中身は人それぞれ]

考えることを義務付けられた彼ら、でも中身は人それぞれ

 倉野監督の指導方針により、考えることを義務付けられた彼らは、それぞれに意思を持ち、行動に移している。それが力になっているのだ。
 ただ、中身は人それぞれ。
 セカンドで1番を打つ木村斗史稀は「僕は真似ごとから入る」 こう力説する。

「新チームになったころ、自分の課題はバッティングよりは守備でした。確実性を求めてきて、どうやったら上手くなるんだろうと考えてきた。そこで1つ上の先輩のマネをしたんです。その人はどんなゴロでも、一度、グラブを下につけてから上げてくる。

そこからマネして、できるだけ前に出て、絶対ショートバウンドで捕る。そこからアレンジを加えていったら、自分なりによくなってきました」

 彼の言葉からも分かるように、普段からの観察力を生かし、自分の中に取り入れていることが分かる。それは先述した倉野監督の言葉にもあるように、『考える材料』をいかに自分の中に持っているのかなのだ。

 打率1割台ながら、レギュラーを獲得した松原史弥は、読書の中から技術のヒントを得た。
「僕は入学した時に試合に出させてもらったんですけど、そこから壁にぶち当たって全然ダメで、新チームになっても、打てないし、バントもできないし…という状態だった。秋季大会は背番号が『19』だったんですけど、元中日の川相(昌弘)さんの本にバントについて書かれてあって、それを読んだんです。ひとつは芯に当ててもいいから、自分の決めたコースに転がす。もうひとつが芯を外して、投手前に転がすっていうやり方。最初、自分は投手前に転がすやり方をやったんですけど、どうしても、芯に当たってしまうので、芯に当たってもいいから、角度を決めて、バットに当てるという感覚でやるようにしました。それで、コツをつかめました」

 エースの濱田達郎も、プロの技術を取り入れたという。
「一昨年くらいにTV番組で、広島の前田健太選手の特集をやっていて、『0』から『100』で投げるというのを参考にしました。ずっと身体の力を抜いて、リリースで力を入れる。ピッチングをしているときに、いいボールはどうすれば投げられるか。常に意識しながら投げているんですけど、そのうちの一つが前田健太のピッチングでした」。

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[page_break:大きな大会では積極的に試合を見る/課題と向きあい、夏の舞台に備える]

大きな大会では積極的に試合を見る

 また、愛工大名電は明治神宮大会や甲子園などの大きな大会にいくと、積極的に試合を見るようにしている。大会に入っても練習に打ち込むチームが多い中、球場に足を運ぶのだ。高校野球ファンなら見たことがあるだろう。全国大会で、試合を見に来る、愛工大名電ナインの姿を、だ。彼らは観光気分なのではない。これも、一つ、選手たちの野球勘を養うことに一役買っている。

 倉野監督は言う。

「野球を知ることも大事だし、野球マニュアルを覚えることも必要。甲子園に行ったり、神宮に行ったら、試合を見ようと言ってます。生で見るのとTVとは全然違うんですよね。TVで見る場面は、ディレクターが作る。

 球場で見る野球はね、自分が中心になって、いろんなところが見れる。たとえば、ショートのステップ、足の運び、一歩のスタート、グラブの出し方、勉強しようと思ったら、そればかり見てるでしょう。投手なら、明治大の野村祐輔投手(現・広島東洋カープ)の投球はカーブで入って、中・外の出し入れが上手だな。球速は130だけど、切れがあるなとか、そういうことを勉強できる。僕が教えなくても、見る場を作ると野球を覚えてくる」

 濱田は、試合観戦の経験をうれしそうに話す。
「全国大会には強豪校ばかり集まっているので、盗むところがたくさんある。長く球場にいると、雰囲気に慣れるので、試合には入りやすくなります。選手の動き方とか、甲子園はテンポが速いんですね。こういう風にすればいいんだなとか、想像しながら見ますし、センバツだと寒さです。2、3試合目の場合は気温を考えて、どのアンダーシャツを使うのか、準備ができる。神宮大会で大学生を見た時には、いい投手の条件はコントロールだなと思いました。コントロールが良い投手は試合で勝てると思って見ていました。明治大の野村投手はすごかったです」

 普段から自分の意思で考えること、球場で試合を観戦し、野球勘を養う。

課題と向きあい、夏の舞台に備える

 “野球は想像力(創造力)と記憶力のスポーツ”だとある人が教えてくれたが、愛工大名電の選手にはただグラウンドでプレーするだけではない奥行きがある。だから、彼らはプレーに余裕があるし、的確な判断ができる。

 主将の佐藤は言う。
「打席に入る時に、ランナー一塁で、ここは俺はバントだなって思ってサインを見て、バントをするのが成功する秘訣。それなのに『俺に打たせろ』って思ってしまって、バントだったら失敗してしまうんですよ。成功しているときは特に、良い状況判断ができている。

 逆のケースでも、『ここはヒッティングだな、よし、そうだ、俺に任せろ』って、みんなそういう状況判断ができている。野球を知っているということになるんですけど、勉強じゃないので教えてもらうことではないと思います。監督にできるだけ何も言われないようにするのがいい。怒られないという意味ではなくて、言われないようにする。そうなっていれば、強いチームだと思いますし、近づいていると思います」

 そんな愛工大名電の夏へ課題は、濱田に次ぐ投手陣を作ること、野手陣のレベルアップだ。それは、口にするまでもなく、佐藤主将以下、ナイン全員が意識していることだ。

 だが、そこをあえて、倉野監督は、過去を例に出して、こんな話をしてくれた。
「05年のセンバツの時に、二枚看板だったんですけど、その時は二番手の十亀剣(現・埼玉西武ライオンズ)が出てきたんですけど、これはこっちが意図しようとしたものじゃないんです。十亀が二番手に甘んじないと思って、ずっとエースの齊賀洋平(現・JX-ENEOS)をライバル視してきたからなんです。だからね、二番手なんて作ろうと思って出来るもんじゃないんですよ。浜田に負けるかって、どれだけ思っているかなんです」

 夏の愛知大会を勝ち抜くのは厳しい。倉野監督はそう語り、選手らも言われるまでもなく、そう熟知している。
愛知を制するために、そして、その先に見据える全国制覇のためにも……。愛工大名電ナインは課題と向きあい、夏の舞台に備える。

(文=氏原英明

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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1 Comment

  1. Y. Yasui

    2024-02-06 at 5:48 PM

    イチローさんに工藤公康さんを輩出された名電。
    宮崎県から応援します!

    我々は2020年、paypayドームまで行きたかったのですが、コロナで。
    まさかの事態、でもそんな時こそ慌てずにやれることが先決と考えて乗りきりました。
    息子もその年は高校3年でした。

    愛知工業大も一緒に応援を。
    九州に来て以来、私もとより関心のなかった主人も野球というスポーツに我々は目を向けるようになりましたよ!
    息子は高校までバスケ部でした、主人はバスケ、私は剣道部でした。
    愛知工業大、名電高も文武両道で頑張ってください。今年は息子大学4年、いよいよ来年の仕事を探す年になりました。
    愛知県に何かの縁がありましたから、よろしくです。我々、生まれは姫路。ですが福岡県の大学にたまたま入ったことで夫婦(発端はどうなの(?_?)
    何しろ今に至っています!

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