Column

県立松山商業高等学校(愛媛)

2012.01.12

野球部訪問 第5回 県立宇都宮北高等学校(栃木)

プロローグ~「松山商業硬式野球部」の方向性問われる冬合宿再び

秋季愛媛県大会準々決勝・今治西戦での円陣

“秋季愛媛県大会準々決勝・今治西戦での円陣”

 あの、激しかった冬合宿から一年が経過しようとしていた。

 春季愛媛県大会 中予代表決定戦敗退
 選手権愛媛県大会 2回戦敗退
 新人中予地区大会 ベスト4
 秋季愛媛県大会 ベスト8
 1年生中予地区大会 2回戦・初戦敗退

 これが2011年、愛媛県立松山商業高等学校硬式野球部が公式戦で残した成績である。ご覧になればおわかりの通り、過去に春16回・夏26回の甲子園出場、春は20勝14敗、夏は60勝21敗1分の高勝率を誇り、うち春2回・夏4回の全国制覇。

2年生エース阿部健太(東京ヤクルト)を擁し2001年夏にベスト4進出を果たして以来遠ざかる甲子園帰還と、「夏将軍」復活を常に期待される彼らとしては、いささか物足りないものといえよう。

 さらに「いささか物足りない」のは成績ばかりではない。普段の練習にもその空気はそこかしこにある。熱血漢の重澤和史監督がノックバットを振るう日と、監督出張時とは明らかに異なるグランドの空気感。それでも公立高として平均レベルの練習はしているものの、いざシートノックに入っても技術不足ばかりか、集中力の欠如から生まれるミスは1つや2つではない。そこには残念ながら「全国制覇」を掲げる名門・松山商業の矜持(きょうじ)は見られない。
※矜持=自負やプライド

 「新チームになって最初のミーティングで選手たちに話をしたんですが、彼らからはなぜか『やったるぞ』という気持ちを感じなかったんですよ。これも僕らの指導不足だと思うんですが・・・」松山商赴任前は弓削でたった1人の野球部員を指導した経験を持つ程内大介部長も、選手41名・男子マネジャー1名の熱くなりきれない現状に首を傾(かし)げる。

愛媛県立松山商業高校 重澤和史監督

“愛媛県立松山商業高校 重澤和史監督”

 だが、その一方で彼らがそのようになってしまう理由はある。愛媛県勢はこの夏、今治西が出場も初戦敗退。秋も松山商が準々決勝でサヨナラ負けした今治西はじめ、出場3校は全て四国大会2回戦までに敗退。

 豊富な情報は雑誌等で手に入り、甲子園すらOBたちから聴く遠い話である彼らにとって、松山商の甲子園制覇が現状遥か遠い場所にあるのは容易にわかること。

 ならば、成績があがらない現状の練習法に彼らが疑問を呈したくなるのも理解できなくはない。

 では、これからの
松山商はどこに進めばいいのか?
 歴史を継承すべきなのか。それとも変革を加えるべきなのか?あくまで勝利に固執すべきなのか?それとも勝利至上主義を捨てるべきなのか?
 今回の冬合宿テーマは「覚悟」を決めて夏に挑む。必ず自分を「変えてみせる」であるが、それは硬式野球部全体に課せられたテーマでもあるのだ。

 重澤監督の合宿冒頭におけるミーティング訓示もその意味合いがふんだんにこめられていた。

「全て積極的にいくこと。合宿中、1つでもいいから1位になれるものを作れ!」

 昨年は終始「ついてこい」と言い続けた方針の変化。どうやら指揮官も相当の覚悟を持ってこの合宿に臨んでいる。かくして2011年12月28日午後、夏将軍にとって今後の命運を握る2泊3日の冬合宿が再び始まった。

[page_break:初日~現状が現れる反応の鈍さ]

初日~現状が現れる反応の鈍さ

砂浜に一礼する選手たち

“砂浜に一礼する選手たち”

「がっかりしました」。

 初日練習最後のミーティングで、選手たちの前で発言を許された筆者はこう言わざるをえなかった。

 緊張の糸が張り詰めたミーティングを終え、重澤監督の自家用車が先導車となって進む約1時間のバス移動からその兆候はあった。練習試合のほとんどが自校グラウンドの松山商にとって遠征は年に数度。バス内にはチームスポーツで不可欠な一体感とはかけ離れた浮ついた空気が漂いはじめる。

 愛媛県内某所の合宿地に到着し、早速2km離れた海岸までの競争に入る際も、選手たちの直前アップは三々五々、バラバラの位置でのんびりムード。昨年冬合宿経験者の2年生が半数を占めているにもかかわらず、そこにこれから待つ地獄に向き合う覚悟は微塵(みじん)も感じられなかった。

 その「鈍さ」は最初のメニューである全員で声と歩調を合わせての砂浜ランニングで一気に噴出した。100mコースを1周しないうちに息が上がり、隊列を乱し、脱落者を出す選手たち。この乱れは昨年と比べても明らかに早すぎるものである。こうして表向きの取り繕いを許さない砂浜の上で、
松山商 硬式野球部は現状をあらわにした。

 たまらず重澤監督の喝が飛ぶ。「川之江時代の合宿を含め10年間で一番ひどい!!」

延々と続く砂浜ダッシュ

“延々と続く砂浜ダッシュ”

 しかしそんな屈辱的な言葉に対しても彼らの鈍さは変わらない。50mダッシュやトップから最下位のタイムを10秒以内と定めたインターバル走でも、頑張るのはトップと最下位周辺の選手ばかり。おまけに「残り1本!」でタイム中盤の選手たちが5秒近くタイムを上げるというのは現代の高校生的思考といえばそうなのだが・・・。正直、呆れてしまった。

 これには多数詰め掛けたOBたちもさすがに怒りを隠せない。昨年3年生にもかかわらず合宿参加。今年も全日程手伝いに参加した東亜大硬式野球部1年・星加翔平も怒気を込めた口調で語る。

「本来、1年生を引っ張っていかなければいけない2年生の中にも中盤で埋もれていればいいという考えの奴がいる。腹が立ちます。僕らの代はチームの一体感ができないまま夏は2回戦で負けて後悔したので、彼らには後悔してほしくないんですが……」

「インターバル走でなぜ最初から最後までやろうとしない!これでは目標は達成できない。やりきった充実感が必要なのに、身構えて出そうとしない。これで終わりは誰だってする!じゃあ、野球は4・5・6・7回はやらなくていいのか?そこに自分の未熟さ、甘えを考えないと!明日は生まれ変わった自分を見せろ!」

「OBの方におかわりを運ぶときも、お盆を使って運ぶ。お盆がない場合は『手盆ですいません』とあやまる。それはずっと教えてきたことだろ?いかに普段からやらされていて、身についていないかということ。どこに行っても気配り、感性がないと野球は勝てない。松山商業というものは、ここまできちんとできるのかが「心の部分」が根付いている学校なんだ。もう1回心の部分をきれいにしよう」

 3時間ほどの砂浜練習を終え、日が暮れようとする合宿先の駐車場。そして夕食後のミーティングにおいても、重澤監督の的を射た訓示は続く。だが、選手たちの目に聴く姿勢はあっても、限界を自ら作った体は既に疲労困憊。この心技体では明日もメニューをこなすのが精一杯なはずだ。

 「はたして、この2泊3日で何かが変わるんだろうか?」そんな絶望感すら感じさせる初日は、こうして過ぎ去っていった。

[page_break:2日目~壮絶練習によって洗い流された「怠惰」]

2日目~壮絶練習によって洗い流された「怠惰」

それぞれの「勇気」が書かれた「気付きノート」

“それぞれの「勇気」が書かれた「気付きノート」”

 朝5時。まだ闇夜に包まれた合宿先前。代表者が「気づきノート」に記された昨日の反省と今日の勇気を表明する朝礼が2日目のスタートだ。

 しかし、読み上げる日記は「手は抜いていないけれど」「本気で声は出しているけれど」など「○○だけれど○○したい」のオンパレード。さらに、それを厳しく指摘する様子も選手たちにはなし。「人任せな集団!こんなのも20年間監督をやってきてはじめてじゃ!」闇夜に突き刺すように指揮官の声が響く。

 動かない体、変われない心。よって2日目に首脳陣は、途中離脱者を多数出すこともいとわない壮絶な練習メニューを課す。

 早朝はランニング、波打ち際からの各種補強運動。午前練習は高低差50m以上あるアップダウンのある4kmロードワークを経て前日、早朝練習とは異なる長い砂浜での各種体操、補強運動、ロングダッシュなどなど。特に昨年多くの選手に涙を流させた各種体操においては、今年も時間を追うごとに選手たちから例外なく苦悶の声が漏れることになった。

 しかしそれでも、正対しての各種体操で「裏切れないぞ!苦しくなったら声を出せ!」との周囲の励ましに応じ、時に涙を流しながらも大声で号令を掛け合う彼ら。いつしかその汗と涙は初日から続いていた怠惰(たいだ)を洗い流す要素にもなっていった。

 昼食を挟んだ午後。松山商業にようやく生気が宿る。500m以上を使ったサーキットメニューや、全長300m以上にも及ぶ急傾斜クロスカントリーではまるで楽しむかのように軽快に走り、最後の200段近い神社の階段登りでは周りを励ましあいながらも「殺気だっていた」と渡部圭介(国士舘大硬式野球部1年)をも驚かせる気迫を持って駆け上がってきた選手たち。まだ種目によってそのふり幅は大きいが、計7時間の練習を通じて個々の意欲は確実に備わるようになってきた。

 あとはチームとして一丸となって闘えるか。そして常に反応をよくし「勝つための集団」になれるか。そこが最終日のポイントである。

[page_break:最終日~チーム一丸。急坂道で得た「変化への胎動」]

最終日~チーム一丸。急坂道で得た「変化への胎動」

前を見て、一心に登る

“前を見て、一心に登る”

「昨日午前最初のランニングでまた古傷の足首の痛みが出てしまった。最悪だった。昨年は冬合宿に参加していないので『今年は全部の練習についていく』と言ったけど・・・やっぱり自分だけと思った。今日は練習には参加できないけれど、声を出してみんなを引っ張っていきたい」。

 早朝朝礼で「気づきノート」を読み上げ、仲間のアドバイスに「ありがとう」と1つずつ返したのは1年秋・2年夏・秋とエースを背負い続けている堀田晃(2年)であった。この日、「僕との1対1ではあんなことも話すんですが、今回はじめて気づきノートに自分の本音を書いてくれた。だからこそ今日読んでもらった」(重澤監督)堀田をはじめ、各選手が発表したノート内容。

 そこには前日までの言い訳がほとんどなくなり、自らを見つめなおし、「反応をよくする」と最終日のテーマに即した決意が次々と出されていく。

 芯が入った心。「何物にも動じない強い心を持って、備えはちゃんとしてやりきれ」。重澤監督の練習前訓示はその一言で十分だった。

 最終日も新たな挑戦を課すメニューが続く中、次々とハードルをクリアしていく選手たち。そのクライマックスとして待っていたのは、角度40度以上、全長300m以上の急坂連続ダッシュである。

 野球ボールを道路においても真っ逆さまに転がるほどの坂の上を、まるで困難にあがない、見えない勝利を求めるかのように登り続ける。肉体も精神も極限状態の中で、選手たちの表情は本数を重ねるごとに、闘う男の顔へと浄化されていく。

合宿全メニュー終了・抱き合い、涙してお互いの健闘を称えあう

“合宿全メニュー終了・抱き合い、涙してお互いの健闘を称えあう”

 そして正真正銘のラストランは、一気に坂の下から頂上まで駆け上がる全員ダッシュ。ホイッスルが遠くで鳴った。

 そして最初に駆け上がってきたのは……。合宿を通じてこれまで何度もトップグループに挑み続け、敗れてきた岡本洵(2年)。後方との差が広がる。が、後方の集団も全力で、しかも生き生きとした表情で岡本を追う。その中には堀田をはじめ、けが人たちも加わっていた。そして全員が1人の脱落者もなく頂上へと到達したのである。

「これで全メニュー終了!」

 重澤監督の合宿終了を告げる声に、彼らは雄たけびとも歓声ともつかない野性の声を上げる。絶望的な初日の雰囲気から、劇的な進化を遂げた選手たち。仲間と肩を叩きあって健闘を称え合い、涙する彼らの姿に、筆者も思わずカメラの手を止め、首脳陣と固い握手を交わし、しばし彼らと感動を共有したのである。

[page_break:その一瞬のため~松山商業硬式野球部、勝利への努力は続く]

その一瞬のため~松山商業硬式野球部、勝利への努力は続く

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 こうして2泊3日の松山商業硬式野球部冬合宿は終了。合宿地を去る直前のミーティング。重澤和史監督は静かに円陣の前に立った。

「世の中には1000日の鍛錬、一瞬の業ということわざがあるけれども、そこが高校野球の精神だと思う。大事なのは練習で泣いて、懸命にやってその一瞬に勇気を出すこと。遠くへ向かって一瞬のために頑張ってほしい。もう1つは人のために頑張ってほしい。今まで育ててくれた親に恩返しするため、中学校までの恩師のため、投手であれば捕手のため、そして仲間のために色々な方に恩返しをしてほしい。そうやってひたむきに頑張る姿が人々の心を打つ。男は勝って泣かないといかん。これからも逃げないで自分から求める男であってほしいと思います」

 その前には選手たちの凛々しい顔が並ぶ。それはこれまで長らく抱えてきた暗闇の先にある光を自ら見つけやりきった男たちの姿でもあった。

 もちろん日本中の高校野球チームがそれぞれの形で努力している。ひょっとしたら、松山商業に待っている結果は昨年同様、それ以下かもしれない。ただ、自問自答を繰り返したこの3日間で彼らが気付き、築いた「松山商業硬式野球部」のベースは、昨年以上に濃密で固いものだったはずだ。あとは勝利の方程式をその上に作り上げればいい。

 その先に、近い未来に白にエンジの「MATSUYAMA」のユニフォームが甲子園で輝く日がある。今はそう信じている。

(文・写真=寺下友徳

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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