瓊浦高等学校(長崎)
第44回 野球部訪問 瓊浦高等学校2011年10月08日
ある日の[stadium]長崎ビッグNスタジアム[/stadium]でのことだった。縦縞のユニフォームに身をまとった体格のいい選手が次々と現れは、フィールドで力強く躍動していた。どっしりとした下半身の投手がマウンドに立ち、140キロ台のスピードボールを投げ込む。攻撃陣も上位から下位までムラがなく、鋭いバットスイングで放った打球は次々にスタンドへと吸い込まれていく。
高校入学後、二度の冬を越えた旧チームのエース・阿比留悠佑が184センチ83キロ、一塁手兼投手の原口丈一郎が182センチ82キロ・・・一般的に縦縞は細くみえると言われているが、漢字で“瓊浦”(けいほ)と大きく刻まれた縦縞ユニフォームが細くみえるどころか、はちきれんばかりで逆に大きくみえる。
そんな選手たちが、大きな体を自在に躍動させる。彼らは一体どんなトレーニングでその体を身につけたのだろうか。
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【目次】
1.「一級品の選手は来ない」
2.身近な飲み物で体重UP!
3.”攻めダルマ”名将・蔦文也との対話と確信
4.エルゴメーターが実現した「ケガのない自然な体作り」
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【目次】
1.「一級品の選手は来ない」
2.身近な飲み物で体重UP!
3.”攻めダルマ”名将・蔦文也との対話と確信
4.エルゴメーターが実現した「ケガのない自然な体作り」
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「一級品の選手は来ない」
【瓊浦高校野球部】
「うちには一級品の選手は来ないですね。どんな子が来ているかと言えば、(長崎)市内でも(チームの)2番手、3番手の子や軟式の1回戦で負けた(レギュラーの)子、それに島からくる子はテニスなどをやっていて野球をやったことのない子とかもいますね」
そんな選手たちが3年時までには、10キロ以上の体重増加で、体幹を鍛え上げ、投げる球から打球の質までと驚異の成長を遂げている。その成長を支えるものとは一体何かを知るべく、グラウンドで練習する彼らに迫った。
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【目次】
1.「一級品の選手は来ない」
2.身近な飲み物で体重UP!
3.”攻めダルマ”名将・蔦文也との対話と確信
4.エルゴメーターが実現した「ケガのない自然な体作り」
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身近な飲み物で体重UP!
【広大な田手原グラウンド】
2年23名、1年19名の計42名の野球部員は、学校から5キロほど離れた田手原グラウンドで日々白球を追っている。そこには両翼95m、中堅120mの広大なフィールドに加え、室内練習場や数か所のブルペンなども完備されており、野球に没頭するには抜群の環境。
フィールドを見渡しながら指揮官はこういった。
「ここが一番ほっとしますね」
その言葉には理由がある。そもそも昭和55年夏の甲子園初出場後に、田手原グラウンドの建設に着工されたわけだが、その後、毎年のようにそれぞれの学年によって、何かしら手作りでグラウンドに物を残しているのである。
例えばライトの横側にあるマウンドは、下柳(現・阪神)らの世代が、高校時代にもともとあった西向きのマウンドが眩しいという理由で、逆方向に土を入れ替え、芝を入れ、作り直している。今ではそのマウンドは新人ピッチャーの登竜門として使われているなど、各世代によってベンチを作ったり、セメントを練って建物を作ったりと田手原グラウンドにはそれぞれの思い入れが詰まっているのだ。
【豆乳を飲む瓊浦ナイン】
そんなグラウンドの片隅で、練習の合間に選手たちがコップを手に取り、なにかを一気に飲み干している。
コップの中身はというと、スポーツドリンクでなければ、麦茶でもない。近づいてみると牛乳のようであるが何か違う。嬉しそうな顔をしながら選手が、氷で冷やされた2リットルのペットボトルを取り出し、コップにドクッドクッと注いでいる。
「豆腐屋さんの豆乳ですよ。純正な豆乳ですから、結構スッと飲めます。飲んだことのない子は、始め「エー」とかいいますが、すぐに喜んで飲むようになりますからね」(安野監督)
毎日グラウンドに来るときに学校近くにある豆腐屋さんに寄り、2リットルのペットボトルに入れた豆乳を氷で冷やしながら、バスに積み込みグラウンドに持ってくる。これを始めてから今年で4年目になるという。
「例えば、牛乳だったら1リットル飲んでも800ccは出ていく、豆乳はほとんど体に残りますから。これは大きいですよ。飲み始めてから1年間で一番大きくなる子は5~6キロくらい増えますね。卒業するまでに10キロ以上増える子がほとんどです。今年(旧チーム)のピッチャーも入学時に70キロ位しかなかったのに3年生になったら80キロを越えましたからね。そこにいる1年生もまだ細いですけど、3、4キロ増えているんじゃないですか。これがどんどん大きくなって、パワーがついてきますから」(安野監督)
さらに1700グラムという量のご飯を毎日食べさせることも課せているが、純正な豆乳を毎日400cc欠かさず飲み続けることで指揮官を「もっと早く豆乳に出会っていたらよかったのに」と言わせるほど、豆乳効果は大きいようだ。
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【目次】
1.「一級品の選手は来ない」
2.身近な飲み物で体重UP!
3.”攻めダルマ”名将・蔦文也との対話と確信
4.エルゴメーターが実現した「ケガのない自然な体作り」
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”攻めダルマ”名将・蔦文也との対話と確信
【安野俊一監督】
安野監督は昔から器具を使ったトレーニングを好まないことでも有名である。ハンドボールや柔道、空手など部活動が盛んな学校にもトレーニングルームがあり、そこには数十種類の器具を完備しているが、見向きもしないという。
「昔からの自論で、器具なしのトレーニングをずっとやってきました。そしたら下柳や山口(信二(元・福岡ダイエーホークス))などの化け物みたいのが出てきましたし、みんな故障がないでしょ」
そう思い始めていた時、さらに追い風になるような出来事があった。平成3年夏の甲子園に行った際に、同じ練習会場で池田の蔦文也監督(故人)と出くわした時のことだ。
安野監督にとって同志社大学の大先輩にあたる蔦監督がグラウンドに到着した際に安野監督はすぐに挨拶にいった。そしてこんな会話をしたという。
「安野は春夏連続で(甲子園に)出て凄いな。そう言えば、お前は器具を使わんそうやな」(蔦監督)
「はい。僕は器具が大嫌いなんです」(安野監督)
「そりゃ正解じゃな」(蔦監督)
そこで二人は、金属バットで必要な上半身に筋肉を(筋力トレーニングで)つけることは必要だが、将来的なことを含めた故障のことについて話をすると蔦監督はうなずくようにこういったそうだ。
「ワシの失敗は、それなんじゃ。ほなけん(だから)、お前は凄いっていうとるんじゃ。やっぱり、長ごうやらせるためには、いらんことをせんこっちゃな」(蔦監督)
高校野球界を代表する名将の言葉に背中を押され、さらなる自信をつけた安野監督は、その後、次なる自然的なトレーニングを追い求め、自転車に目をつけたこともあったが、坂道の多い長崎で事故やケガが危ないということで断念した。さらに模索していると、たどり着いたものがあった。エルゴメーターである。
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【目次】
1.「一級品の選手は来ない」
2.身近な飲み物で体重UP!
3.”攻めダルマ”名将・蔦文也との対話と確信
4.エルゴメーターが実現した「ケガのない自然な体作り」
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エルゴメーターが実現した「ケガのない自然な体作り」
【エルゴメーターによるトレーニング】
器具を使わないという安野監督がエルゴメーターを選んだ理由。それはもちろん「ケガのない自然な体作り」であった。
「これを使い始めて今までよりケガが少なくなった上に、肩甲骨周りを常に動かしたりできるし、下肢部分の大腿部とかが大きくなったりして、選手の体がさらに大きくなってきましたね」
平成16年から導入を始め、現在3台のエルゴメーターを室内に並べており、練習の合間に選手がやってきては、特別メニューをこなしている。月曜日から日曜日までのエルゴメーターのメニューは以下の通りである。
月:1分間×5セット(全力×1、60~70%×4)、【目標】330m
火:500m×5セット、【目標】1分40秒以内
水:1000m×3セット、【目標】3分30秒以内
木:500m×5セット、【目標】1分40秒以内
金:1分間×5セット(全力×1、60~70%×4)、【目標】330m
土:2500m、【目標】9分20秒以内
日:20分間
この日、1分間のメニューをこなしていたキャプテンで二塁手の宮原浩明(2年)は、息を切らせながらこう話してくれた。
「自分は達成できたメニューもありますが、1000mと2500mのメニューはまだ達成できていません。1分間のメニューは1年生の頃に300mもいかなかったのですけど、今では315mくらいはいけるようになりました。数値で成果が出てきたように、守備での踏ん張りとかにもかなり効果がありますね」
【練習を手伝う3年生の長谷川】
今夏の大会後、引退した3年生の中ですべてのメニューを達成したのが、長谷川一貴である。
チームでは下位を打っていた長谷川だが、公式戦で両翼99.1m、フェンス高さ約4mある長崎ビッグNスタジアムで放り込んでいる。メニュー達成時のことを次のように語った。
「最初に1分間のメニューをクリアしたのが1年生の9月頃だったと思います。それからどんどんクリアしていくうちにロングティーの打球が伸び始めて、フリーや実戦でも打ち込めるようになってきました。あと、50m走も6秒8が6秒2まで速くなったんですよ」
瓊浦の打撃練習では、しっかりとした体幹を作り、軸がぶれないように1キロ1mの長尺バットで緩い球を引きつけてのハーフバッティングを1日に100本以上打つなど様々な工夫を凝らし、練習を行っている。
「今は新チームなったので、打球の強いのは何人かしかいないですけど、冬場の練習から徹底的にやっていこうと思っています。うちは1年1年が勝負のチームなんでね」(安野監督)
新チームには、184センチの大型左腕・藤原航(2年)、175センチの技巧派左腕・中尾太一(1年)、さらに181センチの大型右腕・堀脇陸(1年)ら将来性豊かな投手陣がひしめき、野手陣も1番・遊撃手の田中亮(2年)を始め、今夏も5番を打った山田眞之介(2年)、同じく背番号7を着けた田中淳太郎(2年)や入学直後からレギュラーに抜擢されている松井未典(1年)など面白い選手がたくさんいる。
そんな新チームを指導する安野監督は、厳しい練習の中にも体に無理なく、ケガなく、それぞれの成長過程に合わせた能力アップを図ることを念頭に置いている。それこそが指揮官の愛情であり、情熱でもある。
中学時代の成績や活躍がどうであれ、田手原グラウンドで白球を追うものに後ろ向きな選手は誰ひとりいない。むしろ、そこには選手それぞれに秘められた、新たなる生き様が溢れている気がしてならない。
(文=アストロ)